“内部告発”後に解雇され「無効」主張も…会社は「私憤を晴らす目的」と反論 裁判所が「従業員の訴え」を認める基準とは

兵庫県の斎藤元彦知事に対する不信任決議案が19日、県議会で可決・成立した。
知事の問題が明らかになったきっかけは、県職員による「内部告発」。この職員は知事のパワハラなどを匿名で告発したが、これが公益通報として扱われず、告発者の特定、懲戒処分につながったことがひとつの原因となり、自死に追い込まれた。
組織の不正を告発した人物が不利益を被るケースは、残念ながら散見される。今回紹介する判例で、従業員は勤務先のある検査結果を見て「これは改ざんれているのでは…」との疑惑を持った。それを上司に問うたが納得のいく説明が得られず、週刊誌にリークしたのである。
これを理由に解雇された従業員が提訴。結果、裁判所は「解雇は無効」と判断した(水戸地裁 R6.4.26)。従業員が合理的な疑いを持ってリークしたのであれば、会社が不利益処分を課すことはできないことを示した一例だと考える。
なお、この従業員は「補助金の不正受給疑惑」についても検察に告発している。以下、事件の詳細だ。
事件の経緯■ 当事者
会社は、漁場の利用に関する事業などを目的とする組合だ。解雇された従業員Xさんは、製氷課の係長であった。
■ 2つの疑惑
Xさんは、会社に対して▼放射性物質検査結果が改ざんされているのではないか?▼補助金を不正受給しているのではないか?という2つの疑惑を持った。Xさんが疑惑を抱いた発端は、以下の書面を見たからである。
・改ざん疑惑
県が作成した漁獲物などの放射性物質の分析結果に関する書面の中で、放射性物質の最高値として記載された数字が丸で囲まれて、より低い数字に手書きで訂正されていた。こうした“訂正”は、複数の漁獲物に対して行われていた。
・補助金の不正受給疑惑
Xさんは、交通費が計上されていない複数の出張命令書を見た。いわゆる“カラ出張”疑惑である。(ほかにも「出張経費の処理が不適切である」と疑惑を抱いた出張命令書あり)
■ 上司との話し合い
Xさんは上司らに話し合いの場を設けてもらい、2つの疑惑を投げかけてみた。しかし、納得できるような回答は得られなかった。
■ 検察庁への告発
上司らとの話し合いから約1か月後、Xさんは上記の「補助金の不正受給疑惑」について、検察庁に告発状を提出した。
■ 休職命令
検察庁への告発から約1か月後、組合はXさんを無期限の休職処分とした。その理由が「上司の命令に反発し、そのような状態が5年間続いて業務に多大な支障が生じた」というものであったとXさんに告げられたのは、約1年後のこと。組合は、“体裁”としてXさんの処分理由を上記のように整えたかったのだろうが、実際には検察庁への告発が引き金となったことは容易に推察できる。
■ いじめアンケート
……と呼んでも問題ないだろう。Xさんに休職命令を出してから約2か月後、組合は職員に対して、以下のような質問項目のアンケートをとった。“一部職員”とは無論、Xさんのことである。
「一部職員による争議についてお尋ねいたします」
「上司に対する反感からの行為をどう思いますか?」
「根拠のない誹謗中傷をどう思いますか?」
「確たる証拠のないことに対してのうわさの流布をどう思いますか?」
ちなみに裁判所はこのアンケートについて「職場環境改善などの正当な目的のもとに行われたとは言いがたく、Xさんを非難し、あるいは他の職員らから孤立させるよう促す内容であったと評価されてしかるべきである」と非難している。
■ 週刊誌による取材
アンケートから約1か月後、Xさんは、週刊誌の記者に対して、組合内で放射性物質検査結果が改ざんされたとの疑惑を持っているという書面と、上司との話し合いの録音音声を提示した。その後、週刊誌が発売され、Xさんが提供した書面の写真が掲載された。
■ 解雇
約10か月後、組合はXさんを解雇した。その理由は、▼「改ざんされたものだ」との主張の下、書面を週刊誌に提供して掲載させた▼かねてからねたみを持っていた上司らに刑事処分を受けさせる目的で書類を無断撮影して「補助金を不正に受給した」という虚偽の告発をした、というものである。
Xさんは納得できず、解雇無効を訴えて提訴した。
裁判所の判断Xさんの勝訴である。
■ 週刊誌へのリーク(改ざん疑惑)
裁判所の判断の概要は以下のとおりだ。
・書面の記載内容から、組合が漁獲物の流通量を確保するために、放射性物質の数値を実際よりも低い値で公表したのでは…とXさんが疑念を抱くことは必ずしも不合理ではない
・故意に虚偽の情報を提供したものではない
・およそ合理的な理由なく組合の信用を毀損する行為ではなかった…etc
■ 検察庁への告発(補助金の不正受給疑惑)
裁判所の判断の概要は以下のとおりである。
・カラ出張を疑うことも全く不合理なことであったとまではいえない
・補助金の受給に不正な点があるのでは…と疑うことは不合理ではない
・告発が全く根拠を欠く不当なものであったとは認められない
会社は「Xさんは上司に対する私憤を晴らす目的で告発した」と主張したが、裁判所は「告発が、上司に対する私憤を晴らすという個人的な目的によるものとあったとはいえない。告発内容がおよそ合理性を書いていたということはできず、公益通報としての側面も有していた」と判断した。
■ バックペイ
裁判所は会社に対して、約1000万円(約3年分の給料)をXさんに支払うよう命じた。このように、解雇が無効と判断され、過去にさかのぼって給料がもらえることを「バックペイ」という。具体的には【解雇された日から → 訴訟になって → 判決が確定する日までの給料】のことだ(民法536条2項)。
最後に会社や上司を陥れる目的でウソの情報を外部にリークすることは言語道断であるが、今回のように、しかるべき書類を根拠に【合理的な疑い】を持った上で、会社に改善を申し入れても動かないようであれば、情報を提示して外部の力を借りることも違法とはならないと考える。

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