お湯の注ぎ方で、コーヒーの味や香りを自在にコントロールできる。HARIOの「V60 透過ドリッパー」

皆さんはコーヒーを自宅で、自分で淹れて飲む人だろうか。そのとき、どんな道具を使っているだろうか。
最近は、2万円前後でもミル付き、つまりコーヒー豆と水をセットすれば、豆を挽いてお湯を沸かしてコーヒーを抽出するまで、すべて自動でやってくれる全自動コーヒーメーカーも珍しくない。

ただお湯を沸かしてその勢いでドリップする昔のコーヒーメーカーと違って、マイコン制御の最新モデルは抽出前の粉の“蒸らし”までていねいにやってくれる。だから、コーヒー専門店に負けないくらい美味しいからオススメだ。
○■コーヒーマシンからハンドドリップへ

我が家には全自動コーヒーメーカーはないけれど、実はエスプレッソマシンやカプセル式のコーヒーマシン、さらにコーヒー専門店にありそうな、13段階にコーヒーが挽ける電動式のコーヒーミルもある。
どれも、十数年前にエスプレッソマシンメーカーのウエブにコーヒーの記事を連載していたときに使っていたもの。ただ今はすべてお蔵入りにしてとことんアナログな方法、つまりハンドドリップで淹れている。

ところでハンドドリップというと、まずネル(布)ドリップ式のフィルターが頭に浮かぶ。「ネル」はもともと「軽く起毛したウール生地」のこと。けれどコーヒーのフィルターに使う布は「コットンフランネル」、つまり軽く起毛したコットン生地のこと。こだわりの老舗コーヒーやコーヒーマニアの一部には“ネルドリップ絶対主義”を掲げる人もいる。

でも、ネルドリップは取り扱いが本当に大変だ。ネルドリップの布にはコーヒー豆から出た油脂分が付着するから、使えるのはだいたい50回が限度。使ったものを乾かしたり洗濯したりすると、その油脂分が酸化してコーヒーの味を損なうから乾かしてはいけない。

だから使ったものは洗剤を使わずに水で揉み洗いして、水に漬けて保管する。それでも油脂分は時間の経過とともに酸化する。この酸化を少しでも防ぐために、使って洗ったらすぐに冷凍しておく人もいるくらい。筆者も昔、挑戦したことはある。でもすぐに諦めた。
○■HARIO(ハリオ)のドリッパー

いま、筆者が毎日使っているのはペーパードリップ式のドリッパーとペーパー、そしてドリッパーにお湯を注ぐドリップポット。そして手回し式のコーヒーミルだ。
ドリッパーはクラシックな台形の3つ穴型、1つ穴型、円すい型といろいろ使ってみたが、今はコーヒー界の世界的定番円すい型のHARIO(ハリオ)「V60透過ドリッパー」を主に使っている。なお「V60」という名前は、この円すい形の角度が60度だから。

同社のウエブページによれば、そのルーツは何と1920年に同社が製造していた三角ロートとろ紙を使ってコーヒーを淹れたことに始まるという。そして、このV型60度の円すい形がものを濾すのにいちばん理想的なカタチだということに気づき1980年に「珈琲狂時代」という、なかなか尖った名前で商品化したものの、残念ながら普及しなかった。

それでも2005年に内側にスパイラルリブを設けるなどの改良を加えた現在のモデルを発売。世界的なスペシャルティ・コーヒーブームもあって、プロ&アマを問わず世界中のコーヒー好きに支持される絶対的な定番ドリッパーになった。

お湯を注ぐドリップポットは、Kalita(カリタ)の定番「SS ケトル 700」。そしてコーヒーミルは、同じハリオの定番「セラミックコーヒーミル・スケルトン」を使っている。これはコーヒー豆を砕く臼がセラミック製でいつでも丸洗いできるし、挽いた粉を受けるガラス容器がそのまま保存容器になるという便利なもの。だから少し多めに挽いて、2~3回ならすぐに淹れられるようにしている。
○■ハンドドリップの淹れ方

また、高価なこだわりのコーヒー豆を手に入れたときは、この3つに加えて、デジタル表示の付いたスケール(はかり)と、お湯の温度を測るデジタル温度計を使うこともある。コーヒーを淹れるとき、お湯の温度と量をしっかり管理するためだ。

コーヒーカップとドリッパーをスケールに載せて表示をゼロリセットして、ドリップポットのお湯の温度が適温かを温度計で確認。ドリッパーに注ぐお湯の量を確認しながら注いでコーヒーを淹れる。これはコーヒーマニアのハンドドリップの正統派の淹れ方だ。

でもふだんは使わない。お湯の温度も量も本当に「適当で」入れている。それでも専門店の味に近いと自分で思う美味しいコーヒーが淹れられるから。コーヒーはこだわり出すときりがない。もちろんそれが楽しいのだけれど、ほどほどにしている。

今回はこの道具の中でもいちばんの主役「V60ドリッパー」を、なぜ愛用しているのか。どこが気に入っているかをお伝えしたい。

このドリッパーを愛用している人が語るその魅力は、
1)珈琲粉の層が深くなる「円すい形」で、しかもお湯の流れる速さをゆっくりにする長いスパイラルリブを採用しているので、コーヒー粉の膨らみを妨げず、コーヒーの旨みがしっかり抽出できること。

2)ドリッパーの底が大きなひとつ穴なので、素早く注げばスッキリ味、ゆっくり注げばコク深い味と、お湯を注ぐ速度でコーヒーの味が変えられること。
このふたつ。だから「ネルドリップの美味しさとペーパードリップの手軽さ」を両立しているというのが、このドリッパーについての一般的な説明であり評価。

では実際にどうなのか。筆者にとってどこがどう魅力的なのか。
個人的にこのドリッパーのいちばんの魅力は、次の2つ。

ひとつは、お湯を注いだとき、他のドリッパーより気持ち良くコーヒー粉が膨らんで「いい感じ」で抽出ができること。
粉の膨らみは、美味しいコーヒーが抽出できているかどうかの大きな目安。その点、このドリッパーは期待通りにコーヒー粉が膨らんでくれるので、使っていて安心だし気分良く使える。

そしてもうひとつが、自分のお湯の注ぎ方次第で、抽出するコーヒーの濃さを好きなように調整できること。筆者にとってはこの点が「V60ドリッパー」のいちばんの魅力。
円すい型の真ん中に、3つ穴や1つ穴よりずっと大きな穴が空いているので、お湯がドリッパーを通過するスピードは、他のタイプより速い。
だから一度にお湯をたくさん注いでしまうと、あっという間にお湯が通過して、あっさりとした味や香りのコーヒーになる。
でも、注ぐお湯の量を慎重にコントロールすれば、それ相応の味や香りが引き出せる。
このドリッパーは一般的には「抽出速度が速い」と言われている。けれど、それは使い方次第だ。

コーヒー粉をドリッパーにセット。下にお湯が落ちない程度の量をのお湯をコーヒー粉に注いで約20秒間、「蒸らし」の過程が終わったら、渦巻き状のリブのように、少しの量のお湯を何回にも分けて慎重に回しながら注ぐ。こうすれば、コーヒー粉から味や香りがしっかり抽出される。だから濃厚なコーヒーができる。
つまり、お湯の通りがスムースな分、あなたのお湯のコントロールの具合が直接、味や香りに反映されたコーヒーが淹れられる。このドリッパーが「中・上級者向き」といわれているのはそれが理由だろう。
だから、自分でコーヒーの味や香りをいろいろコントロールしてみたい、抽出過程を楽しみたい人には、ぜひこのドリッパーをオススメしたい。

素材も筆者が使っているAS樹脂製の透明なもの、ポリプロピレン製のホワイトとレッドというお安いものから、ガラス製、磁器製、ステンレス製、銅製の高価なものまで揃っているし、シリコンゴム製で折り畳め、キャンプやアウトドアで使うのに最適な「V60 フラットドリッパー 01 Zebrang」という製品もある。
また、サイズも1~2杯用の「01」、1~4杯用の「02」、1~6杯用の「03」まである。この場合の1杯は約120 mlが基準で、1回でこの計算だと2杯分飲む筆者が愛用しているのは、透明なAS樹脂製の「02」だ。

なおこの「V60」ドリッパーシリーズには、「V60 1回抽出ドリッパー MUGEN(むげん)」という製品もある。

こちらはドリッパーの内側が渦巻き状のリブ付きではなくて、注いだお湯がスターライン(星形)の溝を伝って、ゆっくりと抽出される構造になっている。
だから「蒸らし」工程や、お湯を何回も分けて注ぐのが面倒だという人、また急いでコーヒーを淹れたいときにオススメ。「蒸らし」なしでドリッパーに一気にドバっとお湯を注いでも、じっくり抽出したものに近い、濃厚な味や香りのコーヒーが作れる。

確かに簡単に味わい深いコーヒーが抽出できるので、筆者もこのドリッパーを、外出前などでじっくりドリップ作業をする時間がないときに使っている。
抽出にこだわらず、できるだけ楽に簡単にペーパー式のハンドドリップでおいしいコーヒーを淹れたいという人には、最適のドリッパーだと思う。

筆者と同じハンドドリップ派のあなたはいま、どんなドリッパーをお使いだろうか? もしその道具が「いまひとつ」だと思っているならこの定番を試してみては?

文・写真/渋谷ヤスヒト

渋谷ヤスヒト しぶややすひと 時計ジャーナリスト、モノジャーナリスト、雑誌編集者。大学法学部入学後、書評誌「本の雑誌」の助っ人を経て卒業後は出版社で文芸編集者、モノ情報誌の編集者に。食品からおもちゃ、文房具、家電、スマートフォンやPC、時計、クルマ、ファッションまであらゆるジャンルで「本当に良いモノ」を追求した記事を企画・編集・執筆中。時計ブーム最初期の1995年から開始したスイス時計の現地取材がライフワーク。編著書にセイコー腕時計の歴史をまとめた「THE SEIKO BOOK -時の革新者セイコー腕時計の奇跡」(1999年刊・絶版)がある。 この著者の記事一覧はこちら

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする