【介護保険】福祉用具選定の判断基準が初変更に 「移動用リフト」「体位変換器」等も追加

2024年8月2日、厚生労働省から介護保険における福祉用具の選定に関する新たな判断基準が発表されました。なお、福祉用具選定の基準改定は2005年以来となります。
「介護保険における福祉用具の選定の判断基準」は福祉用具が要介護者等に適切に選定されるために、個々の福祉用具毎にその特性や、利用者の状態から判断して明らかに「使用が想定しにくい状態」及び「使用が想定しにくい要介護度」を提示しているものです。主にケアマネージャーが居宅サービス計画に福祉用具を位置づける場合に目安として使用しています。
2005年以降は見直しがされていませんでしたが、①自動排せつ処理装置、排せつ予測支援機器など、それ以降に給付対象として追加された福祉用具が存在すること②軽度とされている者の利用も踏まえた基準が必要であること③多職種連携を促進する必要があることなどから、たびたび見直しの必要性が叫ばれていました。
そこで、令和5年度厚生労働省保健健康増進等事業にて献調査や福祉用具の利用事例・事故・ヒヤリハット事例の調査、有識者へのヒアリング調査等を実施のうえ、今回の基準が作成されたのです。
新基準の対象となる福祉用具は19種目に及びます。
車いすや特殊寝台といった従来からの主要な福祉用具に加え、認知症老人徘徊感知機器や排泄予測支援機器などの新しい種目も含まれています。
特筆すべきは、「移動用リフト」「体位変換器」「介助用ベルト」などに新たな基準が追加されたことです。これらの福祉用具は、利用者の状態や介護環境によって適切な選定が求められるため、新基準ではより詳細な判断ポイントが示されました。
例えば、移動用リフトの場合、使用が想定しにくい状態像として「移乗が自立している」「立ち上がりが自力でできる」などが挙げられています。また、要介護度でいえば、要支援1・2、要介護1・2の軽度者には原則として使用が想定しにくいとされています。
また、新基準の特徴的な点は、各福祉用具について個別に「使用が想定しにくい状態像」と「使用が想定しにくい要介護度」、そして新たに「留意点」を明確に示していることです。これは、福祉用具の過剰な利用を抑制したうえで、真に必要な人に適切に提供することを目指しています。
例えば、標準型いすの場合、「いすは、歩けないや時間歩くことが困難になったが利する福祉具である。」と定義し、使用が想定しにくい状態像として「歩行がつかまらないでできる」状態の人や、要支援1・2、要介護1の軽度者を挙げています。【介護保険】福祉用具選定の判断基準が初変更に 「移動用リフト…の画像はこちら >>
そのうえで「留意点」として、以下のようにポイントを解説する構成になっています。
言うまでもないことですが、福祉用具の適切な使用は利用者の生活改善に直結します。
例えば、適切な車いすの選定により姿勢が改善し、移動がしやすくなったケースや、高機能エアマットレスの導入により褥瘡予防だけでなく呼吸が改善したケースなど、福祉用具の適切な選定と使用が利用者の生活の質を大きく向上させる可能性があります。
また、厚生労働省による「国民生活基礎調査」では、介護が必要となった原因の第5位に「転倒・骨折」が挙げられていますが、こうした事故は、適切な福祉用具の使用や住宅改修などの住環境の整備によって防ぐことができます。

要介護化した要因
ケアマネージャーには、こうした意識を持って住環境の整備に関わることが期待されています。
それでは、適切な福祉用具を選定するにはどうすればよいのでしょうか。
新基準では、ケアマネージャーの判断の指針がより明確に示されています。
まず重要なのは、利用者の身体状況と生活環境を詳細に把握することです。ADL(日常生活動作)やIADL(手段的日常生活動作)の評価はもちろん、住環境のアセスメントも欠かせません。
例えば、車いすを選定する場合、単に歩行の可否だけでなく、自宅の間取りや段差の有無、外出の頻度なども考慮に入れる必要があります。
また、利用者と家族の希望を丁寧に聞き取ることも重要です。福祉用具に対する期待や不安を理解し、それに応える形で選定を行うことで、利用者の満足度と使用頻度の向上につながります。
さらに、サービス担当者会議などでの多職種からの情報収集も欠かせません。主治医からの医学的所見や、リハビリテーション専門職からの評価を踏まえることで、より適切な選定が可能になります。

画像提供:イラスト AC
実際、令和4年度老人保健健康増進等事業「福祉用具貸与における利用実態と利用者の状態等の要因に関する調査研究事業報告書」によると、ケアマネの87.9%が福祉用具の選定に際して福祉用具専門相談員と、21.5%が理学療法士と連携していると回答しています。

ケアマネの他業種連携状況
新基準では、福祉用具の安全利用に関する情報共有の重要性が強調されています。
特に、ヒヤリハット事例の収集と分析、そしてその結果の共有が求められています。
令和3年度、令和4年度老人保健健康増進等事業での福祉用具貸与事業所における事故防止に向けた取組状況の実態を調査した結果、事故やヒヤリ・ハットの範囲・定義を明確にして周知することが出来ていない事業所が4割程度あることがわかっています。
新基準では、事故やヒヤリハットの定義を明確にし、全ての関係者間で共有することが求められています。例えば、転倒には至らなかったが、バランスを崩して危うく転倒しそうになったケースや、福祉用具の不具合を感じたが大事には至らなかったケースなども、重要なヒヤリハット事例として報告・記録することが推奨されています。
また、報告システムの整備も重要な取り組みとして挙げられています。デジタル化を推進し、タブレットやスマートフォンを活用したリアルタイムの報告システムの導入が推奨されています。これにより、ヒヤリハット事例をより迅速かつ正確に収集し、分析することが可能になります。
さらに、収集された事例を定期的に分析し、再発防止策を立案・実施することが求められています。例えば、月に一度のペースで事例検討会を開催し、発生したヒヤリハット事例の原因分析と対策の検討を行うことが推奨されています。この検討会には、福祉用具専門相談員だけでなく、ケアマネージャーやリハビリテーション専門職など、多職種が参加することが望ましいとされています。
また、ヒヤリハット事例の防止には、利用者や家族への適切な指導も欠かせません。新基準では、福祉用具の納品時や定期的なモニタリング時に、使用上の注意点を丁寧に説明し、実際に使用方法を確認することが求められています。
さらに、福祉用具の定期的なメンテナンスの重要性も強調されています。例えば、車いすのブレーキの効きや、電動ベッドの動作確認など、定期的な点検を行うことで、機器の不具合による事故を未然に防ぐことができます。
新基準では、要支援1・2、要介護1の軽度者に対する福祉用具の選定基準が見直され、より詳細な判断基準が設けられました。これは、軽度者の増加を背景に、適切な福祉用具の提供と介護保険制度の持続可能性のバランスを取るためのものです。
さらに、軽度者の自立支援を促進し、過度な依存を防ぐことも重視されています。例えば、歩行がある程度可能な人に安易に車いすを提供することは、かえって身体機能の低下を招く可能性があります。
しかし、一方で例外的に給付が認められるケースもあります。
具体的には、以下のような場合です。
これらの判断には、医師の医学的所見が不可欠です。また、サービス担当者会議での多職種による検討や、市町村による確認も必要となります。
具体的な例を挙げると、パーキンソン病患者の場合、症状の日内変動が大きいため、状態の良い時は歩行可能でも、悪い時には車いすが必要になることがあります。また、がん末期の患者では、現在は自立歩行可能でも、近い将来急速に状態が悪化することが予測される場合があります。このような場合、例外的に福祉用具の給付が認められることがあります。
新基準は、このような実態を踏まえつつ、より適切で効果的な福祉用具の提供を目指しています。
認知症高齢者の福祉用具選定は、身体機能だけでなく認知機能も考慮に入れる必要があるため、より慎重な判断が求められます。新基準では、認知症高齢者に特有の留意事項が示されており、安全性と有効性の両面から福祉用具を選定することの重要性が強調されています。
認知症高齢者向けの主要な福祉用具として、認知症老人徘徊感知機器があります。この機器は、認知症の人が自宅から出て行こうとした際に、センサーが感知して家族や介護者に通知するものです。
新基準では、この機器の使用が想定しにくい状態像として「移動が全介助」「短期記憶が保たれている」状態が挙げられています。また、要支援1・2、要介護1の軽度者や、逆に要介護5の重度者にも使用が想定しにくいとされています。
しかし、実際の選定においては、より細やかな判断が必要です。例えば、要介護1であっても認知症の症状が進行している場合や、要介護5であっても夜間に徘徊のリスクがある場合など、個々の状況に応じて判断することが重要です。
選定時の留意事項としては、利用者のプライバシーへの配慮が特に重要です。過度な監視感を与えないよう、機器の設置場所や使用方法を慎重に検討する必要があります。また、誤報や誤作動への対応策も事前に考えておくことが大切です。
認知症高齢者の福祉用具選定全般において重要なのは、安全性の確保と同時に、残存能力の活用を図ることです。例えば、ベッドからの転落防止のために過度に柵を設置するのではなく、低床ベッドと衝撃吸収マットの組み合わせを検討するなど、自立支援の視点を忘れないことが大切です。
また、認知症の症状は進行性であるため、より頻繁なモニタリングと再評価が必要です。通常、定期モニタリングは原則として6ヵ月に1回実施されることが多いですが、認知症高齢者の場合は、状態の変化に応じてより柔軟な対応が求められます。
さらに、福祉用具の導入にあたっては、利用者本人の同意や理解を得ることが重要です。認知機能の低下により、新しい物の受け入れが難しい場合もあるため、段階的な導入や試用期間の設定など、個々の状況に応じた丁寧なアプローチが必要です。
最後に強調したいのは、認知症高齢者の福祉用具選定において最も重要なのは、その人らしい生活の維持と尊厳の保持だということです。福祉用具の利用が、利用者の残存能力の活用や社会参加の促進、QOL(生活の質)の向上につながるよう、総合的な視点から選定を行うことが求められます。
2024年の新基準は、このような複雑な判断をサポートし、より適切で効果的な福祉用具の選定と利用を促進することを目指しています。ケアマネージャーや福祉用具専門相談員をはじめとする介護関係者は、これらの新基準を十分に理解し、日々の実践に活かしていくことが求められます。
そして何より、福祉用具の選定は単なる物の選択ではなく、その人らしい生活を支える重要な支援の一環であることを忘れてはいけません。新基準を踏まえつつ、常に利用者の立場に立って考え、選定を行うことが、真の意味での適切な福祉用具の提供につながるのです。

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