“安い家”に引っ越さなくても「生活保護」は受けられる? 生活困窮した場合の「住まい」に関する“重大な誤解”とは【行政書士解説】

これから「引越し」のシーズンを迎えます。行政書士として生活保護に関するサポート業務を行う私の事務所にも、生活に困窮した人から「住まい」と「引越し」に関する相談が多く寄せられています。たしかに、こういった項目に関する法令は専門用語も多く、一般の方にわかりにくいものです。また、インターネットで「生活保護 引越し」などで検索をかけても公的機関の情報はほとんど出てこないどころか、誤った情報も見受けられます。
たとえば、よく「家賃が安い家に引っ越さないと生活保護を受けられない」といわれますが、これは正確ではないどころか、信じて行動すると後で大きな不利益をこうむる可能性すらあります。
もちろん、生活保護を必要とする人の事情は様々なので、すべてを「実施要領」等に定めることは困難です。しかし、依拠すべき基本的な「考え方」というものは存在します。そこで、今回は「生活保護と住まい・引越し」に関する正しい知識を、私が行政書士として実際に関わった事例や、よくある相談のケースと共に解説します。(行政書士・三木ひとみ)
住む家がない人、退去を求められた人からの「生活保護」相談コロナ禍のときに特に多かったのが、住み込みのアルバイトなど、非正規職の方が職と同時に住まいも失い、たちまち困窮状態に陥ってしまったケースです。
それ以前も、まとまった引越し費用がない状態ですぐに退去するよう迫られ、切羽詰まった状況の方からの相談は常にあったのですが、コロナ禍でさらに増加しました。
NHKの記者の方から、コロナ禍で急増した生活保護申請に関する取材を受けた際にこの話をしたところ、「今時、会社の寮や住み込みの仕事の人なんて、そんなにいるんですか」と驚かれたことが深く印象に残っています。
高年収といわれるNHKの記者でなくとも、多くの人にとって想像し難いことかもしれませんが、たとえば幼少期に親の虐待等の事情のため児童養護施設で育った方など、社会に出ると同時に住み込みの職ばかり渡り歩いてきたという人は少なくありません。そのような人が、非正規職での雇止め、会社の経営難、健康上の問題などから仕事を失うと、途端に住まいも失ってしまいます。
また、賃貸物件を借りて住んでいる人も、失業や急な病気等によって一時的に収入が途絶え、家賃を滞納してしまい、退去を迫られるといった事態は起こり得ます。
引越しをするなら「生活保護申請の後」でそのような相談を受けた場合、私たち行政書士がまず助言するのは「収入・資産が尽きたならば、一刻も早く生活保護申請をしてください」ということです。なぜなら、実際に寝泊まりしている住居を出てしまえば、途端に「ホームレス」状態になってしまうからです。
もちろん、ホームレスの方も生活保護申請はできるのですが、その場合は保護施設など共同生活でプライバシーの確保が容易ではない環境に一定期間身を置く状態になることが多いのです。しかし、一時的にでも、そうした施設で共同生活を送ることが困難な心身の状態にある方は少なくありません。うつ病や対人恐怖症など、心の病を患って仕事を続けられず、生活困窮に至る方も増えています。
そのようなやむを得ない事情がある場合には、住居があるうちに生活保護申請を行い、事情を伝えれば、役所は臨機応変に対応してくれます。そして、「家賃が高額」「退去を余儀なくされている」などの事情に応じて引越し費用の申請ができます。
この場合には、事前に見積もりを不動産会社や引越し業者からもらい、役所に提出するなど必要な手順があります。受給できる額は住んでいる地域や世帯構成によって異なるので、都度役所に確認しながら正当なプロセスで進める必要があります。
注意しなければならないのは、保護申請をする前に自力で引越しをした場合、役所は基本的に引越し費用を出してくれないということです。また、誰かからお金をもらった場合や金融機関から借りた場合も、基本的に役所からの支給対象とはなりません。
「故郷に帰り親族の近くで暮らしたい…」関西のある地方都市に住むフミノさん(仮名・70代女性)のケースは、上記のことを知らなかったために起きた悲劇です。
フミノさんは国民年金を満額受給していましたが、それだけでは国が定める最低生活費に満たないため、「高齢の単身世帯」として生活保護を受給していました。
フミノさんはもともと関東出身で、結婚により関西へ引っ越し、長い間生活してきました。一人息子のジュンヤさん(仮名)を授かりましたが、やがて夫のDVにより離婚。それ以来、個人事業主としてデザイン事務所を経営しながら、女手ひとつでジュンヤさんを育ててきました。しかし、収入が不安定で老後のための貯蓄を自力で行うのが難しかったうえ、60代を過ぎて主要な得意先から取引を打ち切られ事業が行き詰まりました。さらに悪いことに、持病の足の症状が悪化して仕事をすること自体が困難になったため、やむなく生活保護に頼ることにしました。
現在ジュンヤさんは独立して東京で働いていますが、自身の生活に精いっぱいでフミノさんに仕送りする余裕はありません。また、妻は姑との同居を拒んでいます。
フミノさんの住む地方都市には親族もいません。年を重ねるにつれ、家で倒れても誰も駆けつけてくれる人が身近にいない環境に不安を募らせるようになりました。そこで、その不安をケースワーカーの家庭訪問時に相談したところ、今住んでいるアパートの家賃は安く、住宅扶助費の上限をはるかに下回っているため、引越し費用は出せないと言われてしまったのです。
そこで、フミノさんは、ジュンヤさんがいて自分の故郷でもある関東に帰って生活するため、少ない生活保護費を節約して、引越し費用を貯めることにしました。数年にわたって食事を日に一食しかとらず、エアコンもつけずに切り詰めた生活を続け、30万円を貯めました。それにより東京への新幹線代、敷金、引越し業者の代金等を捻出し、引越しは実現しました。
しかし、その後、役所から来たのは、生活保護費の返還請求でした。役所の主張では「保護廃止の手続きをし、新たな居住地での保護申請をすべきだったのに、その手続きを怠った。引越し後に受け取った生活保護費の返還を」というものです。
私がフミノさんから相談を受けたタイミングは、この返還請求に対する不服申立ての期限もとうに過ぎ、東京の引越し先で生活保護を打ち切られ、困窮状態に陥った後でした。
すでに所持金は数百円。すぐさま居住地で保護申請を行い、申請と同時に貸付金を受け、止まっていた水道代を支払い、食料も支援を受けました。
返還請求に対する不服申立ての期限が過ぎていた点については、法テラスの無料弁護士相談、行政訴訟といった選択肢も案内しました。しかし、フミノさんは「私が悪かったのだから」と行政と争うことを避け、保護費から任意に毎月数千円を返還することを選びました。
やむを得ないケースでは「引越し費用」を支給してもらえることもフミノさんの場合、何年も食事を日に一食しかとらず、エアコンもつけずに切り詰めた生活をしなくても、役所に正当に引越費用の支給申請ができたはずです。
なぜなら、少なくとも私が知る限り、近くに頼れる身内のいない独り暮らしの高齢女性が「病院への付き添いなど何かあったときに精神的支えとなってくれる親族がいる故郷に帰りたいが、引越しの費用が捻出できない」というケースでは、例外なく費用が支給されたからです。
フミノさんも生活保護費を切り詰めた費用と同等か、あるいはそれよりも多い額を生活保護制度で正当に支給してもらえた可能性が高かったのです。
他にも、「ストーカー被害を受けており、加害者に今の住居を知られている」「他の地域での仕事が決まった」「持病の専門医が他の地域にいる」といったケースでも、引越し費用の申請が可能です。
ただし、「口頭でケースワーカーに引越しの相談をしても、なかなか前に進まない」という相談が多いので、私が行政書士として作成した書面の例を公開します(【画像①】【画像②】参照)。もちろん手書きでも構いません。
“安い家”に引っ越さなくても「生活保護」は受けられる? 生活…の画像はこちら >>
【画像①】引越しに関する保護の変更の申立て書面(1枚目)

【画像②】引越しに関する保護の変更の申立て書面(2枚目)

こうした書面により申請を行い、回答も書面でほしいと伝えることで、曖昧にされず公正な審査による明確な回答を得ることができます。また、申請が却下された場合は不服申立ても可能です。
コロナ禍で厚労省が「転居強要NG」の通達を出したが…フミノさんのケースとは逆に、引越しをしたくないのに、役所から「費用を出すから早く引っ越してください」などと指導されて困っているという相談もあります。多くは「賃料が高い」ケースです。
しかし、人には様々な事情があります。体力的、精神的にすぐには引っ越せないという方もいます。また、賃料高騰により住宅扶助費内の物件が見つからないなど、引っ越したくても転居先が見つからない方もいます。賃料が高いからと言って、一律にそのような指導を行うことは適切ではありません。
こういった事情を汲んで、厚生労働省はコロナ禍の2021年(令和3年)2月に、転居指導を強要してはならないとの通達を出しました。この通達には、以下のケースについて、住宅扶助の上限を上回る家賃物件に住んでいても、本人が希望しない限り転居しなくて良いことが明記されています。
仕事をする意欲があり、状況が収束すれば収入が元に戻る可能性が高く、現在の住居に住み続けることが自立に資することただちに最低生活の維持が不能になるほどの高額家賃ではなく、自分でやりくりができること(単身世帯は+5000円程度、複数世帯は+1万円程度が目安)ところが、今なお、私が現在進行形で相談を受けているケースでも「家賃が高いから引っ越してください。〇月までに引っ越さないと保護費を止めます」などと脅しともとれるような対応をケースワーカーから受けているという方がいます。
「そのような言い方はしないでください」と、はっきりと要望を伝えられず、辛くても我慢している方からの相談も多いのです。行政書士や親族などから、ケースワーカーという強い立場に乗じた威圧的な言動を改め、最新の通達を確認するよう福祉事務所に求めることが考えられますが、その場合に報復的な扱いを受けるのではないかと怯えている方もいます。
「賃料が安い家に引っ越さなければ生活保護申請できない」は誤り最後に、生活保護を申請しようとする場合、「現に住んでいる物件の家賃が高い」という理由だけでは拒否の理由にはならないことも指摘しておきましょう。
あくまでも、実際に収入・資産がなければ、生活保護申請は認められます。
というのも、生活保護費は大別して、生活費に充てる「生活扶助費」と家賃等に充てる「住宅扶助費」の2つの柱で成り立っているからです。「住宅扶助費」の上限額を超える家賃額は、「生活扶助費」などからやりくりして補うことも適法です。
ところが、役所に生活保護の相談に出向いたところ、申請前に現在より安い家賃の物件に引っ越すよう言われたという相談は、よくあります。具体的に「家賃〇〇円以内の物件に引っ越してから再度申請してください」と言われたという相談も少なくありません。
役所の窓口担当がこのようなことを言う背景には、その人への生活保護が決定した場合にすぐに引越し費用を支給しなければならなくなること、それに伴い急を要する仕事が必要となることが予測され、そのような事態を避けたい思惑があると考えられます。
加えて、残念なことですが、言葉巧みに生活困窮を装った不正申請、不正受給も実際にあるので、その点の調査も必要になります。
とはいえ、引越し費用は必要であれば生活保護制度上、保護決定の時期にかかわらず支給されるべきものです。役所のマンパワーや懐事情に遠慮して、現に生活困窮している人が申請をためらう必要はありません。また、事務負担やコスト削減のために申請を諦めさせるよう仕向ける「水際作戦」も、本来あってはならないことです。

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三木ひとみ
(行政書士法人ひとみ綜合法務事務所)
官公庁に提出した書類に係る許認可等に関する不服申立ての手続について代理権を持つ「特定行政書士」として、これまでに全国で1万件を超える生活保護申請サポートを行う。著書に「わたし生活保護を受けられますか(2024年改訂版)」(ペンコム)がある。

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