静岡のソウルグルメ「さわやか」創業者、富田会長が死去…待ち時間はディズニーランド級だった人気メニュー「げんこつハンバーグ」誕生秘話と東京出店しない理由〈地元から追悼の声〉

静岡を代表するソウルグルメ「げんこつハンバーグ」で知られる「さわやか」は3月13日、創業者の富田重之会長が12日に老衰で亡くなったと発表した。享年87。県内限定で34店舗を展開し、2時間待ちはざらといわれる超人気店に育て上げた富田さんを偲ぶ声が、店舗のご近所さんをはじめとする静岡県民から続々と上がっている。同社は14日に全店休業し、スタッフ一同で創業者を追悼する時間を持ちたいとしている。
13日、静岡・菊川市にある本店の近所の住民は、なじみの「洋食屋さん」をつくった富田さんの訃報を自分の家族史と合わせて振り返った。「今40代の息子たちにとっては小さいときから『さわやか』にハンバーグを食べに行くのがご褒美でした。子どもの誕生日に行くとポラロイドカメラで撮影して写真を手渡してくれたり。温かいお店でした」(近所の60代女性)「おいしいだけでなく、地域を大切にしていたのが印象的でした。店の改装工事の際にも、騒音を出すお詫びにと、新装オープンの前日にお店に招待してくれたり。富田さんとは面識はありませんが、経営方針なのか、地域を気遣っていただけたのはうれしいことでしたね」(近所の50代女性)
静岡県内の「炭焼きハンバーグさわやか」(読者提供)
Xには静岡県民が次々と「地元の誇り」をつくった富田さんを悼むコメントをあげた。「愛してやまないさわやかハンバーグ。生み出してくれてありがとうございます」「静岡県民、げんこつハンバーグが大好きです」1937年に浜松市で生まれた富田さんは、サラリーマン生活を経て40歳だった1977年7月に小笠郡菊川町(現菊川市)に「コーヒーショップさわやか」を出店し、飲食業への道を踏み出した。だが、それは単純な脱サラではなかった。「会長は26歳から10年ほど結核で闘病した経験があります。隔離を伴う孤独な闘病の中で、自然から空気や水といった無償の恵みを与えられていることに気づいて感動し、元気になったら自然の恵みを生かして、食べた人が元気になるようなものをつくりたいと考えるようになったそうです」(会社広報)。元気になる食材と言えば牛肉。これを100%使い、炭火で焼いたハンバーグが当時からの主力商品だった。「ステーキは高級品ですがハンバーグなら家族で気軽に食べられる、と考えたようです。店名は『コーヒーショップさわやか』でしたが、最初からファミリーレストランで、『コーヒーを飲むくらいの気軽な気持ちで来てもらおうと名づけた』と会長が話していたことがあります。料理人ではなかった会長は常に“食べる側”からの目線でお店をつくっていましたね」(同社広報)
定番の人気メニュー「げんこつハンバーグ」(「さわやか」のSNSより)
富田さん自身も生前「自然に学びながら、感謝の心を形にして提供することで、まわりの多くのお客様とつながり、共生していくことのできる飲食の仕事を選んだのです」と経営の哲学を話していた。
富田さんと親交のあった袋井市に住む60代の男性は「『さわやか』ができたころ、袋井市には別の大手ファミレスがあり、富田さんは『相手は規模が大きい以上、どうしても冷凍物になる。その土俵では自分は太刀打ちできないからできるだけ食材にこだわる』と話していました。静岡県の食材をできるだけその日のうちに配送することにこだわってやっていました」と思い出を振り返る。89年に店名を「炭焼きハンバーグさわやか」に改名し、現在の主力メニューである「げんこつハンバーグ」と「おにぎりハンバーグ」が登場。牛肉250グラムの「げんこつ」は父の手の、200グラムの「おにぎり」は母の手の大きさにそれぞれ近いことが所以だ。富田さんの闘病中、どんな状況でも支えてくれた両親の深い愛情を思い、これが商品名の由来になったという。熱した鉄板の上に置かれたボールのように丸いハンバーグをホールスタッフが客席で二つに切り分け、最後の調理を行って提供する「げんこつハンバーグ」を知らない人は、静岡県にはもはやいない。「誕生日やテストで100点をとったりすると、親がご褒美に近所の『さわやか』に連れて行ってくれて『げんこつ』を食べました。あの味が忘れられず、今でも帰省すると必ず食べますね。2007年ごろ、静岡県出身の長澤まさみさんがテレビ番組で紹介して県外でも注目されるようになりました、最近では都内からわざわざ、ハンバーグ目当てに来店する客もいるようです」(静岡県出身の編集者)
静岡出身の長澤まさみ(写真/共同通信社)
近年はどの店もすぐには席に着けないほど人気が高止まりし、店舗ごとの待ち時間をリアルタイムで表示するシステムを導入しているほど。ネットでは店ごとの混雑度ランキングや、「さわやかを待ち時間なしで食べる攻略法を常連が伝授」といったページまで登場し、10連休となった2019年のゴールデンウィークには御殿場インター店で520分(8時間40分)待ちになったと伝えられたこともあり、“静岡のディズニーランド”と呼ぶファンまでいるという。「ネット上で待ち時間をウォッチする方までおられますが、会社として最長の待ち時間が何分か、記録をとっていることはありません(苦笑)。お客さまをお待たせしているのは間違いなく、店舗を拡大できない弊社の力不足のせいで、お恥ずかしい状況です」と広報担当者は恐縮している。これほどの人気なら東京に打って出ても勝算がありそうだが、会社は今のところ、静岡県内の限定展開にとどめる方針だという。「自社工場でミンチを加工した後は冷凍せずに各店舗へハンバーグを配達するため、つくりたてのおいしさをお客さまに提供するためには長い距離は輸送できません。また、炭火の火力調節や、お客さまの前で最後の調理をするのは機械では無理なので、人材を育てなければなりません。そういうわけで『手が届くエリア』でしか展開できないんです」
3月13日夕方の浜松市内の店舗、多くの地元高校生が来客していた(読者提供)
そう話す同社広報の女性は「でも最近は、静岡のお客さまが県外のお友達を次々と連れてきてくださり、お店の広報役までしていただいています」と、また恐縮した。亡くなった富田さんは従業員やアルバイト一人ひとりの名前を記憶し、気安く声をかけてくれる人だったという。通夜は14日、告別式は15日に、それぞれ遺族の意向で近親者と友人だけで執り行われるが、県内各地の店舗に勤務する従業員らから、お別れがしたいという声が多く上がり、通夜に従業員らが参列できるよう、この日の営業を全店舗で休むことを決めたという。Xでも「全店舗休業というのにちょっとうるうるしちゃう」との書き込みが上がり、静岡県民は、こぞって「げんこつハンバーグ」の生みの親に想いをめぐらせる日になりそうだ。取材・文/集英社オンライン編集部ニュース班

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