「ソ連の戦車、持ってます」 ウクライナ支援に博物館が関わるワケ 謎だらけの東側部品をカタチにする知見

イギリスはウクライナへの支援の一環で、兵士が扱いやすい旧ソ連製車両の部品の一部を新造するよう企業へ要請しました。しかし同じ形状のものを生産すればよいわけではありません。そこで企業が協力を仰いだのが、戦車博物館でした。
ボービントン、クビンカ、ムンスター、ソミュール、パロラと聞けば、戦車ファンにはピンときます。いずれも古今東西の戦車が収蔵された、世界的に有名な戦車博物館です。貴重な車両や動態保存されている車両もあり、戦車ファンならずとも楽しめる場所として人気があります。
なかでもボービントンには26か国の約300両が展示されており、世界最大のコレクションを誇ります。収蔵品の「ティーガー1」は唯一稼働する実物ということでイベントに引っ張りだこ。映画にも出演しています。これらの博物館は、歴史と文化の保存・伝承、教育と研究の推進、戦争と平和の意識の向上、そして地域経済の活性化にも貢献しています。
「ソ連の戦車、持ってます」 ウクライナ支援に博物館が関わるワ…の画像はこちら >>撃破されたロシア軍のT-72戦車(T-72B3M)(画像:ウクライナ軍参謀本部)。
しかし、こうした戦車博物館が外交・安全保障に直接貢献することもあります。このほど、イギリスのボービントンとクック・ディフェンス・システムズ(CDS)社が協力して、ウクライナ支援にあたることとなったのです。
CDSは19世紀から続く鉄鋼メーカーを起源とし、1940(昭和15)年からの歴史を持つ、世界有数の軍用履帯システムメーカーです。製品はイギリスの「チャレンジャー2」など、戦車や装甲車で多く使われています。
イギリス国防省は、2023年10月に発表されたウクライナへの1億ポンドを超える整備・操縦支援パッケージの一部として、CDSに対し、ウクライナ軍が使用している旧ソ連製車両最大500両分の履帯や車輪を“リバースエンジニアリング”して新造するよう発注しました。
このリバースエンジニアリングは同じ形状の物を造ればよいという簡単なものではありません。強力なエンジンの負荷を受け、数十トンの重さを支えて硬軟複雑な形状の地面に擦り付けられる履帯には大変なストレスがかかります。耐久性、強度、衝撃吸収性、耐候性、軽量性など複雑な要素を満足することが求められ、エンジンやサスペンション、車輪とのバランスを取ることも必要です。
CDSの幹部は「当社には、イギリス陸軍および多くの同盟軍の装甲車両へ履帯を供給してきた長い歴史がありますが、ウクライナ向けに納入するとなると全く異なる課題があります」と明かしています。足回り技術のノウハウを蓄積しているCDSにとっても、ソ連製戦車は未経験、未知の構造・組成であり、まずその材質分析から始めなければならなかったのです。それ自体がイノベーションでした。
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クック・ディフェンス・システムズ(CDS)社のパンフレット(画像:クック・ディフェンス・システムズ)。
手がかりになるのは旧ソ連時代の図面、ウクライナから取り寄せたサンプル、マニュアルなどです。しかし技術者がウクライナまで出張する必要はありませんでした。ボービントンに旧ソ連製の実車があったのです。そこでCDSはボービントンへ支援を要請しました。
ボービントンの専門家とCDSは、西側で入手可能な技術で旧ソ連製と互換性がある部品を製造するため、協力してレーザースキャンやデジタルX線検査などを実施。旧ソ連製の仕様に適合する新しい鋼合金の開発、鋳物の鍛造および溶接部品の開発を行いました。
戦争は現在進行中であり、一刻も早い製造開始が必要でしたが、イギリス国内に実車と専門家の協力があったおかげで開発期間を大きく短縮できました。ボービントンの学芸員であるデビッド・ウィリー氏は、「戦車博物館のコレクションは様々な目的で使用されている。産業界や同盟国を支援できるときは当然利用すべきだ。複製された履帯がウクライナに到着すると聞いて非常にうれしく思う」と述べています。
単なるコレクションの展示場に留まらず、産業界とつながりがあるのも戦車博物館が社会に根差している証であり、専門家(愛好家)の知見も趣味(ホビー)だけに留まらず、国益に直接寄与するという実例です。
一方、ロシアにもボービントンに匹敵するクビンカ戦車博物館があります。収蔵されている車両数は300以上といわれ、交戦した敵国、または仮想敵国から鹵獲した車両の評価試験も行っています。第2次大戦末期にドイツが運用した超重戦車「マウス」や、旧日本陸軍の九五式装甲軌道車のようにクビンカにしか現存しない貴重な個体も保存されており、朝鮮やベトナム、中東、南米などで入手した冷戦期の西側車両も多くあります。
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ロシアのクビンカ戦車博物館で展示される、イギリスのチーフテンMk5主力戦車(手前)とコンカラー重戦車(月刊PANZER編集部撮影)。
ロシア・ウクライナ戦争でも、ロシア軍はアメリカ製M2ブラッドレー歩兵戦闘車など西側車両を鹵獲しています。これらもいずれクビンカに収められ、様々な目的に使用されるでしょう。
日本もまた、世界でも数少ない戦車を国産できる国です。にもかかわらずこのような博物館がないのは、歴史的遺産の保存と展示の機会、教育と研究の機会の欠如というだけでなく、外交、安全保障上の観点からも「日本戦車ガラパゴス」に陥りかねない問題だと思います。

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