だから減便するしかない「バスの2024年問題」市民の足直撃 働き方改革 カギ握る“1時間の差”

2024年春、全国でバス路線の大幅な減便・廃止が進みます。背景にあるのが「バスの2024年問題」。労働規制の強化に人手不足が重なっただけでない問題が、今まさに市民の足を直撃しています。
2024年4月、自動車運転業務の労働時間規制が強化されます。それを前に、全国で路線バスの大幅な減便・廃止の発表が続いています。都市全体で20%以上のバス便が減るケースもあるほどです。
だから減便するしかない「バスの2024年問題」市民の足直撃 …の画像はこちら >>路線バスの大幅減便の背景に「バスの2024年問題」がある。写真はイメージ(画像:photolibrary)。
一般企業には一連の「働き方改革関連法」が適用済みですが、バスを含む自動車運転業務など一部の業種で適用が猶予されており、その猶予期限が今年3月末なのです。そのため厚生労働省告示「自動車運転者の労働時間等の改善の基準(通称:改善基準告示)」が改正されます。この改正がもたらす様々な課題が「バス業界の24年問題」と呼ばれます。
これには2つの補足が必要です。まず、改善基準告示は乗務員の拘束時間(出勤から退勤まで)や運転時間の上限などを細かく決めたものですが、バス事業者がこれに違反すると行政処分の対象となります。労働規制はもちろんどの業界も対象ですが、一般企業では、あまり身近に感じていない人もいるでしょう。
しかしバスの場合、例えば「途中でフェリーを利用する場合」といった細かいケースまで決めごとがあるうえ、労働行政のみならず直接の監督官庁である国土交通省の監査で違反が見つかると処分を受けるため、バスの現場で改善基準告示は常に意識されています。
もうひとつは、構造的な人手不足が進む局面に重なったことです。ここ10年ほどで多くがリタイアした戦後ベビーブーム世代(団塊の世代)は、同い年の人が全国に250万人くらいいた一方、今年の20歳は約110万人しかおらず、国全体で労働力が急減しています。バス乗務員の総数もコロナ前までの20年間で約2割増加しましたが、コロナ禍での離職などにより増加前の水準にまで戻ってしまっています。
今回の改正の目玉は、拘束時間の年間上限の引き下げです。ただバスの場合、休息期間(退勤から次の出勤までのインターバル)が「8時間以上」から「9時間(努力目標は11時間)以上」に引き上げられる点の方が、影響が大きいとみています。またそれに伴って1日当たりの拘束時間の上限(例外を適用した場合の最大値)が16時間から15時間に短縮されます。
具体的な影響を業態別に見てみましょう。
まず路線バスの分野です。路線バスでは多くの営業所で「交番制」が定着しています。「今日が15番ダイヤなら、明日は16番ダイヤ、明後日は公休(休日)」という風に勤務シフトがローテーションで回るのです。交番は余裕を持って作られるので、それ自体への影響はあまりないと考えられます。
ただ大手私鉄系事業者などでは有給休暇消化率が軒並み95%を超えており、むろんそれ自体は評価すべきですが、ただでさえ人手不足の状況なので誰かが安めばダイヤに「穴」が空きます。公休者に休日出勤を、あるいは早番の人に残業を、遅番の人に早出勤を依頼して穴を埋めることが常態化しています(もちろん休日出勤手当、残業・時間外労働手当の対象です)。
この「穴埋め」の際、各乗務員の前後の日の出退勤時刻を従来以上に気にする必要があり、運行管理者の大変さが思いやられます。
また、泊まり勤務が中心の営業所では、交番表そのものの変更が必要になりそうです。泊まり勤務は「午後出勤→仮眠→午前勤務」が基本で、会社としては夕方と朝のラッシュ時に必要な乗務員数を確保でき、乗務員から見ると1回の出勤で2日分の勤務をこなせるので自由になる時間が多いという評価があります。しかし今後は仮眠時間の延長が必要となるため、深夜と早朝のダイヤ維持が難しくなります。
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路線バス・高速バス双方が集まる営業所の例。他社の高速バスも含め、乗務員の休息の拠点となっている(乗りものニュース編集部撮影)。
高速バスでも、泊まり勤務となる、片道350km(所要時間6時間)前後の東京~名古屋線、仙台線などでダイヤの組み換えが必要になりそうです。これらの路線は「朝7:00ごろ発、昼着」「夕方16:00ごろ発、夜着」「深夜23:30ごろ発、翌朝着」の3つの時間帯の需要が大きく、かつ、乗務員もこれらのダイヤを2日で往復するパターンが定着していました。
例えば「午後に出勤して夕方発の東京→名古屋を乗務。宿泊(仮眠)後、翌朝に名古屋→東京を乗務して昼過ぎに退勤」や「早朝に出勤して東京→仙台。午後は仮眠。仙台深夜発→東京。早朝着でそのまま退勤」というパターンです。これで2日分、勤務した扱いになります。
「退勤から次の出勤まで8時間以上」という従来の規程なら、往路の渋滞に備え余裕を持って仮眠時間を設定しても、上記のパターンにぴたりと当てはまりました。しかしこれが「9時間以上」に拡大されるのでダイヤ改正が必要です。現状でも渋滞時には急きょ新幹線で交替の乗務員を送り込む場面もあるだけに、需要の大きい時間帯からダイヤを少しずらすケースが出てきそうです。
片道200km前後(3~4時間)の路線では、乗務員は1日に1往復を担当します。拘束時間の上限が短縮されるので、復路の渋滞時に上限を超えるリスクが大きくなります。高速バスの中では最も需要が大きく収益性も高いタイプの路線ですが、今後、日曜日の最終便繰り上げなど対応が必要かもしれません。
より難しいのが貸切バスです。路線バスや高速バスは自社で作るダイヤに基づいて運行するのに対し、貸切バスは旅行会社、学校などからバスツアーや修学旅行など多様な仕業を受注します。拘束時間や運転時間は、事前に見積もりをする時点でチェックできます。しかしその時点では、何か月も先の日にどの乗務員が担当するかは決まっていません。誰が担当するかは、個々の乗務員のスキルや前後の日の出退勤時刻、運転時間の長さを考慮して運行管理者が直前に決めるしかありません。
今後、配車管理システム上では車両や乗務員の数に余裕があるから予約を受けても、当日、出退勤のインターバルを確保できず担当できる乗務員がいない、という可能性が大きくなります。特に旅行会社のバスツアーは拘束時間が長いものが多く、貸切バス事業者は受注に消極的になりそうです。
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インバウンドのツアーを行う貸切バスも再び増えている(乗りものニュース編集部撮影)。
もっとも、立ち寄り地点の数を競うような総花的なツアーは以前から「苦行」「引き回しの刑」と揶揄され、顧客も高齢化しています。24年問題は、変化を先送りしてきた旅行業界、貸切バス業界双方が商品性を考え直す機会だとも言えます。
最近ではテーマを絞り行程にも余裕を持つツアーが増え始めていますが、その流れは加速するでしょう。着地型ツアーと呼ばれる、現地集合の個性的なツアーはなかなか普及が進まなかったのですが、流れを変えるかもしれません。
ここまで改正の直接的な影響の代表例を挙げました。ただ勤務形態は事業者や営業所によって異なり影響も様々ですし、深刻な乗務員不足に上乗せして改正への対応を迫られるので、言葉では説明しきれない大変さが予想されます。かといって働き方改革を後戻りさせるわけにいきません。また結果として乗務員の所得が減ってしまっては本末転倒です。
バス事業には「繁閑の差」が大きいという特徴があります。しかも、路線バスは平日の朝夕、高速バスは週末という風に忙しいタイミングが異なります。社内の営業所どうしの応援体制に加え、貸切バス事業者が高速バスの応援に入る「貸切バス型管理の受委託」制度の活用など、複数の事業者間で限られたリソースを上手に活用するケースが増えるでしょう。
2014年、筆者(成定竜一:高速バスマーケティング研究所代表)が求人サービス「バスドライバーnavi(どらなび)」の立ち上げに携わってから10年が経ちます。つまり乗務員不足は10年前からわかっていたわけです。裏返せば、各事業者や「どらなび」の取り組みは、一定の成果を上げてはいても、抜本的に状況を改善できていないとも言えます。繰り返しますが、国全体で労働力が大きく減少しているためです。
昨年から路線バスの運賃改定が相次ぎ、乗務員の待遇改善も進みつつあります。しかし、過去30年ずっと横這いか下降気味だった待遇を、人手不足に陥って慌てて引き上げるという姿は、この国のほとんどの業種に当てはまるはずです。
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大阪の金剛バス。2024年問題を前に、バス事業そのものから撤退したのも記憶に新しい(画像:写真AC)。
働き方改革も待遇改善も、それ以外の求人の取り組みも、当然実施すべきことですが、異業種も同じ努力をするので乗務員不足解消の切り札にはなりません。かといって乗務員不足に引きずられ、事業サイズを単純に縮小してしまえば、地域の交通網を維持できないばかりか、事業者の収益も縮小し、さらなる賃上げが困難になり、人手不足が進行する――という悪循環が始まります。
乗務員不足は、究極的には、路線バス事業における官民の役割分担などバス事業のビジネスモデルを見直して収益性を高め、その収益を人材確保に回すサイクル、言い換えれば筋肉質なバス事業を構築することでしか解消しない問題なのです。

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