「NEWS23」のキャスターなどで活躍した元TBSテレビアナウンサー・久保田智子さん(47)が、今年4月から兵庫県姫路市の教育長として奮闘中だ。2019年に夫と、特別養子縁組制度で新生児を迎えて「自分の子どもがどういう学校、社会で生きていくのか、より『自分ごと』になった」ことが就任のきっかけ。学校の現場や保護者からのリアルな声に前職で学んだ「言葉の力」を感じ取り、5歳になった娘を育てながら教育改革に取り組んでいる。(筒井 政也)
世界遺産・姫路城とはJRの駅を挟んで逆の市役所別館。久保田さんは選定中の教科書が並ぶ棚の横でデスクを構えていた。夫を東京に残し、まな娘と2人で引っ越して約2か月半。
「住み心地はいいですよ。実家(広島)と近くなり、父と母が『こだま』に乗ってよく来てくれるので助かっています」
畑違いとも思える転職は、一度辞したTBSに復帰後の20~23年度に月1回、姫路女学院高校でインタビューで英知を得る「オーラル・ヒストリー」の非常勤講師が契機に。清元秀泰市長(60)とも交流が生まれ、その実践力が買われ、「ぜひ」とオファーされた。
「ビックリしました。そんな選択肢が自分にあるとは。果たして私が役立てるのか。でも、できることがあるかもと」
決断したのは、やはり子どもを持ったことだ。また、ダイバーシティ(多様性)の時代に、全国市町村の教育長の40代以下が0・4%、女性5・5%という割合も後押しに。前職「その他」も、13・5%しかいない(いずれも22年5月、教育行政調査データ)。
「子育てをする母親が学校をどうしたいかの問題意識、感覚の重要性はある気がして。自分の家に迎えた子どもなので、タイミングが違えば他の家庭に行っていた。どこにいても幸せであってほしい。人ごとではない」
学びの重要性を知ったのは初のアメリカ留学を経験した高校1年の頃。
「未知なる道を踏み続け、世界が広がった。コンフォートゾーン(ストレスのない心理的安全領域)を飛び出す義務感が強くなりました」
広島から上京して大学時代も米留学。見識を広げてテレビ界へ。アナウンサーとして採用された。
「報道希望でしたが、とりあえず何でも受け入れてやってみる。『え、ゴリラの着ぐるみを?』みたいなことも(笑い)。でも絶対に拒まない」
入社3年目で朝の情報番組「おはよう!グッデイ」のメインキャスターに大抜てきされた。今振り返ると悔やむことばかり。「女子アナ」という表現が当たり前の時代だ。
「経験もなく、MCではありながら、アシスタントでしかなくて。周りの男性の話を聞いて『そうですね』と納得する表現しかできず、女性の役割の刷り込みに加担していたと感じます。20代の女性の意見も入れればよかった。反省です。今は性別も年代も、もっとフラットになっていい」
04年からは「筑紫哲也NEWS23」でスポーツコーナーを担当。今度は主体的に動いた。
「球場に行って一から勉強するのは楽しかった。マラソンとの出会いも。実際、自分で走ってみて、タイムを縮めるためにはこれだけしなきゃ…と実感を持てた。『どうぶつ奇想天外!』では“好き”以上になりたいと猫を飼った。『自分ごと』にする。実体験として取り込まないと言葉も空虚に。他の職業と比べると多様な現場を見てきたかな」
17年にいったん退社後、コロンビア大学大学院では積極的なクラス参加が不可欠だった。そんな数々の経験値が、教育の場でも強い武器になる。
「学校教育も学ぶ喜びを多くの子どもたちに感じてほしい。体験から学ぶことは、自分が意図せずにしてきたこと。ICT教育(教育のデジタル化)も進んできました。私は本は紙で読みたいですが、子どもたちにとってはペーパーレス社会になっていく。率先してやっていかないと。エコですしね」
教育長としての初年度の最重要課題には「先生の働き方改革」を挙げた。幅広い業務負担が増え、「子どもたちと向き合う時間を確保してほしい」という言葉が届いている。
「子どもたちの声ってマイノリティー(社会的少数)で、可視化されないでいる。忙しいと、子どもの声を聞くのがおろそかになりかねない。家でもそう。これは自戒の念も込めて言っています」
娘からは「ママ一人で姫路に来ればよかったのに」と率直に告げられた。父に会えない寂しさ、新環境への戸惑い…。「ごめんね」と理解を求めた。
「それでも、ちゃんと言ってくれたことが良かった。吐き出せないとストレスがたまる。自分の娘だけでなく、姫路の子どもたちも悩みがあれば誰かに言える、先生が受け止められる環境にしたい。将来、娘が『ママ、いい学校生活だったよ』と言ってもらえたら、泣いちゃうと思います」
不登校問題も抱えており、集会にも参加。「期待しています」との激励の声もかけられた。
「保護者、現場の先生の切実な言葉の力って強い。真実が宿っている。それを受け取る力も自分にはあるって思いたい」
娘が起床する1時間前の午前4時半に目を覚まし、「自分一人の時間を過ごす」のがリフレッシュ法。大役の任期は3年。始まったばかりだ。
「夫は『スロースタート、スモールステップで。あれもこれもと焦ると自分に負荷をかけてしまう』と。マラソンも同じペースで走るのが一番」
デスクの横の壁には、娘が画用紙に描いた「買い物を頑張るママ」の絵が飾られてあった。本業でも大きな収穫を目指す。
◇イベント 久保田さんは7月6日午後1時半から「アクリエひめじ」で「住み続けたい街づくりは自分たちで!」と題し、サニーサイドアップグループ・次原悦子社長、古舘プロジェクト・伊藤滋之社長とともにトークセッションを行う。申し込み締め切りは今月21日(応募多数の場合、抽選)。詳細は「住み続けたいひめじ」で検索。
◆久保田 智子(くぼた・ともこ)1977年1月24日、広島県東広島市出身。47歳。東京外国語大学卒業後、2000年にTBSテレビにアナウンサーとして入社。「どうぶつ奇想天外!」「NEWS23」などを担当。13年からは報道局兼務でニューヨーク特派員なども務める。15年、日本テレビの政治記者と結婚。17年に同局を退社し、19年に米コロンビア大学で修士号(オーラル・ヒストリー)を取得。20年にTBSに復職したが、今年3月をもって退職した。