戦艦も水上に浮いている以上、絶対沈まないとは言い切れません。写真などでその沈む姿などは捉えられていますが、実は動画ではほとんどないのだとか。世界にたった3例しかないなかで最古なのがオーストリア・ハンガリー帝国の戦艦です。
かつて海の支配者だった戦艦。世界中に数多くの写真や動画が残されていますが、敵の攻撃を受けて沈みゆく姿を動画として収めたものは、人類史上現在に至るまで、実はたった3例しかありません。
世界最古の記録映像! 撃沈が捉えられた戦艦とは? 今はなき大…の画像はこちら >>戦艦「セント・イシュトヴァーン」。(画像:オーストリア軍)
ひとつは1941年11月、ドイツ潜水艦(いわゆるUボート)の攻撃を受けて沈没したイギリス戦艦「バーラム」。もうひとつは同年12月、日本の真珠湾攻撃で沈没し、現在は船体上に慰霊施設が作られているアメリカの戦艦「アリゾナ」です。
そして最も映像として古いのが、オーストリア=ハンガリー帝国海軍の戦艦「セント・イシュトヴァーン」です。この艦は1918年6月、第一次世界大戦さなかのアドリア海で沈没しました。日本ではほとんど知られていない軍艦ですが、どのような艦だったのでしょうか。
「セント・イシュトヴァーン」を保有していたオーストリア=ハンガリー帝国は、現在では多数の国に分裂し、オーストリアとハンガリーは海岸線を持たない内陸国となっています。しかし、第一次世界大戦中に帝国が崩壊するまでは、アドリア海に面した地にいくつもの拠点を有する大きな国でした。そのオーストリア=ハンガリー帝国海軍の「テゲトフ」級戦艦の4番艦として建造されたのが同艦です。
建造は、アドリア海に面するフィウメ(現在のクロアチアの都市リエカ)の造船所で行われましたが、当時フィウメには、大型艦の建造施設がなかったため、まずドックを整備するところから始められ、「セント・イシュトヴァーン」は大戦前半の1915年に就役しています。
基準排水量は2万トン以上、全長は約152m、最大幅は約28mあり、当時としてかなりの大型艦です。おもな兵装は305mm三 連装砲塔4基12門、150mm砲12門、70mm砲18門、533mm魚雷発射管4門で、最大速力は20ノット(約37km/h)でした。なお、最終番艦として建造されたため、姉妹艦にはなかったサーチライトが新造時から装備されたほか、甲板も拡張されており、機関も改良型を搭載するなどしていました 。
「セント・イシュトヴァーン」の母港はポーラ(現在のクロアチアの都市プーラ)で、第一次世界大戦のほとんどをポーラ近海で過ごしていました。これは、地中海に進出する玄関口のオトランド海峡が、フランスやイタリアからなる連合軍に封鎖されていたためです。
オトランド海峡封鎖は、オーストリア=ハンガリー帝国海軍の主力艦艇が地中海へと進出するのを阻止するために取られた連合国軍の作戦で、約100kmある海峡に無数の機雷を浮かべ、さらに駆逐艦や掃海艇などで航行妨害を実行する、連合軍の補助艦艇の豊富さと物量を活かした戦法でした。
オーストリア=ハンガリー帝国海軍は、敵の封鎖部隊に対し夜襲や潜水艦 を用いて突破を試みます。潜水艦の多くは突破に成功し、地中海などで大いに活躍することになりますが、水上艦はなかなか突破に成功せず、何隻もの艦艇が損傷しました。
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実は第一次大戦中に青島で日本軍と戦ったことがあるオーストリア・ハンガリー帝国海軍の防護巡洋艦、「カイゼリン・エリザベート」(画像:パブリックドメイン)
これに業を煮やしたオーストリア=ハンガリー帝国海軍は1918年6月10日、大規模な攻撃を仕掛けます。その攻撃部隊の中に「セント・イシュトヴァーン」も含まれていました。
いよいよ作戦実行のために、アドリア海に向けて出発した「セント・イシュトヴァーン」。しかし道中、イタリア海軍に発見され、魚雷挺の雷撃を受けて、右舷に魚雷が被弾するとすぐに傾きだし、ほどなくして転覆。そのまま沈没してしまいました。
1000人以上の乗組員の多くは海へ投げ出されてしまいましたが、死者は89人と比較的少数にとどまっています。これはオーストリア=ハンガリー帝国海軍が乗組員の水泳教育に力を入れていたことや、沈没当日は海がベタ凪(海面が風や波が全くない状態)で荒れていなかったからで、こうしたことが死者を最小限にとどめる要因になったと言われています。
この際の沈没の様子は、戦艦を撮影対象にしたものとしては、史上初めて動画で撮影されており、「セント・イシュトヴァーン」が転覆して海中に沈んでいく様子や、乗員たちが海に飛び込む様子、その後波のない海面を泳ぐ様子などが残されています。1918年に撮影されたとは思えないほど鮮明に残されたこの動画は、以後、赤十字の資金調達活動に使用されたと言われています。
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雷撃を受け転覆する寸前の。「セント・イシュトヴァーン」(画像:パブリックドメイン)
ちなみに、日本では船が沈むという言葉がいくつかありますが、その中で特徴的な言葉が「轟沈(ごうちん)」です。一般的に沈む船は「沈没」と表記されますが、「轟沈」は、「損傷を受けてから1分以内に沈むこと」という意味があるのだそう。「セント・イシュトヴァーン」の動画は、かなり早いスピードで沈んでいることがわかります。損傷を受けてからどのくらいの時間があったのかはわかりませんが、沈没までの時間を考慮すると「轟沈」したと言ってもよいのかもしれません。