国際法では軍艦にも他国の領海内における「無害通航権」が認められていますが、今回の事案は一筋縄ではいかないかもしれません。
日本国内の報道によると、2024年7月4日の午前、中国東部に位置する浙江省の沖合を航行していた海上自衛隊の護衛艦「すずつき」が、一時中国の領海内に侵入していたことが明らかになりました。
海自護衛艦が中国領海“侵入” これって法的にどうなの? ポイ…の画像はこちら >>護衛艦「すずつき」(画像:海上自衛隊)。
「すずつき」は、高度な防空能力を有するあきづき型護衛艦の3番艦で、海上自衛隊佐世保基地(長崎県佐世保市)に配備されています。報道によると、当時「すずつき」は中国軍の演習を監視するために当該海域を航行中だったということで、意図的な侵入ではなく、おそらく偶発的な事案であると筆者(稲葉義泰:軍事ライター)は考えます。
中国は、自国の領海内を他国の軍艦が通航する場合、事前に通告することを要求しています。報道によると、中国側は「すずつき」に対して領海外への退去を通告していたということで、当然ながら日本として「すずつき」の領海内通航を事前に通告していたはずはありません。また、日本政府の見解としても、他国領海内を海上自衛隊の艦艇が通航するに際して、事前の通告や許可は必要ないとしています。これは、軍艦に「無害通航権」が認められるためです。
無害通航は、「沿岸国の平和、秩序または安全を害しない形で行われる、迅速かつ継続的な航行」のことで、この条件に合致するならば、他国の領海内を艦船は自由に航行できます。これが無害通航権です。とすると、今回の「すずつき」の事案に関して、問題はこの「無害通航」にあたるかどうかという点になりますが、実際のところその判断は難しいかもしれません。
というのも、無害通航権における「無害」とは「沿岸国の平和、秩序または安全を害しない」ことを指しますが、これに当たらない行為の1つに「情報収集活動」が挙げられているためです。
海洋の利用に関するルールなどについて定める「国連海洋法条約(UNCLOS)」の19条2項には、次のように規定されています。
「外国船舶の通航は、当該外国船舶が領海において次の活動のいずれかに従事する場合には、沿岸国の平和、秩序又は安全を害するものとされる……(c)沿岸国の防衛又は安全を害することとなるような情報の収集を目的とする行為」
つまり、他国の領海内において情報収集活動を行った場合には「無害」とは認められず、従ってそれは国際法に違反する「無害でない通航」となってしまうのです。今回、「すずつき」は中国軍の演習を監視する、つまり情報取集のために活動していたとされているため、もしその活動中に領海内に入ってしまった場合、条文解釈によっては、それが「無害でない通航」に該当する恐れもないとは言えません。
現時点(2024年7月11日)で、日本政府はこの件に関する正式なコメントを出してはいませんが、この点に関する政府見解の内容が注目されます。