兵庫県の斎藤元彦知事の「パワハラ疑惑」を受け、きょう開会された兵庫県議会で、斎藤知事の不信任決議案が全議員により共同提案され、全会一致で可決される見通しとなっている。斎藤知事は、辞職するか10日以内に議会を解散しない限り失職となる。議会を解散した場合も、選挙後に反対派が多数を占めて不信任案が再議決されれば、結局は失職することになる。
もしも斎藤知事が退職または失職した場合、気になるのは「退職金」のゆくえである。本件のような“不祥事”によって不信任議決がなされた場合、減額または不支給は認められないのか。
斎藤知事が「身を切る改革」で半減させた「退職手当」の金額兵庫県知事の退職手当について定めているのは「特別職に属する常勤の職員の給与及び旅費に関する条例」(以下「条例1」)と「知事及び副知事の給与の特例に関する条例」(以下「条例2」)である。
退職手当についてはもともと「条例1」で以下の計算式により算出される。
退職日の給料月額 × 在職月数 × 100分の63
これに加え、2021年に就任直後の斎藤知事の提案により、知事の給与を30%カットし、かつ、退職手当を「条例1」での算定額から50%カットする内容を含む「条例2」が成立した。
「条例2」成立当時の神戸新聞の記事によれば、退職手当の算定の基礎となる給与月額は134万円(実際の斎藤知事への支給額は「条例2」により30%カットされた93万8000円)だったことが確認されており、それ以降、県の資料によれば増額も減額も確認されていない。
また、総務省の資料においても、2023年度の兵庫県知事の給与月額は「93万8000円」と記載されており、上記と整合する(【図表1】参照)。
兵庫県斎藤知事“不信任案可決”で辞職・失職でも「退職金156…の画像はこちら >>
【図表1】47都道府県の知事の給与月額(出典:総務省「給与・定員等の調査結果等」(2023年度))
したがって、以上を前提とすると、9月中に辞職または失職する場合の退職金の額は、上記の計算式にあてはめて以下の通り算出される。
134万円 × 37か月 × 100分の63=1561万7700円
この計算式は任期満了まで在職しても、任期途中で辞職・失職しても同様に適用される。
なお、一部週刊誌報道によれば、兵庫県の人事課の担当者が「約1561万円」と回答していたとのことであり、上記金額をさすと考えられる。
「不支給」「減額」は“法的に不可能”…その理由は?斎藤知事が9月中に辞職・失職する場合、退職手当の受け取りを辞退しない限り、1561万7700円を受け取れることになる。
職員に対するアンケートで斎藤知事のパワハラ行為を見聞きしたとの回答が相当数あり、公益通報者保護法に違反して通報者の処分が行われ、職員2名が自死しているというのは異常な事態といわざるを得ない。退職手当が「満額支給」ということに、釈然としない県民も多いかもしれない。
一般の公務員や民間企業のサラリーマンがパワハラ等の不祥事を起こして懲戒免職・懲戒解雇となる場合、退職手当の不支給または減額が行われることが多い。知事の退職手当も同様に、不支給または減額にすることは考えられないだろうか。
元東京都国分寺市議会議員(3期10年)で、首長・議員の法務の専門家である三葛敦志(みかつら あつし)弁護士に聞いた。
三葛弁護士:「結論からいえば、不支給にすることも、減額することも困難です。理由は大きく分けて3つあります。
第一に、法的根拠の問題です。『条例1』にも『条例2』にも、不支給や減額についての根拠規定がありません。
退職手当の支出は、その年度の予算に則って行われるものです。もし、減額(事実上の不支給である『1円』とすることも含め)にするのであれば、議会の議決が必要になります。
しかし、そうなると議会の意思による懲罰の意味合いがかなり強くなり、二元代表制の趣旨に反します。
現状、兵庫県議会の全会派の意思が一致しているのは、あくまで『不信任の議決』についてのみです。退職手当の不支給や減額までするとなると別の問題であり、事実上の懲罰にあたりかねないため、賛成できないという考え方も出てくる可能性があり、足並みが乱れるリスクもあり得ます」
不信任の議決と、退職手当の支給とは法的に別の問題ということである。
退職手当は「職務の対価」を超えるもの三葛弁護士は、第二の理由として、都道府県知事の退職手当が、職務遂行の対価にとどまらず「民主主義の運営コスト」の性質をもつことを指摘する。
三葛弁護士:「都道府県知事の給与や退職手当は、職務の遂行への対価というにとどまりません。
知事には住民の代表者、行政のトップとしての重責があり、それを担うことへの対価という側面があります。
その金額は、同程度の規模の自治体との比較等により、適正な額が定められています。それを押して減額するには、よほどの理由がなければ認められないと考えるべきです。
よくあるのが、職員が不祥事を起こしたり重大なミスがあったりしたときに『管理不行き届き』の責任を取ることを明確にするために、知事部局から自発的に給与等の減額を議会に提案するケースです。
また、斎藤知事は給与・退職手当の額を自ら引き下げています。これは政治姿勢の一つとして尊重すべきものです。
このように、首長自らが、政治姿勢のあらわれ方として、給与や退職手当の減額を提起することはしばしばみられます。
しかし、議会側から一方的に大幅な給与・退職手当の減額や不支給を決め、首長に突き付けるということになると、多数野党が、少数与党の首長をいじめることがまかり通ってしまう危険性があります。地方自治と民主主義を決定的に壊してしまうリスクがあるのです」
不信任の議決で問われるのは「政治責任・道義的責任」第三の理由として、不信任の議決で問われる知事の責任は「政治責任・道義的責任」であり「懲戒事由」とは根本的に異なるということが挙げられる。
【図表2】戦後、都道府県知事の不信任の議決がなされたケース(弁護士JP編集部作成)
三葛弁護士:「不信任の議決が行われたからといって、知事が一般公務員やサラリーマンでいう懲戒事由に該当すると断定できるわけではありません。
都道府県知事が議会に不信任の議決をされたことは過去に4例あります(【図表2】参照)。うち2例は知事と議会の多数派が政治的に厳しく対立した結果でした。
実際、2002年の長野県の田中知事は失職して出直し選挙に出馬し、当選しています。
また、他の2例は知事に犯罪の嫌疑があり、逮捕または書類送検されたというものです。犯罪事実が確定していない段階で、あくまで政治責任・道義的責任をとって辞職を選んだものです。
議会が不信任の議決を行う場合に、いわば懲罰として退職手当の不支給や減額を決めていいとなると、ある意味で議会が懲戒権者ともなってしまうことから、二元代表制に基づく首長とのバランスを崩し、首長が萎縮することになりかねません」
知事は都道府県の行政のトップであり、知事に対する懲戒権を行使する者はいない。知事は他の職員と異なり、住民の直接選挙で選出され、民意を体現する存在だからである。だからこそ、その退職手当は「民主主義を運営するためのコスト」と位置付けられる。
つまり、不祥事を起こすような知事を選んだ場合、退職手当の支給も含め、究極的には、その任命責任を負うのは住民ということになる。有権者がその覚悟を持って選挙に臨むことが求められるということを意味する。
不信任の議決が成立した場合、「県民のため」を強調する斎藤知事がどのような選択をするのか、注目される。