慶大医学部4年生の二刀流小説家・坪田侑也さん、15歳で新人賞受賞も…味わった苦悩と挫折、2作目までに5年の歳月

小説家で医学生。自身2作目となる小説「八秒で跳べ」(文芸春秋、1870円)の著者・坪田侑也さん(21)は、異色の経歴を持つ作家だ。中学生の時に書いた小説で、15歳にしてボイルドエッグズ新人賞を最年少(当時)で受賞。現在は慶大医学部の4年生で勉学に励む日々だ。天が二物を与えたもうた慶応ボーイ、天才街道まっしぐらな人生かと思いきや、その実情は全く逆。今作は深い悩みと挫折の末に生み出された小説でもあった。(樋口 智城)
身長179センチのすらっとした体形、爽やかな笑顔、物腰柔らかな語り口。慶大医学部4年生の坪田さんは「医学部との両立、思われているより大変じゃないですよ。学生を信頼してくれる、自由な大学なんで…」とジョークを交えて自身を語り始めた。15歳でボイルドエッグズ新人賞を受賞したデビュー作「探偵はぼっちじゃない」は中学校を舞台にしたミステリーだったが、今作は高校バレーが舞台の青春小説。高校生の持つ葛藤、挫折、成長、恋愛といった多感な心の動きを、みずみずしい筆致で詰め込んでいる。
「元になったのは、自分が慶応中・高で所属したバレー部での経験です。中学校の頃からずっと、感じた悩みとかメンタルコントロールの面とかを小説に落とし込めるんじゃないかと思っていました。小学生の頃から、小説を書くことが日常だったので『これは書けそうだな』って感覚はあるんです」
小学生からずっと小説を書く。驚くべき早熟さだが、坪田さんにとっては普通のことだった。
「はやみねかおるさんの児童推理小説を読んで感銘を受けて。僕も書きたいなと、2~3年生の低学年の時に原稿用紙にちょこちょこ書いてました。将来の夢は小説家だって書いてある小2の時の七夕の短冊、今でも残っていますよ」
高学年になっても、小説との親しみ方は変わらない。
「図書委員会入ってまして、活動の一つに『自作の小説を原稿用紙に書けば、図書室に置いてくれる』というのがあって。毎学期、星新一のようなショートショートを書いて、置いてもらってました」
中学の時は毎年、夏の自由研究で小説を書いた。「3年生の時に出した自由研究の小説が、デビュー作の原型です。読んだ友人のお母さんに『こんなにすごいんだから文学賞に応募してみたら』って言われて。あの言葉がなければ、今の僕はないですね」
応募したのは、ボイルドエッグズ新人賞。本格的に初めて応募した文学賞で即受賞した。
「受賞は高1の時だったんですが、実感はなかったですね。どんな賞なのかもよく分からず出してましたから。新宿の紀伊国屋書店に自分の本が並んでいるのを見て、ようやくジーンと来ました」
その後は天才街道まっしぐら…のはずが、すぐに壁にぶち当たる。
「高校2年で1冊、3年で1冊出そうって目標を立てたんですが、書いても書いてもダメで…」
ある雑誌に依頼されて出した短編小説は、あえなくボツ。2本書き上げた中編も出版に至らず、長編は完成することもできなかった。
「そうこうするうちに、高校在学中に1冊って目標を変えて。それも書き切れなくて、結局は高校生のうちに出版できませんでした」
スランプなのか、重圧なのか、実力なのか。文学的な悩みを抱える日々。高校3年生時は医学部進学の勉強のためいったん執筆を休止。しかし情熱は冷めやらず、2021年の慶大医学部入学とともに、執筆を再開した。
「大学に入って書き始めたのが、今回の小説です」
小説自体は、大学2年の夏過ぎに完成したが、再びの苦難が待っていた。
「初めは文春さんとは別の会社での出版を目指していたんですが、うまくいかなくて。結局ボツになってしまいました。そこから、ミステリー仕立てだった作品を青春小説に書き直し。いろいろそぎ落として今の形になって、ようやく文春さんの目に留まったんです」
小説家、最年少受賞、医学部進学。はたから見れば順風満帆に見える人生は、苦悩に満ちていた。デビュー作から2作目を書き上げるのに、5年もの歳月を経なければならなかった。
「モノにならないことへの悩みや苦しみは、5年間持ち続けていました。その思い、今回の小説のあるキャラにも投影しています」
文学と医学。将来はどっちを選択するつもりなのだろうか。
「小説は絶対に切り捨てられない。医学との両立を目指したいですね。よっぽど爆売れしたら小説一本とかなるかもしれませんが、まだまだ。きちんと社会に出て働くってことも、自分にとって必要だと思います」
○…今作は、バレー業界からも注目も高い。帯の文章を書いたのはパリ五輪での活躍が期待される人気選手・高橋藍。坪田さんは「藍さんにあんな文章書いていただいて、うれしいです。会ったことはないので、ぜひお会いしたいですね」と熱望した。日本代表元主将・柳田将洋とは、本をきっかけに対談。「スタイルはいいし、いい匂いがするし…。もう格好いいの一言でした」と一ファンに戻って喜びを表していた。
◆坪田 侑也(つぼた・ゆうや)2002年、東京都生まれ。21歳。18年、15歳の時に書いた「探偵はぼっちじゃない」で、第21回ボイルドエッグズ新人賞を、当時史上最年少で受賞。翌年KADOKAWAより出版され、デビュー。慶応幼稚舎、中、高を経て、21年に慶大医学部に入学。現在4年生。

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