「エアコンのない部屋で、毎年夏が怖いのですが、札幌市の生活保護受給者に対するエアコンのサポートの情報があれば知りたいです」
これはつい先日、北海道札幌市に住む方から私の行政書士事務所に届いたメールです。日本の政令指定都市で最も気候が冷涼であるはずの北海道でさえ、猛暑は深刻な問題となっています。
近年の世界的な気候変動により、日本の夏はもはや熱帯であるかのような状況となっています。エアコンを使用しなければ熱中症による命の危険もあると、テレビ・メディアや学校などの公的機関も警鐘を鳴らしています。
現在は2月ですが、夏に連日猛暑となる本州からは、この時期からすでに、私の行政書士事務所へ「夏になってからでは遅いので」と、エアコンに関する切実な相談が寄せられています。
病気や老齢などで働くことができず、家にいる時間が長い生活保護受給者が、エアコンなしの生活を強いられているという実態があります。また、最も暑い時期に学校が夏休みに入る子どもたちにも重大な影響が及んでいます。(行政書士・三木ひとみ)
熱中症予防を呼び掛けながら、費用は「自己責任で」という“通達”2024年(令和6年)4月1日から適用の「生活保護問答集」には、保護受給中にエアコンが故障した場合の修理代や購入費用は、通常の保護費のやり繰りにより行われるべきもので、費用支給はすべきでないと読み取れる回答が示されています。
また、同年5月31日付けの厚生労働省社会・援護局保護課の通達「生活保護世帯におけるエアコン購入費用に関する取扱い等について」は、「熱中症予防の普及啓発・注意喚起を行う等、対策に万全を期すことが重要」としています。
ところが他方で、熱中症対策に不可欠なエアコンの購入等については、「エアコンも含め日常生活に必要な生活用品については、保護費のやりくりによって計画的に購入していただくもの」「保護費のやり繰りによって購入が困難な場合には、生活福祉資金貸付を活用して購入していただくことも可能」と記載されています(【画像1】参照)。
エアコン代も「自己責任」で… 生活保護受給者の“生命”脅かし…の画像はこちら >>
【画像1】厚生労働省社会・援護局保護課の通達「生活保護世帯におけるエアコン購入費用に関する取扱い等について」
熱中症の危険性と予防の注意喚起をする一方で、生活保護世帯のエアコンが故障した際のエアコン購入費用を別に支給することには否定的です。また、毎月の最低生活費である少ない生活保護費を節約して、家電製品の故障に備えられなかった生活保護世帯については、借金をしてエアコンを購入することを推奨するという、不可解かつ制度の矛盾を感じさせる文書となっています。
光熱費を含め物価が激しく高騰する中で、最低生活費を削り、エアコン購入のためお金を借りて返済をしながら、熱中症にならないようエアコンを活用し、しかし電気料金の滞納はしないように、そして新たな家電製品の経年劣化による故障に備えやり繰りをさせるようケースワーカーに指導しろというのは、非現実的な通達内容に思えてなりません。
自治体によっては、頑としてエアコン故障の際の費用支給はできないと断言するところも少なくありません。根拠を尋ねると「厚労省の見解に従っています」の一点張りです。
大阪・東京では「臨機応変な対応」をしてきたが…厚労省の通達が、生活保護行政の現場に与える影響は、とてつもなく大きいものです。
これまでは、大阪や東京など、自治体によっては生活保護世帯のエアコンの経年劣化による故障の場合も個別の事情に配慮した対応が多くなされてきました。また、単にエアコン購入費を支給するだけでなく、個別の事情に応じた細やかな配慮も見られました。
たとえば、単身で生活保護を受けている人が、エアコン設置されるまでは一時的に親族宅等に身を寄せ生活することを、通常の生活保護費を減額することなく認めるなど、杓子定規ではない、個別の事情に配慮した温かな対応も見られました。
しかし、今般の通達により、こうした血の通った行政対応をしてきた自治体にも負の影響が及んでいるのではないかと、行政書士として危惧しています。自治体の窓口が、生活保護受給者から寄せられる「エアコンが壊れて困った」といった相談の対応に苦慮している様子がうかがえるからです。
エアコンが故障したら修理費は「借りてください」以下は、2025年(令和7年)2月3日に北九州市の某福祉事務所に、エアコンが壊れてしまったことをメールで相談した生活保護受給中のアズサさん(仮名・60代女性)への、役所からの回答文書です。
「生活保護制度においては、エアコンを含め日常生活に必要な生活用品については、保護費のやりくりによって計画的に購入していただくこととなっております。
ただし、生活保護開始時に持ち合わせがない場合、災害により喪失し、災害救助法等他制度からの措置がない場合、犯罪等により被害を受け、生命身体の安全確保のために新たに転居する場合で持ち合わせがない場合などの特別な事情がある場合に限り、家具什器費として支給できる場合があります。詳しくは担当ケースワーカーにお尋ねください。
また、特別な事情がない場合において、生活保護費のやりくりによって購入が困難な場合には、社会福祉協議会の生活福祉資金貸付の利用をご案内させていただいております。担当ケースワーカーも必要に応じて、生活福祉資金貸付の利用手続きの支援や、エアコン購入に向けた家計管理の助言等をさせていただきます」(原文ママ)
上記の回答のなかで、エアコンの購入費を「家具什器費」として支給してもらえる「特別な事情」には、「病気などで生命に関わる状態にある場合」などが含まれておらず、きわめてハードルが高いといわざるを得ません。
現場の担当者も苦慮アズサさんから相談を受けた私は、行政書士として、すぐに北九州市保健福祉局保護課に電話で直接問い合わせて、市の見解を聞きました。
自治体としては、障害があろうと、高齢者であろうと、『一律公平に、保護受給世帯のエアコン故障の費用は支給しない』で統一しているとの回答でした。
「高齢者や障害者など熱中症が命に関わる可能性もある方、アトピーや病気など、エアコンが使えないと本当に困るという方でも、個別の事情は一切考慮せず、本当に一律で支給できないという回答で間違いないですか?」
再度、質問をしたところ、北九州市の女性職員は少し困ったように、「社会福祉協議会から借りるよう助言しています」と回答しました。
私はさらに質問しました。
「昨今の物価高騰で、定期的に給付金も出ているような状況で、毎月の保護費での生活がぎりぎりの保護受給世帯の方が、借りたお金を返しながら、節約して家電製品の費用を貯めることができると思いますか?」
この質問には、答えが返ってくるまで少しの間がありました。
「…そうなんですよね。今、厚労省との会議などでも調整はしているんですが、今の時点で助成ができるとは言えません」
あくまでも、厚労省の方針に従わなければならないという北九州市の姿勢を感じました。東京や大阪では柔軟な対応が行われている旨を伝えましたが、「自治体判断です」との回答。たしかに、厚労省の通達でも、また生活保護制度上も、自治体や福祉事務所の裁量となっています。
行政書士である私は、第三者だからこそ、ここまで粘ることができましたが、自らが最後のセーフティーネットを受けている境遇であれば、電話代も気になるでしょう。惨めで、悔しく悲しい思いに打ちひしがれたと思います。
壊れた家電の相談をしたシングルマザーの死2024年(令和6年)、猛暑の8月、神奈川県相模原市で小学生の娘さんと二人で暮らすシングルマザーのメイさん(仮名・40代)から、「冷蔵庫が壊れてしまった」との相談が寄せられました。
メイさんは精神疾患と脳の病気を抱え、働くのが難しい状態で、生活保護を受給していました。また、娘さんも、遺伝性の持病があり入退院を繰り返していました。
よくよく話を聞くと、冷蔵庫だけでなく、エアコンも炊飯器も壊れたままの状態が続いていました。ケースワーカーに相談しても、そうした家電製品の故障の際の費用は出せないと言われ、諦めて生活していたといいます。
これまでの相模原市の福祉事務所の判断、対応が適切かどうかを確認しようと、私はまず、厚労省に電話をかけました。しかし、同様の相談・質問が非常に多いという理由から、個別の回答はしないということで、厚労省の福祉課へ電話を取り次ぐことすら拒まれてしまいました。
「厚労省の見解を伺いたいのですが」と粘ったところ、「福祉事務所経由で厚労省に質問をすれば回答します」とのこと。
すぐに市に連絡して経緯を説明し、同じ質問を自治体経由で厚労省にしてもらいました。すると市は、生活保護受給世帯の個別事案として、エアコン修理代や新規買い替えの費用支給が可能かを厚労省に問い合わせてくれました。
しかし結局、厚労省からは、生活保護問答集や通達以上の回答を得られなかったそうです。
市の担当者から、「自治体として臨機応変に対応したいところ、国の指針には従う必要があり、公平な対応という観点からもこのシングルマザーだけ特別に支給はできないという結論を出さざるを得ない、非常に心苦しいところです」と、率直な回答がありました。
その後も私は、引き続き市の福祉事務所、ケースワーカーと、個別に相談、交渉のやりとりを何度も繰り返しました。
その間、メイさんからはたびたびLINEでの連絡がありました。メッセージの端々に、病気に苦しみ、心身ともに困窮していながら、懸命に生きる様子がうかがわれました(【画像】参照)。
【画像2】メイさんからのLINE文面の一部のスクショ(遺族の方から掲載を了承済み)
メイさんから私への最後のLINEは、今年1月2日の新年の挨拶でした(【画像3】)。
【画像3】メイさんからの最後のLINEのスクショ(2025年1月2日付)(遺族の方から掲載を了承済み)
その数日後、私は、メイさんが亡くなったとの連絡を受けました。
物価高騰と気候変動で脅かされる「健康で文化的な最低限度の生活」「生活保護を受けられてありがたい」という嬉しいお手紙が行政書士事務所にたくさん届く一方で、「この金額では最低限度の生活が送れない、どうしたらいいのか」といった悲痛の声も数多く届いています。
物価高騰の折、生活保護費で日々の食費や日用雑貨費、水光熱費をまかなうことがますます厳しくなってきています。
加えて近年、命にかかわるほどの酷暑が深刻化しているにもかかわらず、役所からは、熱中症への注意喚起がされる一方で、熱中症対策に必要不可欠なエアコンを買うお金がなければ、自己責任だから仕方ないと言われるに等しい事態が起きているのです。
子どもから「暑くて眠れないよ、エアコンを使わないと命にかかわると学校で言われたよ」と泣いて訴えられても、購入や修理ができない家庭があります。これでは、「生活保護費を節約して、エアコン故障に備えて購入費を計画的に貯められなかった親が悪い」と言われているのと同じです。
「借りたお金は返さなければいけない、返すことが難しいとわかっているのにお金を借りることはできない、だからエアコンは諦めます」と告げる方もたくさんいました。
最後のセーフティーネットである生活保護制度において、生活必需品たる家電が故障しても、費用が支給されないしくみになっているのです。このようなことで、憲法で保障された「最低限度の生活」は、守られているといえるのでしょうか。
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三木ひとみ
行政書士(行政書士法人ひとみ綜合法務事務所)
官公庁に提出した書類に係る許認可等に関する不服申立ての手続について代理権を持つ「特定行政書士」として、これまでに全国で1万件を超える生活保護申請サポートを行う。
著書に「わたし生活保護を受けられますか(2024年改訂版)」(ペンコム)がある。