「冤罪の再生産はいまでも繰り返されている」 “人質司法サバイバー”、弁護士ら「過酷な取り調べ・身体拘束」の問題を語る

3月4日、参議院議員会館で「第2回 人質司法サバイバー国会」が開催。刑事事件の被疑者・被告人として捜査機関による過酷な取り調べや長期の身体拘束を経験した当事者や、刑事司法の問題改善に取り組む弁護士らが集まり、スピーチやトークセッションが行われた。
58年後に無罪が確定した「袴田事件」本イベントの主催者は非政府組織「ヒューマン・ライツ・ウオッチ」と、冤罪(えん罪)被害者の支援に取り組む一般財団法人「イノセンス・プロジェクト・ジャパン」。
「人質司法」とは、裁判で無実を訴える人ほど長期間身体拘束される、日本の刑事司法制度の運用を批判する言葉。本来なら推定無罪の原則が存在するところ、被疑者・被告人の進退をまるで「人質」にとって自白を強要するものだとして、国内外から厳しく批判されている。
人質司法は「冤罪」とも密接に関わっている。そして、日本における代表的な冤罪事件が、1966年に静岡県で一家4人が殺害された件に関して元プロボクサーの袴田巌(いわお)さんに死刑が言い渡された、「袴田事件」だ。
昨年10月、再審により袴田さんの無罪が確定。イベントの冒頭では、袴田さんの再審を求めて活動し続けてきた姉の袴田ひで子さんと、袴田事件弁護団事務局長の小川秀世弁護士が基調スピーチを行った。
「58年間戦ってきて、やっと無罪を獲得した。無実の人間は無罪になるのが当たり前だ、と思って戦ってきた。
(捜査機関は)白状するまで痛めつけ、拷問した。弟には精神的な障害が残っており、身体も元には戻っていない」(ひで子さん)
ひで子さんは現在92歳だが「まだまだ元気です」と語り、「弟だけ助かればいい、とは思っていない」と、これからも人質司法の問題を追及する姿勢を見せた。
「受忍義務」や裁判所が人質司法を生み出す小川弁護士は「人質司法の本質は、身体拘束をして自白をさせること」と指摘する。
袴田さんが逮捕された当時、取り調べには時間の規制がなく、1日平均して12時間、長い場合には16時間にも及んだという。
現在は一部規制が改正されたものの、依然として、逮捕された被疑者は最長で23日間の身体拘束と取り調べを受ける。法務省は国際的にも一般的な日数だとしているが、アメリカでは最長48時間、イングランドでも基本は最長24時間とされている。
「日本では取り調べの受忍義務があり、拒否できない点が根本的な問題だ」と小川弁護士は語る。
また、イベントでは複数の弁護士が、身柄拘束を利用した取り調べで得られた証拠を合法とし、有罪認定する裁判所にも、人質司法の存続に大きな責任があると指摘した。
「郵便不正事件」当事者の訴えイベント内のトークセッション「コネクティング・ザ・ドッツ 袴田事件から現在までをつなぐ」では、罪を犯していないにもかかわらず長期間の身体拘束や取り調べを経験し、自白の強要などもされた複数の「人質司法サバイバー」や弁護士らが、日本司法制度に対する懸念を表明した。
厚生労働省局長時代に起きた「郵便不正事件」で2009年6月に大阪地検特捜部に逮捕され、翌年9月に無罪となった村木厚子さんは、取り調べや検察の実態について「自分が経験するまで全く知らなかった」と語る。
「検察官とは真相を解明するのが仕事だと思っていたら、取り調べの場で『僕の仕事は、あなたの供述を変えることだ』と言われた。真相の解明はしてくれないのだな、と絶望感を抱いた。
取り調べの場には弁護士も裁判官もおらず、検察官と一対一で向き合う。そして、こちらが(取り調べや法律の)アマチュアであるのに対し、検察官はプロ」(村木さん)
郵便不正事件では村木さんの他にも多数の厚労省関係者が取り調べを受け、10人中5人が、「村木さんが不正に関与していた」という虚偽の内容が記載された供述調書への署名押印に応じた。
「プロとアマチュアが戦うと、こうなってしまう」と、村木さんは現行の司法制度における取り調べの危険性を訴えた。
取り調べ可視化後にも続出した冤罪事件郵便不正事件は、取り調べの可視化(録音・録画)を求める声を強めるきっかけになった。2019年6月に改正刑事訴訟法が施行され、裁判員裁判対象事件や検察の独自捜査事件を対象に、逮捕された容疑者の取り調べの全面可視化が義務付けられる。
だが、同年12月、大手不動産会社であるプレサンスコーポレーションの元・代表取締役である山岸忍さんが業務上横領の容疑で大阪地検に逮捕される「プレサンス事件」が起きる。山岸さんは248日間にわたって身体拘束された後、2021年10月、無罪判決が言い渡された。
さらに、2020年3月、警視庁公安部が横浜市の化学機械メーカー大川原化工機の社長である大川原正明さんや顧問であった相嶋静夫さんらを逮捕し、11か月以上にわたり身体を拘束した(「大川原化工機事件」)。相嶋さんは2020年10月に胃がんが発覚し、勾留停止で入院するも、2021年2月に死亡。2021年7月、検察が公訴取消しを申し立て、裁判所は公訴棄却を決定した。
2023年9月には、東京五輪のスポンサー選定をめぐる汚職事件で元KADOKAWA会長の角川歴彦(つぐひこ)さんが東京地検に逮捕され、226日間にわたり身体拘束された。2024年6月、角川さんは国に2億2000万円の損害賠償を求める「角川人質司法違憲訴訟」を提起した。
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左から角川さん、大川原さん、村木さん(3月4日都内/弁護士JPニュース編集部)

トークセッションには大川原さんや角川さんも参加。
「我々の会社は日本経済の発展のため、がんばってきた。だが逮捕され、相嶋さんの葬式に参加することもできなかった。我々はひどい仕打ちあった」(大川原さん)
「なぜ、私が逮捕されなければいけなかったのか。無罪であることを理解してもらうため、黙秘権を行使せず、取り調べでは積極的に発言した。
起訴された後、留置場に戻ったら、『これからは囚人として扱います』と看守(警察官)から言われた。『推定無罪』が通用する世界ではない。
取り調べが可視化されてからも、人質司法はむしろ巧妙化し、ひどくなっている。残念ながら、検察官とは『合法的リンチ』をする人たちだ、と言わざるを得ない」(角川さん)
「サバイブできなかった人が多くいる」プレサンス事件や角川人質司法違憲訴訟の弁護団に加わった西愛礼(よしゆき)弁護士は「冤罪の再生産はいまでも繰り返されている。人質司法はその大きな元凶だ」と指摘。
2014年に静岡地方裁判所の裁判長(当時)として袴田事件の再審開始を決定し巌さんの釈放を命じ、現在は角川人質司法違憲訴訟の弁護団に加わっている村山浩昭弁護士は「人質司法の本当の犠牲者は、『サバイバー』ではなく、屈してしまった人たちだ」と語った。
「有罪も仕方がない、認めてしまおうそういった、諦めるような気持ちにさせることが、人質司法のこわさ。(イベントに登壇できているような)サバイバーの背後には、サバイブできなかった人が多くいることも理解すべきだ」(村山弁護士)
人質司法は日本経済にも悪影響トークセッション「日本経済への人質司法の影響」では、山岸さんが、自身が逮捕されたことによってプレサンスコーポレーションに生じた影響を語った。
「逮捕されたことで、銀行との取引が止まり、企業にとっては血液である『融資』も中止された。企業の生命に関わり、増収増益であっても黒字倒産のリスクが生じる事態。
会社を救うために退社した。また、銀行から『株式も手放さないと取引を再開しない』と言われたため、断腸の思いで手放した」(山岸さん)
とくに中小企業やスタートアップの場合、経営者や上層部が逮捕・拘束されることが経営に及ぼすリスクは甚大だ。さらに、人質司法は外国人取締役の招聘(しょうへい)を困難にする場合があるなど、日本経済にもさまざまな面で悪影響を及ぼしていることを、セッションの参加者らは指摘した。
検察や裁判官に対する批判が必要

検察官・裁判官の問題を訴える江口大和さん(3月4日都内/弁護士JPニュース編集部)

イベントの最後に行われた個別スピーチでは、亡くなった相嶋さんの長男が、大川原化工機事件は「警視庁による証拠改ざん・証拠隠しによって発生した事件」であると指摘し、取り調べのさらなる可視化や証拠改ざんの厳罰化などの必要性を訴えた。
また、取り調べの際に黙秘したところ検察官から罵倒されたとして国に損害賠償を請求した「日本の『黙秘権』を問う国賠訴訟」の原告である、元弁護士の江口大和さんは「私たちは、裁判官と捜査機関に信頼を寄せ過ぎてきた」と語った。
「身体拘束や、無制限に続けられる取り調べなどの問題について、国際人権規約委員会は30年前から改善勧告をし続けてきた。しかし、裁判官も検察官も、勧告を無視してきた。その結果、袴田さんの事件から現在に至るまで、人質司法の問題が残ってきた。
過去には『裁判官や捜査機関は優秀だから、任せておけばいい』という発想があった。しかし、そう信じる前提は崩れている。袴田さんや相嶋さんの被害は、裁判官すら信頼できないことを示してきた。
裁判官も検察官も人間。『おかしい』と思ったら批判し、間違いが見つかった場合には原因を検証することで、日本の刑事司法をよりよいものにしていくべきだ」(江口さん)

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