岩手・北上市出身の漫画家・三田紀房さん(66)が、半生記「ボクは漫画家もどき イケてない男の人生大逆転劇」(講談社)を出版した。学業不振の高校生が東大合格を目指す大ヒット漫画「ドラゴン桜」の作者はどのようにして、この道を進んだのか。力まずピンチをチャンスに変える人生観はまさに「人間万事塞翁が馬」。漫画家の枠を超えて活躍する三田さんをインタビューした。
(甲斐 毅彦)
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■漫画に熱中しなかった
「オバケのQ太郎」「天才バカボン」「巨人の星」「あしたのジョー」「ドカベン」「ブラック・ジャック」「がきデカ」…。1958年生まれの三田さんと同じ世代なら、学生時代にこれらの傑作漫画に熱中した人は多いだろう。のちに漫画家になった人なら言わずもがな…かと思いきや、三田さんは違った。人並みに読んではいたが、夢中になった記憶はないという。
「漫画の絵を真似(まね)して描いてみたこともなかったですね。漫画家は目指してなるものと思い込まれているかもしれないけど、意外とそうでもないんです」
■狭き門ではない
北上市の商店街にあった仕立屋の家庭で育ち、特に大きな目標はなく明大に進学。大手百貨店に就職するが、家業を継ぐことになり1年も経たずに退職して帰郷した。だが、大型ショッピングセンターの進出が家業をひっ迫。負債を抱え、起死回生策として思いついたのが、漫画家になることだった。「ビッグコミック」の新人賞に応募したところ入選。受賞作が「コミックモーニング」に掲載されたのは30歳の誕生日直前だった。
「多くの人が誤解していますが、漫画の世界は決して狭き門ではないんです。むしろ僕みたいに昨日まで素人だった新人が参入しやすい世界。大事なのは、とりあえず一歩を踏み出すことです」
■アジア甲子園に全面協力
仕事の依頼が途絶える時期もあった。順風満帆ではなかったが、地方の高校野球部監督を主人公にした「クロカン」が「週刊漫画ゴラク」誌上でヒット。続けて「週刊ヤングマガジン」で「甲子園へ行こう!」の連載が始まった。売れっ子の地位を築いたのは野球漫画だ。球界との縁もでき、今年は元巨人の柴田章吾氏(35)を中心にして12月に第1回開催を目指す「アジア甲子園大会 in インドネシア」に理事として協力することになった。アジアの子どもたちを集め、日本式の野球を経験させる計画だ。
「経験した子どもたちが日本に留学して来て、野球で海外と交流できるようになれば。夢のあるプロジェクトだなと思いますよ」
■母校・黒沢尻北高で「リアルドラゴン桜」プロジェクト
最近、活躍の場は漫画家の枠を超えてきた。2022年には母校の黒沢尻北高で、久々に東大合格者を出そうという「リアルドラゴン桜プロジェクト」が始動し、全面協力している。現役東大生がオンラインで生徒を指導しサポート。同窓会の募金などを運営資金とするが、初年度は三田さんがポケットマネーで支援したという。試験当日には生徒たちと赤門で待ち合わせ、直接激励した。今年は残念だったが、来年こそは。
「参加している子たちが本当に優秀だし、素直でかわいい。新しい喜びが出てきますね。地域貢献にもなるし、ぜひ成功させたい。みるみる成績が上がっていく様子を見るって、いいもんですよ」
◆三田 紀房(みた・のりふさ)1958年1月4日、岩手・北上市生まれ。66歳。明大政経学部卒。代表作に「ドラゴン桜」「インベスターZ」「エンゼルバンク」「クロカン」「砂の栄冠」「甲子園に行こう!」など。「ドラゴン桜」で2005年に講談社漫画賞、文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞を受賞。