「実質的に解雇の代替手段になっている」 無理やり“退職届”を書かせる「強引な退職勧奨」の問題を弁護士が訴え

8月30日、企業が労働者に強引な方法で退職を迫り、実質的に解雇の代替手段として退職勧奨が悪用されている問題を訴える会見が都内で開かれた。
「退職勧奨」は法律で規制されていない会見を開いたのは旬報法律事務所の鈴木悠太弁護士と沼田英久弁護士。
近年では、解雇の不当性が裁判で認められる事例が多くなっている。鈴木弁護士によれば、それに伴い、企業側が労働者を解雇する代わりに強引な方法で退職勧奨を行い、退職するつもりのない労働者に退職届を無理やり書かせる事例が増えているという。
解雇と異なり、退職勧奨を規制する法律はない。また、労働者が退職届を書いてしまい、他に証拠が残っていない場合には、退職の効力を争うことは極めて困難になる。
「退職勧奨の問題は、密室で行われること。部屋に呼び出されていきなり退職勧奨をされた場合には、録音を残すこともできない」(鈴木弁護士)
突然「退職は決定事項、退職勧奨に応じないなら解雇」と伝えられる会見では、両弁護士が控訴審を担当している、港区内の投資会社・X社で働いていた男性・A氏の事例が取り上げられた。
2020年1月9日、A氏はX社の総務部長の部屋に呼び出され、同月14日までに退職届を提出するよう勧められた。
結婚直後であり、子を持つ予定もあったA氏は、退職を考えたことは全くなかった。また、X社の給与月額は100万円と高額であり、A氏にとっては退職する理由もメリットもない状況であったが、総務部長は「退職は決定事項であり、退職勧奨に応じないなら解雇する」という旨をA氏に伝えた。
A氏は、自己都合退職ではなく会社都合退職にすることや有給消化など、退職に関する条件についての交渉を求めた。これに対し、総務部長は「交渉をしたいなら、まず退職届を書いてもらう必要がある」と返答。
また、「退職に応じるか否かについてメールで回答していいか」と質問したA氏に対し、総務部長は「フェース・トゥ・フェースじゃないとだめ」「メールとか電話でやるなんて失礼な話ですよ」などと、対面での回答を執拗(しつよう)に求める。さらに、「妻や親に相談したい」と述べたA氏を「男のくせに」と侮辱した。
同日の面談の終わりに、総務部長はA氏に退職届を渡し、署名押印したうえで14日に持参するように指示した。
退職届に署名した後も、条件についての交渉はできず9日の面談が終了した後、A氏は妻と相談。妻は経済的不安などから精神的な不調に陥り、退職に反対した。妻の様子を受け、A氏は「せめて次の転職先が決まるまでの生活保障を得られるよう、最大限交渉をしよう」と決意した。
14日に行われた面談では、総務部長は「条件交渉を開始する前に、とにかく退職届を提出するように」と強く要求した。A氏は9日に渡された退職届を持参しており、署名押印はしていなかったが、総務部長の要求を受けて、その場で署名。ただし印鑑は持参していなかったので押印はせず、またこの時点では退職日の日付も記載しなかった。
A氏が署名した直後、総務部長は「1月15日が最終出社日」「2月14日が退職日」と、一方的に告げる。また、自己都合退職であるために解雇予告手当などは発生しないと主張した。さらに、X社の就業規則により権利が発生していた、未消化の結婚休暇の使用を求めたA氏に対して、「時季が過ぎたから使用は不可能になっている」と虚偽の説明を行う。
なおも条件交渉を続けようとしたA氏に、総務部長は「クビにされたような人間、うちなら採用しません」と自己都合退職ではなく解雇になることのデメリットを強調したり、「だからそれ(退職届)書いてくださいつってんだよ」と脅すような言い方をしながら、退職日の日付を記載するようA氏に強く要求する。
要求に屈したA氏は日付を記載。その後もA氏は退職条件について考慮を求めたが、交渉は行われなかった。
一審では「強要にあたらない」と判断されるA氏は退職の取り消し(地位確認)を請求する訴訟を提起したが、2024年3月28日、一審を担当した東京地裁は「退職は有効」としてA氏の請求を退けた。
2020年1月14日の面談はA氏によって録音されており、訴訟でも証拠として提出された。しかし地裁は、最終的にA氏が退職届に署名したこと、またA氏が同年1月16日以降出社しなかったことなどを理由に「退職について合意があった」と判断。
鈴木弁護士は「労働者による退職の意思表示については、慎重に判断することが判例でも定められている」としながら、地裁の判断を批判した。
通常、退職勧奨については労働者の「自由な意思」に基づくことが重視され、企業からの強要があった場合は無効となる。しかし、地裁は面談が二回しか行われなかった事実をもって「強要にはあたらない」と判断したという。
「A氏が16日以降出社しなかったことも、総務部長から一方的に『もう出社するな』と命じられたからであり、本人の意思ではない。
地裁は、録音された退職勧奨の内容について評価や事実認定も行わなかった。はっきり言うと、軽く扱っている」(鈴木弁護士)
控訴審の第1回期日は9月5日に開かれる予定。
面談の直後に「退職が決まった」と社内に発信される会見では、キャラクターグッズの企画・販売を行うY社に勤めていたB氏の事例も取り上げられた。
B氏は仕事で結果を出せないことを毎月社長に責められたことが原因で適応障害を発症、休職。休職中、同業他社からオファーが届き面接を行った。
その後、傷病手当金を申請したB氏に対し、Y社の社長と常務は面談を行い、「休職中に転職活動をしていたのは会社に対する背任行為だ」と責め立てる。さらに「本当に適応障害なら、こうやって面談で話せるはずがない。をついて手当金を申請するのは詐欺行為であり、懲戒解雇しなければならない」などと脅した。
解雇を恐れたB氏は退職に同意したが、その場では退職届を書かなかった。しかし、面談の直後に、「4日後にB氏の退職が決まった」と知らせるメールが社内に発信される。そのまま、B氏は退職となった。
鈴木弁護士は「B氏の件については、録音などの証拠は一切残っていない」として、強引な退職勧奨の不当性を法廷で主張することの難しさを語った。
「労働者と使用者では力に差があるため、どうしても、労働者は本心からではない意思表示をしてしまいやすい。労使関係の力の差を考慮した法整備が必要だ」(鈴木弁護士)

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする