【「うなぎ」の謎に迫る!】「うなぎ」は長~い旅をして日本にやってくる(うなぎの種類と産卵からの旅)

うなぎは日本古来より身近な魚でありながら、そのルーツなど非常に多くの謎に包まれた魚です。

○■世界に「うなぎ」は19種

うなぎは<ウナギ目 ウナギ科 ウナギ属>に分類されますが、この<ウナギ属>の仲間は世界全体で計19種が確認されています[表1]。

そのうち、日本に生息するのは「アンギラ・ジャポニカ種(ニホンウナギ)」と「アンギラ・マルモラータ種(オオウナギ)」の2種で、この両種のうち一般に食されるのはジャポニカ種のみです。

ジャポニカ種は、日本をはじめ中国・台湾他、東アジア地域に分布。マルモラータ種は西日本からフィリピン、東南アジア周辺地域に分布。より大きく成長しますが、身質が大味とされ、日本ではほとんど食用に供されません。

あらためて世界のウナギ分布を見てみると、そのほぼ2/3が熱帯域に生息[表2]、残りの数種が温帯域に生息しています。

『そもそもウナギは熱帯で生まれた生き物で、その後長い年月をかけて一部が温帯域に進出。地域の環境条件に合わせて適応進化して現在の生息分布に落ち着いた』とされます。そういう目でウナギ属19種の世界分布地図を改めて眺めてみると、ウナギ空白地帯がいかに多く、またウナギ分布がいかに大きく偏っているかが見て取れます。

私たちがこれまで食してきたジャポニカ種は温帯域に生息する言わば“少数派”と言えます。

1990年代後半、近年の食の多様化や物流システムのグローバル化等、数々の時代の大きな変化の中、私たちが長く食してきたウナギも新たな局面を迎える事になります。「アンギラ・アンギラ種(ヨーロッパウナギ)」という“新顔ウナギ”が日本市場に輸入されるようになったのです。アンギラ種は、その身質の柔らかさやクセの無さから年々その数量を増やし、スーパーマーケットや外食チェーンなどの欠かせぬアイテムとして定着していきます。その後2015年頃以降になると、新たに「アンギラ・ロストラータ種(アメリカウナギ)」が日本市場に登場。先にやって来たアンギラ種に近い食感とクセの無さで、ロストラータ種は既に欠かせぬ商材として定着している所です。

現在日本で主として食されているウナギは、【1】ジャポニカ種【2】アンギラ種【3】ロストラータ種の3種です。[表3]

『うなぎ』―特に『鰻蒲焼』―という食材が、かつての「特別な時にお店で食べるご馳走」から「普段から手軽に食べられる食卓の一品」として着実に日本の消費者に受け入れられていく過程で、従来からあるジャポニカ種と新顔ウナギが補完し合いながら食卓を支えて来たと言えるでしょう。
○■「うなぎ」はどこで生まれるの?

つくづく「うなぎ」は不思議な生き物です。

まずその産卵場所、つまり「どこで生まれるのか?」が長い間ナゾでした。洋の東西を問わず(おそらくはいつの時代においても、大多数の一般庶民は気にもかけなかったことかとは思われますが)どんな時代にも好奇心あふれる人や謎の解明に情熱を燃やす人達がおり、果敢にこの謎に挑みました。しかし、謎は全くその解明の糸口すらつかめず、―古くはアリストテレスが大いに悩み「(結局謎は解けず)うなぎは大地のはらわたから湧いてくる」とのたまい―、明治時代になっても「山芋変じてうなぎとなる」(!?)という話があるくらいにお手上げでした。

20世紀初頭になり一部の研究者の間で、「鰻の産卵場所の解明」が熱を帯びてきました。まずデンマークの海洋学者ヨハネス・シュミット博士がヨーロッパウナギ(アンギラ種)の稚魚に着目。それまで漠然と信じられていた地中海説を覆し、遠く大西洋の沖合・サルガッソー海という海域に絞り込みます。

日本では、このシュミット博士の研究成果に大いに刺激を受け、また多くのヒントを得て、1930年代から水産大学や水産試験場等の研究者中心に「ニホンウナギ(ジャポニカ種)の産卵場所解明」プロジェクトが本格的に動き出しました。

その後更に多くの大学や研究機関、幾多の研究者や学生さん達が関わっての想像を絶する苦労や試行錯誤が続きます。「研究用に用意した船で近海のニホンウナギの稚魚(シラスウナギ)をすくい、更により小さな個体(より生まれて間もない個体)を求めて、言わばウナギの成長を遡るような航海を繰り返していく」と言うのが研究活動の基本です。1年又1年と得られたデータや知見を積み重ね、時に大きな停滞や挫折を経験しながらの道のりです。

1930年代に始まった「ニホンウナギの産卵場所解明」への旅は、その始まりからおよそ80年近くの歳月を経て、2009年5月、東京大学海洋研究所(現・大気海洋研究所)の塚本勝巳教授(当時)のチームがついにその卵の発見・採取に成功しました!

産み落とされて間もない卵の発見により、ほぼピンポイントの産卵場所が判明、特定されたニホンウナギの産卵場所は、「太平洋・北マリアナ諸島西側海域」です。

東京から太平洋をほぼ真南に約1,000km行くと小笠原諸島に突き当ります。そこから更に南に約1,000km行った所にある・南北に連なる島々を合わせて「北マリアナ諸島」と呼びます。その南側にはグァム島がある、というロケーションです。言い方を変えると「グァム島の西北200km地点」がニホンウナギの産卵場所です。

周辺海域は極めて深い海で、4,000mを超える深い海底から「海山」と呼ばれる隆起・とりわけ高い4,000mに迫る峰が3座連なる「海底山脈」という地形を成します。その一つの海山の中腹、太陽光がほとんど届かない一画が彼らの産卵場所と推定されました。
○■さらにびっくりの「うなぎ」の長い旅

産み落とされた卵は受精後1日半で孵化。生まれて1週間ほどを卵に蓄えられた栄養分で過ごしたのち、柳の葉状の平べったく透明の体に変態します。このウナギの仔魚(しぎょ)を「レプトセファルス」と呼びます。レプトセファルスは、生まれた海域から西に流れる海流・「北赤道海流」に乗って一路西へと運ばれます。海流はフィリピン東側の沖で「黒潮」に合流。ウナギの仔魚達はここでこの黒潮に乗り換えることによって、コースを変え北上することになります[表4]。

このように書けばほんの数行で足りてしまいますが、現実には生まれたマリアナ諸島沖から西へ約1,000km、ここから黒潮に乗って1,000~2,000kmを北上。また、フィリピン沖で黒潮に乗れずに南へ流れる海流・ミンダナオ海流に乗ってしまうと赤道方面に流され、やがて死滅するという大きな鬼門もあります。

この生まれたばかりの“赤ちゃんウナギ”にとっては過酷で長すぎる旅路は、泳ぐと言うよりは「浮かんで・流されるままに流される」と言う方がピッタリの(従って、悲壮感よりは、呑気なゆるさを感じてしまう―しかし現実は命懸け)不思議な回遊です。

レプトセファルスは約5か月ほどかけ体長(最初の8㎜ほどから)60㎜前後までに成長。その後、東アジアの沿岸にたどり着くころには体が大きく変化、長い尾を持ち透明の個体となります。体長60~80mm/体重0.2g・誕生から約6か月のこの状態を「ウナギの稚魚・シラスウナギ」と呼びます。シラスウナギは(これまでとは打って変わって)自力で力強く泳ぎ、海流から離れて沿岸や栄養豊富な川の河口域に集まり始めます。東アジアの一番南に位置する台湾沿岸にたどり着くのが11月初旬。その後沖縄から順に日本列島の太平洋側を北上・12月~4月頃、次々とたどり着きます。また一部は分かれて中国の東海岸、さらに他の一部は九州から朝鮮半島方面へ向かいます。

川の河口の海水と淡水が混じり合う「汽水域」などで栄養をつけたシラスウナギは、春までに約10倍・2gまで成長。体色も黒くなります。この段階を「クロコ」と呼び、まだ体は小さいながら、いよいよ川をさかのぼり始めます。

この後ウナギは成長しながらより住みやすい場所を探し移動します。川や川からつながる湖沼で生活するようになったウナギは、体色は黒又は茶褐色に腹の白い部分に少し黄色が帯びた色合いとなり、成長を続けます。一般に我々がこれまでに見聞してきたウナギはこの“淡水魚”としてのウナギの姿かと思います。

日本及び東アジアの河川や湖沼で8年前後暮らした「ニホンウナギ」は成熟期を迎え、オス・メスそれぞれに川を下り海へと向かいます。季節は秋。河口の淡水と海水の混じる汽水域などでしばし体を整えた後、親ウナギ達は南の産卵場所、太平洋・北マリアナ諸島西側海域を目指す旅に出ます。

秋に川を下った親ウナギが南の産卵場所に着くのは夏、ここで産卵をし、ウナギ達は一生を終えます。

[文/戸田 育男、作図/中西純一]

【参考文献】
Katsumi Tsukamoto,“Discovery of the spawning area for Japanese eel,”Nature 356, 789 (1992).
Katsumi Tsukamoto,“Oceanic biology: Spawning of eels near a seamount,”Nature 439, 929 (2006).
『ウナギの科学』(塚本勝己編著,朝倉書店,2019)

『ウナギNOW-絶滅の危機!!伝統食は守れるのか?』(静岡新聞社 南日本新聞社 宮崎日日新聞社編,宮崎日日新聞社,2016)

『ウナギの博物誌』(黒木真理編著,化学同人,2012)

『ウナギ地球環境を語る魚』(井田徹治,岩波新書,2007)

『日本うなぎ検定』(塚本勝己,黒木真理著,小学館,2014)

戸田 育男 とだいくお 鰻の蒲焼き輸入に携わり約35年、消費者に向けた分かり易い鰻情報を提供することをライフワークにしている。また森林インストラクターとして関東の山々を歩いている。 この著者の記事一覧はこちら

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