茨城県取手市の市立中学校に通っていた中学3年生の女子生徒が、2015年にいじめを受け自殺した問題をめぐり、懲戒処分を受けていた担任教諭が処分の取り消しを求めていた裁判で10月31日、東京高裁は茨城県側の控訴を棄却した。
同日、担任教諭の夫や、代理人らが都内で会見。事件の経緯や争点について説明した。
一審判決、教諭の「不適切対応」をすべて否定女子生徒の死亡後、2016年に取手市の教育委員会が第三者委員会を設置し、いじめの原因などを調べていたが、生徒の両親から「いじめがなかったという前提に立って調査が行われている」と批判をうけ、報告書を公表しないまま2017年に解散。
その後、県が独自の調査委員会を立ち上げ、2019年に調査報告書を公開し、女子生徒へのいじめの存在や、自殺といじめの因果関係を認めたうえで、「担任教諭が不適切な指導を行ったことも自殺の引き金になった」と結論づけた。
この調査報告書の公表後、県は再度調査を実施。
「学年が変わる際に、女子生徒の交友関係に変化があったのにもかかわらず対応しなかった」「生徒間で作られた個別アルバムに悪口が書かれていたのに対応しなかった」など、6つの非違行為があったと主張し、地方公務員法29条1項1号および3号に基づいて担任教諭を1か月の停職処分とした。
これに対し、担任教諭側は処分理由となった「不適切な対応」をすべて否定し、懲戒処分に該当する事由がないと主張。
一審水戸地裁判決では、6つの行為について「不適切な行為とはいえず、懲戒事由に該当しない」と判断。処分は違法だとして、県側に取り消しを命じた。
「一審よりも踏み込んだ、画期的な判決」県側は控訴審において「調査報告書の判断を尊重すべき」と主張。ただ、担任教諭側によると、調査報告書の裏付けとなる資料などの証拠は提出されなかったという。
高裁は判決で、一審と同様に6つの行為は非違行為に当たらないと判断。
さらに、これまで担任教諭側が論点とせず、一審でも触れられなかった“自殺といじめの関係”について、「全証拠を精査しても、本件自殺の理由を特定することは困難である」と指摘しており、教諭側は「より踏み込んだ、画期的な判決」と評価した。
「妻の学校復帰叶えば」会見に出席した担任教諭の夫は、一連の裁判や茨城県の対応について、次のように話した。
「私も以前は茨城県内の公立高校で教頭をしていましたが、妻の事案を経て行政に絶望し、現在は早期退職しています。
妻はこれまで、長年誹謗中傷を受け続けてきましたが、今回の判決で、名誉はだいぶ回復するのではないでしょうか。
ただ、懲戒処分後、妻は通常の勤務地ではない施設で、5年にわたる、極めて長期間の研修を受けさせられていますが、今回の判決で学校復帰が叶えばと思っています。
また、これまでの裁判で内容が否定されたにもかかわらず、調査報告書がいまだに公開され続けています。
こうした研修や報告書の公開が続くのであれば、今後損害賠償を請求する可能性は否定できません」
続けて、「地裁に引き続き、高裁でもこちらの主張が認められたことに安堵(あんど)しています。県や市は判決を真摯(しんし)に受け止めてほしい」とする、担任教諭本人のコメントを代読した。
判決内容「全国の教諭にとって重要」この日の会見には、控訴審で意見書を提出した教育学者の小野田正利大阪大学名誉教授も出席。調査報告書の問題点と判決について、次のように説明した。
「私は県の調査報告書が出されたときから、報告書は推論に推論を重ねたもので、むちゃな内容だと思っていました。そして、たまたま代理人の先生とつながりができたことから、意見書を書くこととなりました。
意見書の中でも触れましたが、報告書の内容は、担任教師の指導行為を1つ1つ丹念に検討するものではありませんでした。
『いじめがあったのか』と、『指導に問題があったのか』という本来は別個であるはずの問題を混同しており、生徒の自殺という重大事態の責任を、担任教諭にすべて押し付けるための文書だったのではとすら感じています。
また、今回の判決は全国の教諭にとって、非常に重要なものであったと思います。
もし、高裁で判決が逆転するようなことがあれば、自殺者が1人でも出てしまえば、普通に指導を行っていたとしても、担任教諭は停職以上の処分を受ける、という前例を作ってしまうことになりかねなかったからです」
県側が上告でも「支え続けていきたい」代理人の有川保弁護士は県側が上告する可能性について「ありえるのではないか」と見解を示した。
「今回の事案では、担任教諭以外にも何人かが減給などの処分を受けている。その中でメインとなった担任教諭の処分が取り消しとなれば、県にとって都合は悪くなる」(有川弁護士)
また、担当教諭の夫は「妻は今までよく耐えてきました。今後、仮に県が上告したとしても支え続けていきたい」と述べた。