今年5月、群馬県高崎市の国道で親子3人が犠牲になった乗用車とトラックの事故で、トラック運転手の男性が危険運転致死傷の疑いで8月20日に逮捕され、22日に送検された。
事故時は業務中だった容疑者。業務前の呼気検査ではアルコールが検出されていなかったが、事故後には基準値(血液1ミリリットルにつき0・3ミリグラム)を超えるアルコールが検出されたといい、車内からは焼酎の空き容器数本が見つかった。
しかし、エンジンをかけると車内が撮影される仕組みのドライブレコーダーには、容疑者が酒を飲む様子は映っていなかったとされ、呼気検査後から出発までの間に飲酒した可能性があるとみられている。
事故直前は法定速度を30キロ超過する90キロほどで走行。交差点内で左右に急ハンドルを切るなどしたのち、中央分離帯を乗り越えて対向車線に進入し、乗用車2台に衝突。子どもを含む男女5人が死傷した。
また、容疑者は過去に2度、業務前の呼気検査においてアルコールが検出され業務できない日があったこともわかっている。
従業員が“隠れて”飲酒でも「使用者責任」問われる?トラックなどの運転手が事故を起こした場合、運転手を雇用する会社には、「使用者責任」が生じる(民法715条1項)。
また、運転手が飲酒運転により事故を起こした場合には、会社に一定期間の車両使用停止、事業停止、営業許可取り消し処分等の行政処分が科せられる可能性がある。さらに、飲酒運転を許容していた場合など、悪質性が認められれば運転手と同様に刑事責任も問われることになる。
しかし、今回のケースのように、運転手が会社の目を盗み飲酒した場合でも、運送会社に責任が生じるのだろうか。
交通事故に詳しい鷲塚建弥弁護士は、「このようなケースでも使用者責任が生じる可能性は非常に高いです」と話す。
民法715条1項のただし書きには、「使用者が被用者(今回の場合、運転手)の選任および監督について相当の注意を払ったとき」または「相当の注意を払ったとしても損害が発生したと考えられるとき」について、使用者は免責されると書かれているのだが…。
鷲塚弁護士は「使用者責任は、判例の蓄積がなされた結果、故意・過失がなくても責任を負わなければならない『無過失責任』とも評価されている規定です。使用者が免責されることはほぼないと考えてよいでしょう」と続ける。
行政処分についても、鷲塚弁護士は「少なくとも車両使用停止処分が課される可能性は高い」と指摘。その一方で、刑事責任については「会社として対策は講じていたうえ、そもそも飲酒をしていることを認識して車両を提供していないため、会社が実際に起訴までされる可能性は低いと考えられます」と分析した。
加害者になった従業員に「賠償金」は請求できるのか呼気検査などを実施していたにもかかわらず従業員が飲酒運転で事故を起こし、被害者からは民事上の責任を問われ、行政処分も受けるであろう運送会社。踏んだり蹴ったりだが、鷲塚弁護士は救済的な法的処置もとれる可能性があるという。
それが、「従業員への求償」だ(民法715条3項)。
従業員の不法行為について、会社が使用者責任に基づき被害者に賠償をした場合、会社は加害者の従業員に対して、賠償金の全額または一部の負担を求めることができるというもの。
「通常の過失事故などであれば、会社がそもそも従業員を利用して利益を得ていることから、不利益も被ることが公平であるという考え方(報償責任)が根底にあるため、求償は大幅に制限されます。
しかし、今回の事故は、従業員が会社の呼気検査をくぐり抜けて飲酒運転をした結果の事故であるため、当該従業員に対して求償を行った場合には、その大部分が認められるものと考えられます」(鷲塚弁護士)
2025年に行政処分基準が“強化”鷲塚弁護士は容疑者について「報道を見る限り、度数の高いアルコールを飲むことをやめられない状態、アルコール依存症に陥っていたのではないかとも考えられます」と指摘。
その上で、事故を受けて運転業務に携わる人々に向け、「飲酒運転が全てを失うリスクがある行為であるうえ、最悪のケースでは人の命を奪うことになる、ということを再認識していただきたいと思います」と改めて注意を呼び掛けた。
今回事故を起こした運転手が所属していた運送会社に対しては、「日頃から当該従業員の様子を確認していれば、アルコール依存症の疑いがあるから乗務をさせないという判断もできたのではないか。会社としてもう一歩やれることがあったのではないかとも考えてしまいます」と苦言を呈した。
国土交通省は、2025年1月から自動車運送事業者に対する行政処分基準を強化する。飲酒・酒気帯び運転に対する「指導監督義務違反」「点呼の実施違反」を新設するほか、トラック運送事業者には「勤務時間等告示」の順守違反と点呼の未実施に対する処分量定を引き上げるとしている。
運送会社などには、少なくとも、これまで啓発活動として推奨されていたような、飲酒が運転にもたらす影響、飲酒運転を行った場合の失業も含めたリスク、会社の対応方針のほか、依存症の危険性なども含め、従業員にアルコールや飲酒運転行為の危険性等を十分に理解させるような教育指導を行う必要が生じることになるだろう。