収集した演劇ポスターは3万枚!「劇場のグラフィズム」著者・笹目浩之氏「傷んでないと、生きた証しにはならない」

1950年代から現代に至るまで演劇界を彩ってきた約400点のポスターやチラシをテーマにした「劇場のグラフィズム」(グラフィック社、4950円)が3月に出版され、話題を呼んでいる。約40年にわたりポスターの収集・管理に携わってきた笹目浩之氏(61)により、書籍化が実現。「ポスター貼り」に人生をささげ、「ポスターハリス・カンパニー」なる会社を運営する。一体どんな人物なのか。語られる発想豊かなポスター愛は新鮮な驚きを与えてくれる。(内野 小百美)
演劇ポスターのはかない一生を考えたことがあるだろうか。公演が終われば姿を消し、そのほとんどが忘れ去られていく。分厚く、ずっしり重いこの本には、天井桟敷、状況劇場、夢の遊眠社、こまつ座、大人計画、新劇…1950年代後半から現代までのポスターやチラシが約400点が収録されている。一枚一枚が、いまもエネルギーを放っているようだ。
「ピンとしたきれいな状態ではなく、画びょうの穴が開いて傷んでないと、生きた証しにはならないんですよね」。独特のとつとつとした笹目さんの口調から、ポスターへの思いが伝わってくる。映画とは異なり、演劇は台本未完成の状態で宣伝資料を作らなければならないことが多い。
「それこそ一行も脚本のない中で美術担当者やデザイナーたちは最大限の想像力を働かせる。創造力のたまものなんです」。告知する目的の一方で「劇団員が結束する上での大事な旗印になってきた」とポスターが内外両面で重要な役割を果たしてきたことを指摘する。
笹目氏の人生を変えたのは19歳。茨城から上京し、受験勉強に励む一方、東京・紀伊國屋ホールで芝居を見た。寺山修司作・演出による演劇実験室◎天井桟敷「レミング82年改訂版 壁抜け男」。「人生に多少の不安を抱えていた時期に見たこともあるでしょうが、セリフの一言一句が自分に突き刺さって聞こえ、心揺さぶられた。感動というより、衝撃でしたね」
取りつかれたように劇場通いが始まる。寺山氏が亡くなるのはこの翌年。天井桟敷のプロデュサーで寺山の妻だった九條今日子さんは連日、姿を見せる少し変わったこの青年に聞く。「手伝いに来ない?」。最初の仕事が、横尾忠則デザインによる寺山の追悼公演のポスター貼りだった。
一本の舞台が秘める無限の力。「食うや食わずの状態になっても、演劇以外のアルバイトはするまいと決めたんです」。50枚、100枚と紙を抱え、アポなしの飛び込みで居酒屋など飲食店を主に「貼らせてほしい」と交渉。「門前払いも多い。劇団の駆け出しの新人役者がやることで、こんな恥ずかしい仕事は早く終わらせたいと思うのが普通の考えでしょう」
笹目氏は違った。多くが「たかが」と思い、抵抗を覚えることに面白みを感じた。同時にポスターの持つ高い芸術性に気づく。「一つの舞台を完成させる過程で、演出などとともに作品の世界観を最初に伝えるポスターにも大きな価値があるのではないか。ポスター貼りの地位向上を目指し、会社をつくろうと思いました。経営が順調でも印刷など他のことに手を出さず、貼ること専念で」。87年、24歳の時だった。
「ポスターハリス・カンパニー」という一度聞いただけで覚えてもらえそうなユニークな社名も好評で注文は相次ぐ。競合するライバルがいないのも良かった。「貼る」に終わらず、はがす時にポスターの命を感じ取り、保存や管理の必要性を真剣に考えていく。
「ポスターの権利は劇団になく、デザイナーにあります。今回も一つ一つ許諾を取る作業に時間を要しました。会社は87年から10年続けば十分と思っていました」。37年続くが、よほど好きで根気がなければできない仕事だ。現在、収集した約3万枚のポスターを管理している。保管する場所の賃貸料などで年間約300万円を要するという。
笹目氏がポスターを愛するきっかけをたどると、「活版印刷は世界三大発明の一つと言われますが、紙や印刷物が子供の時から好きだったことも大きいですね」。ポスター作製でもデジタル化が進む。しかし今も、校正は紙にプリントアウトして作業するのがほとんど。その理由をこう推察する。
「モニター画面だと、どうしても間違いを見落としやすい。それは光が反射する画面が目に負担をかけるだけでなく、人間の能力の限界を超えた作業になるから。脳も紙から受ける時とは別物の情報として認識するんじゃないでしょうか」。話は書籍の内容にとどまらない。確かに新聞校閲でも紙のゲラ刷りの方が誤字を見つけやすい傾向がある。これまで深く考えなかったが“目からうろこ”。また会って話を聞いてみたくなる人だった。
◆笹目 浩之(ささめ・ひろゆき)1963年2月25日、茨城県生まれ。61歳。87年設立の株式会社ポスターハリス・カンパニー代表取締役。現代演劇ポスター収集・保存・公開プロジェクト代表。また株式会社テラヤマ・ワールド代表取締役。三沢市寺山修司記念館副館長。演劇プロデューサー、書家。「劇場のグラフィズム」巻末には演劇界をけん引してきた佐藤信、白井晃、松尾スズキ、小川絵梨子(敬称略)のインタビューも収録。
◆笹目さんが選ぶおすすめ一冊
「小説吉田学校」(戸川猪佐武、角川文庫/人物文庫)
笹目氏は「小説吉田学校」を挙げた。若い時に夢中になって読んだ一冊だ。新聞記者出身の戸川氏による著書。占領下での吉田茂内閣から鈴木善幸内閣まで、政界の権力闘争史を描いた長編小説だ。吉田茂役の森繁久彌主演で映画化(1983年、森谷司郎監督)もされた。
「20代の頃、昔の政治家の人間模様、駆け引きのようなものに興味を持ち、読み始めました。自分自身、起業したのが24歳の時。こちらは小さな会社で世界も時代も全く違う。でも最後は一人で決断することの勇気や孤独というものについて考えさせてくれたように思います」と感謝する。
日本の歴史を動かしてきた者たちの精神力、判断を下す瞬間を読み解く中で、笹目氏は生きる力をもらっていた。戦後の日本を大きく変えていった個性の強い面々が、まるで演劇的に映って引き込まれたのかもしれない。

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