刑務官が“セクハラ行為” 「そんなつもりじゃなかった」減給処分に納得いかず提訴… 裁判所の判断は

男性刑務官Xさんが以下のようなセクハラ行為やパワハラ行為により、減給処分(俸給の月額100分の20を減らす:3か月間)となった。
・女性職員に対して「お前のマスターベーションだ」と発言
・女性職員の服の上からお腹を触る
・帳簿を投げつける
これを不服としたXさんは提訴したものの、裁判所は「減給処分OK」と判断した。(東京地裁 R6.4.25)
本人が「そんなつもりじゃなかった」と反論しても、セクハラかどうかは裁判において客観的に判断される。以下、詳細だ。
当事者セクハラされた女性職員(20代後半)は、女子被収容者の処遇に関する業務に携わっていた。Xさんよりも採用年次が20年以上遅い後輩で、仕事でXさんから指導を受けることがあった。ちなみに、男性刑務官のXさんは過去に懲戒処分を受けたことはなく、今回が初めてである。
セクハラ発言「お前のマスターベーションだ」Xさんは、女性職員の仕事が成果に結びついていないことを指摘して「それはお前のマスターベーションだ」と発言した。
女性職員は、これに嫌悪感を示し、総務部長に「自己満足と言いたいのでしょうが、別の意味もあり卑猥な感じを受けるのでやめてもらいたい」と相談。
裁判でXさんは「この発言は性的な関心や欲求に基づくものではありません。『それはお前の自己満足だ』という趣旨であるとこは明らかで、一般に不快感を抱かせません」と反論した。
■ 裁判所の判断
「性的な関心や欲求に基づく言動であるし、他人を不快にさせる性的な言動に当たる」
理由は以下のとおりである。
・マスターベーションは自慰や手淫という意味
・端的に自己満足と伝えればいいだけの話
・マスターベンションという言葉を使う必要性はない
・20年以上も先輩であるXさんから20代の女性に対して、業務上の指示を回避できない状況で言葉が投げかけられた
Xさんは「過去にも自己満足という意味で『マスターベーション』という言葉を頻繁に使っている人がいましたが、その人は問題視されていませんでした」と主張したが、裁判所は「性的な関心や欲求に基づく発言かどうかは、発言の内容、表現、状況および相手などから客観的に判断されるべきもの」と退けた。
その他のセクハラ行為①体重計を測らせ、下腹部に聴診器を当てる
医務室にきた女性職員に対して、Xさんは何の理由も告げずに体重を測らせたのである。嫌がる女性職員の服の袖を引っ張って体重計に乗せ、測定後に「ちょっとヤセたのではないか」と発言した。
Xさんの言い分は「女性職員の腹部の膨張が気になっていた」というもの。実際にその後、Xさんが女性職員の同意を得て服の上から下腹部に聴診器を当て「病院に行ったほうがいい」とアドバイスしたところ、腹部に疾患があることが明らかになった。たしかに、女性職員の健康状態を心配する気持ちはあったのであろう。
②抱え上げてベッドに横たえさせる
Xさんは、医務室に来た女性職員を抱え上げてベッドに横たえさせた。その後、Xさんは何も言わず、女性職員も黙ったままベッドから起き上がり医務室を出て行った。
この点についても、Xさんは上司から事情を聴取された際、「私は医療の知識を持っているので女性職員の健康状態を確認したいという強い気持ちがあった」旨を述べている。
■ 裁判所の判断
裁判所は「抱え上げる」「下腹部に聴診器を当てる」行為については、以下のように「アウト」とした。
「異性の身体のプライベートな部分に接触する行為であるが、合理的な必要性は何ら認めることができない。健康状態の確認を口実とした不必要な異性への身体の接触であり、性的な関心に基づくものである」
しかし、「体重を測らせた」行為については、次の理由によりセクハラ認定されなかった。
「この行為の時点では、身体的接触の程度は服の袖を引っ張るという限度に止まり、取得した情報も女性職員の体重だけであり、それを健康状態の把握以外に用いた形跡もないことから、女性職員の体調を心配する気持ちに基づくものであった可能性も否定できず、性的関心や欲求に基づくものであったとするには疑問が残る」
ただし「とはいえ、体重は他人に知られたくない個人情報なのでセクハラに準じる行為」と判断されている。
パワハラ行為「帳簿を投げつける」最後はパワハラだ。状況は以下のとおり。
Xさん
「業務指示を出したんですが、返事をせず20分以上も無視して、さらには『別の仕事が終わるの待っています』と言ってきて、その態度にカチンときて(帳簿を)投げつけました」
女性職員
「投げつけられた帳簿が私の右手の指に当たりました…」
■ 裁判所の判断
「Xさんの行為については暴行罪(刑法208条)が成立するとともに、不法行為(民法709条)にも該当する」
さらに付言として、裁判所は「仮に女性職員の言動が目上の者に対する礼節を欠く態度であったとしても、帳簿を投げつけるという行為が正当化されるわけではない」とも述べている。
減給処分以上の事実を認定した上で、裁判所は「減給処分OK」と結論付けた。懲戒処分は、社会通念上著しく妥当を欠いて裁量権の範囲を逸脱または濫用した場合に違法となるが(最高裁H241.1.16)、今回は裁量権の濫用なしと判断されたのである。
Xさんの場合は公務員だったが、この判断枠組みは民間企業でもほぼ同様だ(労働契約法15条)。
■ 労働契約法15条
使用者が労働者を懲戒することができる場合において、当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は、無効とする。
セクハラは客観的に判断されるXさんは、「抱え上げた」「お腹を触った」行為について、「女性職員に対して性的関心、欲求を抱いたことはない」と反論していた。いわゆる「そんなつもりじゃなかった」ということだろう。
しかし裁判所は「その行為が性的関心、欲求に基づくものかどうかは、行為の相手、内容、態様および状況によって客観的に判断する」と述べている。つまり「第三者がみた場合、どうか?」である。参考になれば幸いだ。

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