紅海やペルシャ湾で“無敵”を誇るイスラエルの潜水艦戦力は、あまり表沙汰になることがありません。ドイツの援助を受け5隻あまりを運用していますが、これはイスラエルの核戦略と密接な関わりがあります。
イスラエル国防軍(IDF)といえば、アメリカから最新のF-35I統合戦闘機を供与されるなど手厚い援助を受けていますが、IDFが装備する単一の兵器システムとして最も高価なのがドイツ製の潜水艦です。
イスラエル潜水艦隊は「無敵」ホントかよ!? 知られざる水面下…の画像はこちら >>ドイツのティッセンクルップ・マリン・システムズの造船所で建造中のドルフィン2級「INSドラゴン」。セイルが大きくなっている(Marco Kuntzsch, CC BY-SA 3.0
IDFはハマス・イスラエル戦争などニュースに登場することが多く、正規戦からテロ対処まで世界で最も実戦慣れし、練度も高い軍隊といわれます。F-35I統合戦闘機やメルカバ戦車、防空システム「アイアンドーム」などは多くのメディアに登場しますが、潜水艦が話題になることはほとんどありません。
2025年現在のIDFの潜水艦戦力は、通常型のドルフィン1級が3隻、ドルフィン2級が2隻です。なお、2024年11月に3隻目のドルフィン2級「INSドラゴン」が完成しており、2025年中にも引き渡される予定となっています。さらにドルフィン1級の後継として、ダカール級という新型艦も、2022年1月に3隻が発注されています。
イスラエルへの最大の軍事援助国はアメリカで、IDFの装備の約3~4割はアメリカ製とされますが、潜水艦はドイツ製なのが特徴的です。ドイツ潜水艦というと、「Uボート」の通称で良く知られるように、長い歴史と技術の蓄積に裏打ちされた一級品です。IDFのドルフィン2級は、戦後のドイツが建造した最大の潜水艦とされています。しかも建造費の約半分はドイツ政府が負担しており、少なくない軍事援助をイスラエルへ行っているのです。
ドイツが半額を負担してまでイスラエルに潜水艦を建造するのは、自国の造船業や潜水艦の建造技術を維持継承するという経済的な要因もありますが、それとは別にドイツ独特のイスラエルに対する歴史的責任という側面が強く作用しています。それは、ナチス政権下でのユダヤ人迫害という政治経済以上の贖罪意識と、それに伴うイスラエルの安全保障を支援する道義的義務感です。
Large figure2 gallery5
「INSドラゴン」のセイルのアップ。シュノーケルの後ろに垂直発射管用の耐圧セクションがあると思われる(Marco Kuntzsch, CC BY-SA 3.0
潜水艦は取得費用だけでなく維持整備コストもかかる装備です。ドルフィン2級1隻の建造費は4億ユーロ(約640億円)~5.5億ユーロ(875億円)といわれ、いくら半分とはいえど、イスラエルにもかなりの負担になっているはずです。しかも世界的なインフレで建造費はさらに上昇傾向です。ちなみに、日本のたいげい型潜水艦の建造費としては、1140億円が令和7年度予算に計上されています。
イスラエルに敵対しているのはイラン、シリア、レバノンのヒズボラ、ハマスなどがありますが、対潜水艦戦(ASW)能力といえばイランがロシア製「キロ」級を3隻保有している以外にはほぼありません。しかも、このキロ級も動きは不活発です。イスラエルの潜水艦は事実上、紅海やペルシャ湾の水面下では敵無し。まともな敵対海軍が存在しないという意味で「無敵」ともいえるかもしれません。
ただ、ドイツが全面援助しているとはいえ、コストのかかるIDFの潜水艦は敵無しの海で何をしているのでしょうか。それはイスラエルが「潜在的核保有国」であることが、大いに関係しています。
潜水艦の武器といえば魚雷ですが、イスラエルの潜水艦の主要武器は魚雷発射管から発射できる巡航ミサイルです。このミサイルで対地攻撃が可能であり、核弾頭も搭載できることは公然の秘密です。
IDFは、最新の「INSドラゴン」に長距離攻撃能力があることを認めています。2023年8月、ドイツのキールにあるティッセンクルップ・マリン・システムズの造船所でその姿が目撃されると、既存のドルフィン2級よりかなりセイルが長く、船体長も延長されていることから、ここに陸上攻撃用の巡航ミサイルや弾道ミサイルの垂直発射システムを搭載しているのではないかと推測されました。これらのミサイルにも核弾頭を搭載可能であることはいうまでもありません。
Large figure3 gallery6
ハマスの建設した地下道を発見したイスラエル兵(画像:イスラエル国防省)
潜水艦隊の行動はどの海軍でも秘密のベールに包まれていますが、イスラエル潜水艦は本国から遠く離れた海域で少なくとも1隻は哨戒活動をしており、有事の際には核を含む対地攻撃ができる体制を取っていると思われます。
「核兵器を持つとも持たないとも言わない」「最初に核を使用する国にはならないが、2番目に甘んじることもない」
核の保有や先制使用を否定も肯定もしないというのがイスラエルの核曖昧戦略です。「核を持っているかもしれない」「第一撃を撃たれるかもしれない」「先制しても海中に潜んだ潜水艦から報復されるかもしれない」という、核の「かもしれない」ブラフ(ハッタリや虚勢、空威張り、こけおどしなどの意味)の切り札となっているのが潜水艦です。
一方でハマスとの戦争に見られるように、この核ブラフは必ずしも抑止力になっていません。核抑止戦略はイランのような国家主体相手であり、ハマスやヒズボラのような非国家主体(非対称戦力)には作用しません。潜水艦による核抑止から、ガザ地区に見られるような地に足を付けた地道な制圧作戦まで要求される、イスラエルの安全保障環境の複雑さがわかります。