三浦しをんさん、お仕事小説の極意は「その仕事を愛していること」今度の舞台はネイル業界

作家の三浦しをんさん(48)が、1年半ぶりの新作長編小説「ゆびさきに魔法」を出版した。辞書編さんの現場を描いた12年本屋大賞受賞作「舟を編む」をはじめとした、著者が得意とするお仕事小説の王道。今回は「ゆびさきに魔法」をかけるネイリストが主人公の物語だ。本人も中学校時代から親しんできたネイル。業界へのリスペクト、そしてお仕事小説の極意について語った。(樋口 智城)
さぁインタビュー、本日はよろしくお願いします…と言いかけたとき、まず目が行ったのは三浦さんのネイルだった。鮮やかで深い青、爪先にはキラキラなシルバー。ちょっぴり見とれていると、三浦さんの方から解説が始まった。
「ジェルネイルっていうんですけど、これをネイルサロンでやってもらうようになって14年ぐらいたつんですよ。技術も確かないいネイリストさんに運よく巡り合えたので、どんどんネイルの魅力に取りつかれていきました」
筆者が興味を持ち出すと、流れるように言葉が出てくる。
「青に塗ってあるところ、よく見たら立体的な線が入ってます。すごいでしょ。先の方は、銀色のキラキラするものをまず塗ってから、銀色の薄いテープみたいなのを切ってちりばめて、貼り付けてあるんですね。フレンチネイルと呼ばれているものの一種です」
近くで見たら、かなり細かい。えっ!? こんなとこにまで細かいラメや精密な技巧が施されているの!?
「そうなんですよ。この線とかもすごく細いのに奇麗に引いてくださる。ホント、ネイリストさんのすごい技術なんです」
爪に無関心な自分でも、こういう爪だとテンションが上がるのは理解できる。
「仕事でパソコン(のキーボードを)打つと、手しか見ない。爪が奇麗だと安らぎになるんですよ。飽きようがないですね」
一方で、ネイルへの偏見もいまだ感じるという。
「爪塗っちゃって家事ができるのかとか。ネイルをやっている人は増えているけど、いまは過渡期ですよね。偏見を心の中から減らして、誰でも好きなおしゃれ、誰の目も気にしない時代になってほしい。よく分からないものへの警戒心があると思うんですが、そうじゃないんだよって」
あれ? よく見れば横にいる男性編集者さんも塗っている。三浦さんの担当になってやってみようと思ったとのことだ。
「いまは男性でも、塗るだけじゃなくネイルケアをやってもらう方が結構いらっしゃいますよ。やってみようって気になってもらえればうれしいです」
爪へのおしゃれは筋金入りだ。
「中学生ぐらいの時からマニキュアを塗っていました。校則が厳しかったから学校に行く時はダメなんですけど、好きなバンドのライブに行く時とかは黒く塗ったり。大学生になってからはずっと好きな時に好きな色、いろんな色に塗って。マニキュアは、はげやすいなあと思っていた時、2000年くらいにジェルネイルっていう取れにくいようなものが登場したんですよ」
自然とネイルサロンにも通うようになった。
「ジェルとかパーツとか、いろんなものが次々に開発される世界。流行のデザインとかも移り変わりが激しくて、すごい業界だなぁと思います」
ネイルを舞台にした小説は、ずっと温めてきた。
「5~6年前から構想していました。業界のことをいろいろ伝えたいなって。実際にお話が来たのは2019年くらいですが、その前から書きたいなと」
「お仕事小説」は三浦さんが得意とするところ。林業から出版社、便利屋までさまざまな仕事を題材にしてきた。
「今まで書いた『お仕事もの』は、全部自分が好きで興味があるものばかり。お仕事小説は、その仕事を愛してることが第一条件ですね。職業を超えて、そのことに打ち込んでらっしゃる方の姿を見て、感心しながら書く感じ」
2000年にデビュー。来年で25年になるが、刊行履歴を見ると、エッセーも含めて間断なく仕事をしている。自身の「小説家としてのお仕事」はどう感じているのだろうか。
「出勤がないのはいいですねぇ~。私、通学とか毎日決まった時間にそこへ行かなきゃ、みたいなのが苦手で、メチャクチャ大変じゃないの~ってずっと思ってました。いまは『行きたくなきゃ、別に無理するな』って感じですけど、当時は違った」
締め切りなど、決められた日時に仕上げる現在の方が大変な気がするが。
「それはもう、全然編集者の言うこと聞かないっす。連載の時、あらかじめ担当さんに『本当の締め切りは隠して、すっごい早めの日時を言ってくださいね、私すっごい遅れるから』って言ってます。まさかバカ正直に本当の締め切りを言ってないでしょうね~みたいなノリで」
とはいえ、結局、正式な締め切りは守っている。
「そうなんですが、一日のリズムとかも決めたら全然ダメなタイプ。途端に風邪引いちゃう」
四半世紀にわたる小説稼業、一番の苦労は何だったのだろうか。
「本屋大賞をいただいた後、2年ほどはむちゃくちゃ忙しくて。過労で体調を崩しました。仕事を断りきれず。小説の連載が月3本。プラス単発の短編とかも入ってきていましたね」
その後は連載でも小説は月に1本と決めた。
「でも、あの大変な時期を越えたら、メキメキ肉体が成長し出しちゃって。いまや元気になりすぎちゃった」
苦難の時期を経て、自身のスタンスも少し変わった。
「やっぱり、体壊すほどやっちゃいけません。だから私、お仕事小説みたいな人間の善に光を当てるようなジャンルで苦難を書きたくないんですよ。つらくて過労死寸前でメンタル崩壊状態で仕事に打ち込むのが良きことです…みたいなのは違う。すっごい嫌なやつを書いたとしても、些細(ささい)な立場の違いとか意見の相違であって、あの人にもあの人なりの考え方があるよなって理解できる範囲にしたい。小説の中ではフィクションとしての希望の世界を書きたいんですよ」
好きだからこそ、外してはいけない信念。それが、24年にわたって「ふでさきから魔法」をかけ続けることができる秘訣(ひけつ)でもあった。
◆三浦 しをん(みうら・しをん)1976年9月23日、東京都生まれ。48歳。早大第一文学部卒業後の2000年、自らの就職活動の体験を基にした長編小説「格闘する者に〇」で作家デビュー。05年「むかしのはなし」で初めて直木賞の候補に。06年「まほろ駅前多田便利軒」で第135回直木賞受賞。12年に「舟を編む」で第9回本屋大賞、15年には「あの家に暮らす四人の女」で第32回織田作之助賞を受賞。
三浦さんが選ぶおすすめ一冊
◆令和元年の人生ゲーム(麻布競馬場、1650円、文芸春秋)
おすすめの本ですか。ハーレクインコミックスは50~60冊以上読んでるんですけど…。報知の読者の方とは合わないですよね。
今年一番いろんな人と語り合ったのは、前回の直木賞の候補になった「令和元年の人生ゲーム」。友達とかとも「ねえねえねえ、読んだ?」「どう読んだ?」みたいに話が弾むんです。
小説に限らず創作物って、当たり前だけど感想は人によって全然違う。この作品も、いろいろ考えさせることが含まれていて、読み手の感じ方が違うんです。確かに好き嫌いがはっきり分かれるかもしれない。でも、割とそういうものの方が良いってことも多いんですよ。
私、このときの直木賞の選考委員だったんですが、受賞作品の「ツミデミック」と「地雷グリコ」「令和元年の人生ゲーム」の3つにマルをつけました。こんなにつけること、ホントめったにないことなんですけどねぇ。

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