羽賀研二容疑者「強制執行妨害等」で逮捕だが…当初報じられた容疑「公正証書原本不実記載等罪」はどこへ?【弁護士解説】

9月25日、元タレント・羽賀研二(本名・當眞(とうま)美喜男)容疑者が、虚偽の登記をしたなどの疑いで愛知県警に逮捕された。被疑事実は「差し押さえを免れようとして虚偽の登記をした」というものだが、逮捕容疑について、愛知県警の公式発表は「強制執行妨害目的財産損壊等」としている。
逮捕が報じられた当初、報道のなかには「公正証書原本不実記載等罪(電磁的公正証書原本不実記録罪)などの疑い」としたものが多く見られ、表現が統一されていなかったが、その後、「強制執行妨害等」に統一されつつある。
「公正証書原本不実記載等罪」はどのような犯罪なのか。そして、なぜ、本件の被疑事実として報じられなくなったのか。
愛知県警は「被疑事実」について何と発表しているか?羽賀容疑者が逮捕された被疑事実は、「暴力団組員や司法書士らと謀って、羽賀容疑者が所有する沖縄県内の土地・建物について、差押えを免れるため、自身が代表を務める法人に所有権が移転したという虚偽の登記をするなどした」というもの。
愛知県警は、今回の事件について、以下の通り「『強制執行妨害目的財産損壊等』等被疑者の逮捕」として発表している(愛知県警HPより(掲載は過去約1週間分))。
羽賀研二容疑者「強制執行妨害等」で逮捕だが…当初報じられた容…の画像はこちら >>
【画像】愛知県警の公式発表(愛知県警HP)

「令和5年6月22日、他の者と共謀の上、被疑者の一人が所有する沖縄県内の不動産について、他の被疑者の一人の司法書士により、前記被疑者が代表を務める会社に所有権が移転した旨の内容虚偽の登記を完了させ、強制執行を妨害するとともに、公正証書の原本としての用に供したなどとして暴力団組長の男(69歳)及び男女6人(40歳から63歳)を逮捕しました」
この文面からは、3つの犯罪が被疑事実になっていることがみてとれる。
①内容虚偽の登記を完了:電磁的公正証書原本不実記録罪(刑法157条1項)
②公正証書の原本としての用に供した:不実記録公正証書原本行使罪(刑法158条1項)
③強制執行を妨害:強制執行妨害目的財産損壊等罪(刑法96条の2-1号)
これらのうち「①電磁的公正証書原本不実記録罪」は、「公正証書原本不実記載等罪」の一種と位置付けられる。「公正証書原本不実記載等罪」のうち、本件のような「電磁的記録」である「登記記録」に「不実の記録」がされる場合をさして「電磁的公正証書原本不実記録罪」という。
字面のイメージと実際の行為が異なる「公正証書原本不実記載等罪」とは公正証書原本不実記載等罪は、対象となる行為がどのようなものか、イメージしにくい犯罪かもしれない。「不実記載」という文言からは、自身の手で真実に反する記載をするかのような印象を受ける。
しかし、公正証書の原本は公務員が職務上作成するものなので、それに私人が自ら記載することはあり得ない。実際の犯罪行為は、「公務員に対して虚偽の申し立てをして、公正証書の原本に不実の記載(電磁的記録の場合は不実の記録)をさせること」をさす。
つまり、犯行は、公務員に対して虚偽の申し立てをした時点で完了する。そして、公務員が虚偽の内容を公正証書の原本に記載・記録することによって、犯罪は完成し「既遂」になる。
なお、公務員が虚偽に気付いて記載・記録をしなかった場合でも「未遂罪」に問われる。
犯行の対象となる公正証書原本の種類や、犯罪に該当する典型的な例はどのようなものか。刑事法全般に詳しい岡本裕明弁護士(弁護士法人ダーウィン法律事務所代表)に聞いた。

岡本裕明弁護士(弁護士法人ダーウィン法律事務所提供)

岡本弁護士:「公正証書原本不実記載等罪の対象となる公正証書原本は『権利または義務に関する公正証書の原本』です。『謄本』などは含まれません。
公務員が職務上作成し、権利義務に関する事実を証明する効力をもつ文書をいいます(最高裁昭和36年(1961年)6月20日判決参照)
刑法157条1項には『登記簿』『戸籍簿』が例示されていますが、その他にも、土地台帳、住民票、外国人登録原票といったものが含まれます。それらの内容が記録された電子ファイルも対象です。
本件で問題となっている不動産に関する虚偽登記のほか、自動車の所有者が『自動車登録ファイル』に別人名義で新規登録や移転登録を行うケースがあります。
『住民票』については、実際に居住していない場所に住民登録をするケースが該当します。
『戸籍簿』については、配偶者の同意を得ずに勝手に離婚届けを出す行為や、離婚の意思もないのに離婚届けを出す『偽装離婚』などがあたります。
他にも、同族会社などで、株主総会などによる意思決定がないのに、会社の役員の選任・解任の登記を行うケースも、罰せられる可能性があります」
これらの中には、罪の意識が乏しいままに犯してしまう可能性があるものも含まれるので、重々注意しなければならないだろう。
なぜ報道の罪名が「公正証書原本不実記載罪」から「強制執行妨害罪」へ切り替わったか愛知県警察本部は、被疑事実に「公正証書原本不実記載等」を挙げており、同罪の成立が否定されたわけではない。しかも、量刑を比べると、公正証書原本不実記載等罪(5年以下の懲役または50万円以下の罰金)・不実記録公正証書原本行使罪のほうが強制執行妨害罪(3年以下の懲役または250万円以下の罰金(併科も可))よりも重い。
ところが、罪名についてのマスコミの報道は「公正証書原本不実記載等」ではなく「強制執行妨害など」に切り替わってきている。それはなぜか。
岡本弁護士:「被疑事実とされる行為自体は『公正証書原本不実記載等罪』に該当することは間違いありません。
報道として『強制執行妨害罪』に統一されつつあるのは、『公正証書原本不実記載等罪』はあくまで手段であり、その目的が『強制執行逃れ』だったため、こちらがメインの犯罪として報道されているのだと思います」
目的となる犯罪よりも、手段となる犯罪のほうが重いのはなぜだろうか。
岡本弁護士:「公正証書原本不実記載等罪の量刑が重い理由は、公正証書原本の証拠価値に対する社会公共の信頼を保護するためです。
公正証書は、そこに記載・記録された事実について、公的機関が『真実だ』というお墨付きを与えるものです。もしも、公正証書の原本に虚偽の事実が記載・記録されてしまった場合、公正証書に対する信用は大きく毀損されます。『5年以下の懲役または50万円以下の罰金』という重い刑罰が定められている理由は、そこにあります。
すでにお伝えしたように、公正証書原本不実記載等罪が成立するのは、虚偽登記をして強制執行逃れをする場合だけではありません。本件においては、その行為が強制執行妨害の手段として用いられたというだけのことです。
そう考えると、目的となる犯罪よりも手段となる犯罪のほうが重くなるというのは、決して不自然なことではありません」
3つの犯罪が成立する場合の「法定刑」は?本件では、羽賀容疑者らの行為は3つの罪の構成要件に該当することになる。法定刑はそれぞれ以下の通り定められている。
①電磁的公正証書原本不実記録罪(刑法157条1項):5年以下の懲役または50万円以下の罰金
②不実記録公正証書原本行使罪(刑法158条1項):5年以下の懲役または50万円以下の罰金
③強制執行妨害目的財産損壊等罪(刑法96条の2-1号):3年以下の懲役または250万円以下の罰金(併科も可)
もし、これら全部が成立する場合、どのように処断され、法定刑はどうなるのか。
岡本弁護士:「同じ行為者について複数の犯罪が成立する場合、刑法で処理方法が定められています。刑法では『罪数論』といってかなり理論的に難しい分野ですが、ここでは、裁判例などの実務でもっとも標準的と考えられる処理を紹介します(大阪地裁平成16年(2004年)5月7日判決等参照)。
まず、①の罪と②の罪は『手段と結果の関係』にあります。複数の犯罪が手段と結果の関係にある場合を『牽連犯』といい、最も重い罪で処断されます(刑法54条1項後段)。
次に、①の罪と③の罪は『1個の行為が2つの犯罪に該当している』と評価できます。②の罪と③の罪も同様です。この場合には『観念的競合』といって、最も重い罪で処断されます(刑法54条1項前段)。
結果として、①②③は刑罰を科するうえでは『1罪』として扱われ、最も刑罰と犯情が重い②の罪、すなわち『不実記録公正証書原本行使罪』で処断されることになります。法定刑は5年以下の懲役または50万円以下の罰金です」
「公正証書原本不実記載等罪」は、その字面のイメージと実際の行為形態が異なるうえ、罪の意識が乏しいままに犯してしまいかねない犯罪である。
もとより、真実を申告しなかったからといって、必ずしも罪に問われるわけではない。しかし、少なくとも、公的機関に対して何らかの申し立てを行う場合には、犯罪にならないよう十分に注意を払う必要があると考えるべきだろう。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする