命知らず!?『トップガン』のギリギリ低空飛行を空母で強行… 戦闘機パイロットの“伝説”

映画『トップガン』で一躍有名になった名機F-14「トムキャット」。この機体を駆って映画さながらのアクロバット飛行を記録に残した人物がいます。その名はスノッドグラス。彼になぜそのような飛行ができたのか話を聞きました。
1986(昭和61)年に公開された映画『トップガン』は映画史に残る空前の大ヒット作品ですが、その影響は映画の興行的なものだけでなく、戦闘機やそのパイロット(厳密には海軍飛行士「Naval Aviator」)の存在を世間に多く知らしめました。
劇中で主人公らが操っていた戦闘機F-14「トムキャット」は2006年にアメリカ海軍から完全退役したため、現在はイラン空軍でのみ少数が運用されるのみですが、それでもこの機体が一番好きだと答える航空機ファンやマニアは、いまだ多いです。
また、映画の影響は現実世界の空軍や海軍にもあり、この映画を見たことをきっかけに戦闘機パイロットを志したという人も数多くおり、それには日本の航空自衛隊のパイロットも含まれます。
映画の内容自体は、決して現実世界におけるアメリカ海軍パイロットをリアルに描いているとは言い切れないものの、それでも俳優トム・クルーズ演じる主人公「マーヴェリック」が操縦して縦横無尽に飛び回るF-14の姿は、見た人の多くに強烈なインパクトを植え付けたことは間違いないでしょう。
命知らず!?『トップガン』のギリギリ低空飛行を空母で強行… …の画像はこちら >>アメリカ海軍のF-14「トムキャット」戦闘機(画像:アメリカ海軍)。
たとえば、劇中でマーヴェリックらが操るF-14「トムキャット」が、管制塔や空母の艦橋上空を低空で高速飛行し、人々を驚かせるシーンがあります。そこでは、艦内にいる管制官やエアボス(空母の航空部門のトップ)が衝撃によって飲んでいるコーヒーを吹いてシャツを汚してしまい、マーヴェリックに酷い悪態をつきます。このシーンのオマージュは、続編である『トップガン マーヴェリック』でも見ることができます。
「こんな低空飛行は現実にあり得ない」と思いながらも、マーヴェリックのキャラクター性とコミカルともいえる演出を視聴者は楽しんだのではないでしょうか。しかし、あのような低空飛行を実際にF-14で行った海軍飛行士が存在するのです。
F-14についての書籍や、インターネットで画像検索すると必ず出てくる1枚の有名な写真があります。それは空母の飛行甲板上から撮影されたもので、手前には飛行甲板と左舷後方にあるLOS(着艦信号士官)プラットフォームとフライトデッキクルー(甲板作業員)が映っており、その奥に機体を横転させたF-14が機体背面をこちらへ向けてスレスレで飛んでいるというものです。
パイロットの名はデイル・スノッドグラスといいます。噂の写真は1988年に空母「アメリカ」(CV-66)で撮影されたもの。そのとき空母「アメリカ」は任務についておらず、乗員の家族や関係者を乗せた慰問航海、いわゆるファミリークルーズを実施している最中でした。
映画『トップガン』のマーヴェリックでさえ、フィクション世界でももう少し高く飛んでいたことなどから、その非現実的な構図ゆえ、いまだに「グラフィックソフトを使ったフェイク画像」といった噂が絶えない写真です。しかし、この写真は本物であり、操縦していたパイロットや撮影された時期もしっかりと判明しています。
異例の低空飛行は、そのファミリークルーズ中に観客にデモ飛行を披露する海上エアショーで行われたものです。スノッドグラス氏の操縦するトムキャットは、空母の飛行甲板よりも低い超低空をアフターバーナーに点火して330ノット(約611km/h)で通過しながら空母の左舷側を85度のバンク角度を付けて上昇しながら通過したそうです。
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ドラケン・インターナショナルのTA-4K「スカイホーク」とスノッドグラス氏(布留川 司撮影)。
本人いわく、空母と機体の距離は100フィート(約30m)程度あったらしく、写真はカメラの望遠レンズの圧縮効果で実際よりも近く見えるように撮影されているとのこと。
写真を見た限り、スノッドグラス氏の飛行は劇中のマーヴェリックのように無鉄砲なスタントプレイとも思えます。しかし、実際は綿密に練られた計画と予行準備(この写真自体が予行に撮影されたとも言われている)を経て、当時の所属する飛行隊の許可を受けて実施されたものでした。
現役時代のスノッドグラス氏は、海軍パイロットとしては非常に有名な存在でした。1970年代には本物の「トップガン(海軍兵器学校)」の教官を務めており、1985(昭和60)年にはアメリカ海軍の「パイロット・オブ・ザ・イヤー」に選ばれたほど。
さらに翌1986(昭和61)年には、機体メーカーのグラマン社(現ノースロップ・グラマン)が選出するF-14パイロットの年間最優秀賞「トップ・キャット」も受賞しており、そういった優秀性からエアショーでF-14の飛行を担当するデモパイロットにも指名されていました。
実際、この低空飛行もスタント的な一回限りのことではなく、海上エアショーなどでスノッドグラス氏の定番演技として定期的に実施されていたといいます。スノッドグラス氏はその後も、飛行隊長などとしてF-14「トムキャット」に関わり続け、1999(平成11)年に退役するまでにF-14「トムキャット」での総飛行時間は約4800時間を記録しています。なお、この数字はアメリカ海軍のトムキャットパイロットの中で最長の記録になるそうです。
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ドラケン・インターナショナルのMB-339ジェット練習機。前席に座っているのがスノッドグラス氏(布留川 司撮影)。
スノッドグラス氏は海軍を退役した後も、飛行機と関わり続け、民間エアショーパイロットとして、F-86「セイバー」やP-51「マスタング」、F4U「コルセア」といった第二次世界戦機のクラシックな戦闘機から、T-33「シューティングスター」ジェット練習機、さらには旧ソ連製のMiG-17といったジェット戦闘機でのデモフライトも行っています。それらの飛行ではかつての「トムキャット」で行った低空飛行を観客の前で行い、北米のエアショー業界でも有名人となりました。
2011年には民間軍事請負企業「ドラケン・インターナショナル」(現在の社名はドラケン)の設立にも関わり、同社のチーフパイロットとして軍相手のアグレッサー業務にも従事。「ドラケン・インターナショナル」が所有するTA-4K「スカイホーク」(複座型)が州空軍のF-16「ファイティング・ファルコン」相手に初めての撃墜(訓練での擬似的なもの)を記録した際には、その後席にスノッドグラス氏が乗っていたとか。
残念ながらスノッドグラス氏は2021年7月24日、永い眠りにつきましたが、前出の空母「アメリカ」でのファミリークルーズにおける超低空飛行の写真とそれに付随するエピソードは、氏ならびにF-14「トムキャット」の伝説を後世に伝えるものとして、末永く語り継がれることは間違いないでしょう。

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