2月23日、天皇陛下が65歳の誕生日を迎えられた。皇居では一般参賀が執り行われ、午前の参賀では天皇皇后両陛下が3回(10時20分頃、11時頃、11時40分頃)、長和殿ベランダにお出ましになる予定だ(午後は記帳のみで、12時30分から15時30分までに坂下門から参入。詳細は宮内庁サイトで要確認)。
天皇誕生日といえば毎年、SNSでお祝いの気持ちを示す人も少なくない。「一般参賀に足を運んだ」などの報告はさることながら、ひときわ目を引くのは陛下が写った写真をキラキラに加工し、「はぴば!」など、友だちの誕生日を祝うようなメッセージを添えた投稿だ。
こうした投稿には「微笑ましい」「(陛下が)見たら普通に喜んでくれそう」「我が国の象徴愛されてんな~」などの好意的な意見が寄せられる一方、「不敬罪だ」と指摘する声も見受けられる。
「不敬行為ですらない」天皇誕生日に限らず、公務などで街へお出ましになった皇族を撮影し、その動画や画像を親しみを込めてSNSに投稿したものが「不敬罪だ」などと批判される事例もある。
不敬罪とは、天皇と皇族、そのお墓である皇陵などの名誉と尊厳を維持するための法規定だ。明治13年(1880)公布の旧刑法に起源を持ち、明治40年(1907)公布の現行刑法にも継承されたが、戦後に廃止されている。
仮に現在も存続していたとして、天皇誕生日に、SNSで友だちの誕生日を祝うような投稿をすることは不敬罪に該当するのだろうか。投稿を見た皇室研究者・高森明勅氏は「そもそも不敬行為ですらない」と言う。
「不敬罪は『皇室への配慮を欠いた』場合に問われると誤解している方も多いようですが、実際には『皇室の名誉を意図的に傷つける侮辱』など、能動的な攻撃意志がある場合に問われる罪でした。
天皇誕生日をお祝いする愛らしい画像からは、攻撃意図ではなく、陛下への敬愛と尊敬が感じられます。『積極的におとしめよう』という意図がないことは明白であり、仮に現代に不敬罪が存在しても、この事案は該当するものではありません」
そして高森氏は「むしろ…」と、別の視点での懸念を指摘する。
「現代では、そうした投稿に対して『不敬だ』と騒ぎ立てることで、逆に『皇室は恐ろしい』『報復される』といった、皇室の方々がまったく望まれないイメージを広めてしまう可能性があります。私は、そちらの方が憂慮されるべきだと考えます」
なお不敬罪の実態としては、「天皇や皇族を守る」という本来の目的よりも、昭和17年(1942)の「尾崎不敬事件」(※)に代表されるような「“政治的思惑”が絡んだ事件で適用されることが多かった」(高森氏)という。
※ 太平洋戦争中に行われた衆院選の演説で、候補者の尾崎行雄が東條英機内閣を批判するため「売家と唐様で書く三代目」という川柳を引用した。当時は日本の立憲政治が始まった大日本帝国憲法の公布から約50年であり、その精神は孫の代(=三代目)になって踏みにじられている、という意味だったが、政府は明治維新から“三代目”の昭和天皇を揶揄(やゆ)したとして不敬罪で告発。尾崎は東京地検に拘束され、巣鴨拘置所に送られた。
大人気の「宮内庁インスタ」宮内庁は昨年4月1日、初の公式SNSとしてインスタグラムのアカウントを開設した。フォロワーは初日時点で35万人を超え、2月21日現在は190万人となっている。
インスタグラム開設の目的について、宮内庁は公式サイトで「(皇室の方々の)様々なご活動を中心に発信し、利用者に皇室のご活動等への理解を深めていただく」ことであると説明。
これまでの投稿内容は公務や宮内庁の取り組みなど公式的なものがほとんどだが、とりわけ話題になったのは、天皇ご一家が昨年5月、栃木県の御料牧場で静養した際に撮影された写真だ。ご一家がサイクリングを楽しむ様子や、愛子さまがしゃがみ込んでタケノコ掘りをする姿など“プライベート感”あふれる写真の数々にネットは騒然。中には天皇陛下がご自身のカメラで皇后雅子さまや愛子さまを撮影した写真もあり、広く好意的に受け止められた。
かつては「不敬罪」が規定されるなど国民から“遠い存在”だった天皇や皇族だが、時代の変化に加えインスタグラムによる情報発信の効果もあって、親しみを感じるようになった人も少なくないだろう。
一方、公的な立場にある以上、名誉毀損や侮辱とも無関係ではない。不敬罪が廃止された現在、仮に天皇や皇族がそれらと闘う場合には自ら告訴する必要がある(不敬罪は非親告罪だったが、名誉毀損罪や侮辱罪は親告罪)。天皇や皇后といった一部の皇族については、刑法232条2項に従って内閣総理大臣が代理で告訴を行う。
しかし、天皇や皇族が告訴することは「現実的にかなり難しい」と高森氏は指摘する。
「一般的に考えて、皇族が国民やメディアを告訴し、刑事責任の有無が法廷で争われることになれば、その事実自体が国民に計り知れないショックを与えるでしょう。
内閣総理大臣が代理で告訴するにしても、(国民やメディアに対する)言論弾圧ではないかといった反発を招きかねず、国会で問題視される可能性もあり、政治的なハレーションが非常に大きいと思います」
高森氏は、天皇や皇族に事実上、名誉毀損や侮辱に対抗する手段がないに等しいことが問題だと述べる。
「もちろん、戦前にあった『不敬罪』を復活させるのがいいとは言いません。ただし“ノーガード”の状態が放置されているという制度には、欠陥があるのではないでしょうか」(高森氏)