介護職員の需要が高まる中、介護職員の安定的な確保・育成が喫緊の課題となっています。介護保険制度施行以降、要介護(要支援)認定者数の増加に伴い、介護職員数も2000年度の約55万人から2021年度には約215万人へと、22年間で約4倍に増加しました。
新人介護職員の悩みに寄り添う教育とは? 離職を防ぐ「8つの指…の画像はこちら >>
しかし、その一方で介護職員の離職率は他の産業と比べて高い水準にあります。2017年の介護労働実態調査によると、介護職員の離職率は16.2%で、産業計の14.9%を上回っています。特に新人職員の定着率の低さが問題視されており、離職者の約65%が勤務年数3年未満という調査結果もあります。
新人介護職員が早期離職に至る背景には、介護技術の未熟さゆえの不安や、利用者とのコミュニケーションの難しさ、身体的・精神的な負担の大きさなどがあります。加えて、人手不足による教育体制の不備や、指導方法のバラつきなども、新人の不安や離職の一因となっているようです。
実際、従業員の過不足感について尋ねたアンケートでは、回答事業所の88.5%が「採用が困難」と答えています。
介護サービス事業所における従業員の不足理由
介護職員の就業形態に目を向けると、正規職員が61.0%、非正規職員が39.0%と、非正規の割合が非常に高いことが分かります。
また、年齢構成では、30~59歳の中堅層が中心となっていますが、60歳以上の割合も27.0%と少なくありません。経験豊富なベテラン職員が多い一方、若手職員の確保・育成が大きな課題であることがうかがえます。
新人教育の重要性は、多くの事業者が認識しているものの、その取り組み状況には差が見られるのが実情です。
介護労働実態調査によれば、教育・研修計画を立てている割合は、正規・非正規を問わず6割前後。ただ、非正規職員については、正規職員に比べて教育・研修の機会が限られる傾向にあります。
こうした状況の中、事業所規模別の離職率を見ると、従業員数が多くなるほど離職率が低くなる傾向が明らかです。10人未満の小規模事業所では20%を超える離職率であるのに対し、100人以上の事業所では12.9%まで下がります。
人材育成の体制が整っている事業所ほど、定着率が高いことの表れといえるでしょう。
介護事業所規模別の離職率推移
では、新人の定着と育成に向けて、私たちに何ができるのでしょうか。
もちろん、処遇改善をはじめとする労働環境の整備は重要な課題ですが、それと同時に、新人教育のあり方を見直し、職場全体で人材を育てる仕組みを作ることが求められています。
国は2018年度より、介護職員等特定処遇改善加算の創設や、介護ロボット導入支援などを通じて、介護人材の確保・育成を後押ししています。今後は各事業者が、こうした制度を有効に活用しながら、自らの職場環境と教育体制の改善に努めていくことが肝要です。
組織を挙げての新人育成は、一朝一夕にはできません。しかし、一歩ずつ改善を重ねることで、「育つ」職場は必ず実現できるはずです。介護の未来を担う貴重な人材を、力を合わせて育てていきましょう。
新人介護職員を効果的に指導するためには、段階を踏んだ教育プログラムの策定と、職場全体での育成体制の構築が不可欠です。ここでは、新人教育に特に重要な8つのポイントを解説します。
新人教育の第一歩は、介護の仕事の意義や、求められる倫理観を伝えることです。
単なる作業手順の習得ではなく、利用者本位の支援を行う専門職としての自覚を養いましょう。介護労働実態調査でも、仕事のやりがいに対する満足度は高く、53.3%が「満足」「やや満足」と回答しています。
一方で、社会的評価の低さを不満に感じる声も26.4%あり、介護の価値を伝え、専門性への誇りを持てるよう導くことが大切です。
配属初日から、担当フロアや利用者、1日の大まかな流れを説明します。その際、介護記録の重要性や、申し送りのポイントなども合わせて伝えておきましょう。
業務の全体像を掴むことで、新人の不安感は和らぎます。また、記録の書き方などは、実際の事例を交えて丁寧に指導することが求められます。
利用者一人ひとりへの適切な言葉がけや、非言語的コミュニケーションの大切さを教えます。認知症ケアの基本的な考え方や、家族とのやり取りの留意点なども押さえておきたいところです。
利用者との良好な関係づくりは、介護職のやりがいにも直結する大切な要素。新人の頃から、コミュニケーション力を磨く習慣を身につけさせましょう。
移乗介助時の転倒や、誤嚥、離設など、介護現場特有の事故とその防止策について伝えます。
リスクマネジメントの基礎知識を身につけ、ヒヤリハットの報告と情報共有の重要性も理解してもらうようにしましょう。事故が起きた際の対応方法や、再発防止に向けた取り組みについても、具体例を交えて教育することが大切です。
新人が組織の一員としての自覚を持てるよう、法人や事業所の理念、中長期の方針を説明します。
自分の仕事が、どのように事業所の目標達成に結び付いているのかを意識できるようサポートします。各種会議や研修の場などを活用して、折に触れて理念の浸透を図るようにしましょう。
日常業務を通じた実地指導(OJT)に加え、集合研修などの Off-JT を効果的に組み合わせます。
新人の習熟度に合わせた教育計画を立て、個別のフォローを行いましょう。介護労働実態調査では、正規職員、非正規職員ともに6割近くの事業所が教育・研修計画を立てている一方、非正規職員では計画策定の割合がやや低くなっています。
就業形態に関わらず、計画的な教育を実施することが大切といえるでしょう。加えて、外部研修への参加機会を設けることも、視野の広がりと意欲の向上につながります。
定期的に面談の機会を設け、新人の悩みや目標を聞き、適切なアドバイスを行います。
良い点は具体的に褒め、不安な点は一緒に解決策を考えるなど、成長を実感できるフィードバックを心がけましょう。新人の自己評価と、周囲からの評価をすり合わせることで、課題の共有と目標設定がしやすくなります。
面談の際は、数値化できる目標を設定し、達成度合いを確認することも効果的です。
介護の仕事には身体的・精神的な負担が付きものです。早い段階から、ストレスマネジメントの必要性を伝え、相談しやすい職場の雰囲気を作ることが重要です。
上司や先輩との良好なコミュニケーションが、新人の心身の健康維持にもつながります。労働実態調査では、介護職の26.7%が仕事を「精神的にきつい」と感じており、メンタルヘルス対策の充実が喫緊の課題といえます。
新人の様子を注意深く観察し、変化のサインを見逃さないよう、管理者も意識したいものです。
新人介護士が業務するイメージ
以上、8つの指導ポイントを挙げましたが、職場の実情に合わせて柔軟に選択・実践してください。新人の特性を見極め、個別性を尊重した教育を行う。それこそが、人を育てるということなのかもしれません。
新人教育の成否は、指導する側の姿勢に大きく左右されます。ベテラン職員には、次の3つの心構えを持って新人指導に臨んでほしいと思います。
「介護職は大変」というイメージを持つ新人も少なくありません。業務への不安や、職場への緊張感を抱えながら、毎日必死に頑張っている新人職員の心情を理解することから始めましょう。
そして、些細なことでも相談しやすい関係性を築くこと。新人の表情や様子の変化に目を配り、時には休憩を促すなど、きめ細やかな配慮を心がけたいものです。
新人を戸惑わせないよう、指導内容や方法は職員間で統一します。
些細な進歩も見逃さず褒め、時には厳しく指導することも必要ですが、叱るときは必ず行動を褒めたうえで、改善点を伝えるようにしましょう。新人の自尊心を傷つけることなく、成長を後押しする。そんな姿勢で臨むことが大切です。
新人の成長に対する期待を口にし、時には寄り添い、時には背中を押す。そんな忍耐強い指導があってこそ、1人前の介護職員へと育っていきます。
焦らず、諦めず、新人と向き合い続ける姿勢を貫きましょう。大切なのは、指導する側の「この人なら大丈夫」という確信です。新人を信じ、見守り続けること。それこそが真の育成といえるのではないでしょうか。
新人教育の担い手として、私たち一人ひとりができること。それは、新人の可能性を信じ、その成長に全力で向き合うこと。ベテランの知恵と経験を惜しみなく注ぎ、次世代を支える人材を育てていく。そんな使命感を持って、新人指導に臨んでいきたいものです。
最後に、新人教育についてよくある質問をQ&A形式でお答えします。
法人や事業所の状況によって異なりますが、おおむね次のような流れが一般的です。
ただし、これはあくまで一例です。新人の習熟度や、職場の人員体制などに応じて、柔軟にカスタマイズすることが求められます。
新人の自主性を尊重しつつ、達成感を味わえる機会を作ることが大切です。
例えば、研修の企画や、行事の担当など、新人の意欲を引き出す役割を任せてみましょう。面談では、新人の目標を聞き、その達成に向けて具体的なアドバイスをします。時には失敗もありますが、そこから学ぶ姿勢を評価し、粘り強くサポートしていきます。
小さな成功体験の積み重ねが、新人の自信とやる気を育んでいくのです。
評価基準を明確にし、定期的にフィードバックを行うことが重要です。
例えば、介護技術、コミュニケーション、チームワークなどの項目ごとに、具体的な評価指標を設定。自己評価と他者評価を組み合わせ、客観的な評価を心がけましょう。
評価結果は、新人本人にフィードバックするとともに、教育プログラムの改善にも役立てていきます。
また、評価の頻度についても、新人の状況に合わせて検討が必要です。最初は毎日の振り返りを行い、徐々に週間、月間の評価へと移行していくなど、メリハリを付けることも一案かもしれません。
もちろんです。新人の成長を手助けする中で、指導する側も多くの気づきを得ることができます。
新人の素朴な質問に答えようとすることで、自分の知識を再確認したり、言葉で説明する力が養われたりします。また、新人の新鮮な視点に触れることで、これまでの慣習を見直すきっかけにもなるでしょう。
何より、人を育てるやりがいは、指導者自身の仕事への意欲を高めてくれます。新人の成長を喜び、共に学び合う姿勢を大切にしながら、指導者としてのスキルを磨いていきたいものです。
以上、新人介護職員の教育における指導ポイントと、教育担当者の心構えについて解説してきました。
介護サービスの質の向上には、一人ひとりの職員の成長が欠かせません。新人の育成に力を注ぐことは、ひいては事業所全体のケアの質を高めることにつながるのです。
介護労働安定センターの調査では、介護職員の仕事の満足度は概ね高く、特に「仕事の内容・やりがい」については53.3%が「満足」「やや満足」と回答しています。
その一方で、「賃金」の満足度は21.3%にとどまるなど、処遇面での改善の必要性も浮き彫りになっています。キャリアアップの仕組みの整備や、働きやすい環境づくりなど、魅力ある職場を目指した取り組みが求められているといえるでしょう。
加えて、利用者の重度化や、医療ニーズを抱える利用者の増加など、介護ニーズは複雑化・多様化の一途をたどっています。こうした変化に対応し、質の高いケアを実現するには、介護職員一人ひとりの専門性の向上が不可欠です。
新人の時期から継続的な学びの機会を提供し、キャリア形成を支援する体制の構築が、今後ますます重要になってくるでしょう。
2025年には、いわゆる「団塊の世代」が75歳以上となり、国民の5人に1人が後期高齢者になるといわれています。増大する介護ニーズに応えるためには、介護人材の安定的な確保と育成が喫緊の課題であることは言うまでもありません。
新人を温かく迎え入れ、その成長を支える。先輩職員が持つ知識と経験を次世代に伝え、サービスの質を高める。そうした取り組みの積み重ねが、専門職としての介護職の地位向上にもつながっていくはずです。