【舛添要一連載】フランス、女性が「人工妊娠中絶」を選択する自由を憲法に明記

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3月4日、フランスでは、憲法に女性が人工妊娠中絶を選択する自由を明記することを決定した。世界初のことである。
アメリカと比べて、フランスではキリスト教との関係はどうなっているのか。さらには憲法改正については、何度も実行しているフランスと、まだ一度も行っていない日本との比較も興味深い。
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フランスの政治体制を「第5共和制」と呼ぶが、ドゴール将軍が主導して1958年に始まったものである。ドゴールが起草した第五共和制憲法では、大統領の権限が強化されたが、首相も存在する。
首相は議会の多数派を代表するので、大統領は左派・首相は右派、またその逆の組み合わせも生まれた。これを「保革共存(コアビタシオン)」という。1986年3月~1988年5月のミッテラン大統領(左)・シラク首相(右)、1997年3月~2002年5月のシラク大統領(右)・ジョスパン首相(左)という組み合わせがその例である。
憲法改正については憲法89条に定められている。改正案を提出できるのは、(首相の提案に基づく)大統領か国会議員である。国会の上下両院で可決された後に、国民投票による承認を経て確定する。ただし、大統領は、国民投票に代えて国会の両院合同会議(コングレ)の審議に付することができ、この場合には有効投票の5分の3の賛成によって改正が確定する。
今回は、後者の両院合同会議の議決である。コングレは、ヴェルサイユ宮殿で開かれることになっている。3月4日の投票では、780票vs72票の圧倒的多数で可決された。まさに圧勝であり、5分の3の多数を遙かに超えた。投票をテレビで視たが、議員が総立ちで拍手喝采している様子は壮観であった。
フランスは、第5共和制下で、これまで24回も憲法を改正しているが、国民投票による承認は1件のみである。

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フランスが人工中絶の権利を憲法に明記することを決めたことに対して、カトリックの総本山ヴァチカンは、「人間の命を奪う『権利』などあってはならない」と懸念を表明し、生命の保護が絶対的な優先事項となるべきだと強調した。
カトリックが多数派のフランスで妊娠中絶の自由を守ろうという機運がフランスで盛り上がった背景は、アメリカで、連邦最高裁判所が、2022年6月、妊娠中絶を憲法上の権利と認めた判決(ロウ対ウェード判決)を49年ぶりに覆したことである。
このような保守的な判決が増えたのは、トランプ大統領が在任中に連邦最高裁に3人の保守派判事を送り込み、過半数を保守派判事で占めさせたからである。
キリスト教の福音派はアメリカ国民の20~25%を占めており、その福音派の8割が支持するのが共和党である。聖書(新訳も旧約も)の一言一句を信じるのが福音派であり、妊娠中絶に反対し、ユダヤ人によるイスラエル建国を支持している。この大票田を獲得するために、トランプは妊娠中絶に否定的な姿勢を見せているのである。
「キリスト教のアメリカ」では、妊娠中絶の自由を憲法に書き込むことはないであろう。もしトランプが大統領に再選されれば、強硬に反対することは確かである。

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これに対して、フランス革命の伝統を誇り、「自由、平等、博愛」を掲げ、それを三色旗の国旗にしているフランスでは、人権の擁護が最前線に出る。自由のための戦い、女性の健康、平等の実現などが国民の共通認識となっている。
マクロン大統領は、今回の憲法改正は「フランスの誇り」であり、「普遍的なメッセージ」を送るものだと述べた。フランスでは、1975年に中絶が合法化されたが、世論調査では85%のフランス人が中絶の権利を憲法に明記すべきだと述べていた。
法律の合憲性を審査する憲法院は、中絶法に関して違憲だとの判断を下したことはない。ヴォルテールは、「私はあなたの意見には反対だ。しかし、あなたがそれを言うことができるように全力で戦う」言ったが、この精神が脈々と今のフランスにも引き継がれている。

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20世紀以降のフランスのもう一つの原則は「政教分離」である。国家と教会を分離するという原則で、国や地方自治体の宗教予算は廃止され、信仰は個人の私的領域のものとなった。教会も国家から保護を受けることはない。徹底した政教分離の原則を守っている。
このこともまた、妊娠中絶の権利を憲法に明記することに対する教会の介入を排除することにつながったのである。
カトリックのフランスと、プロテスタントのアメリカは全く違う国家である。

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Sirabeeでは、風雲急を告げる国際政治や紛争などのリアルや展望について、元厚生労働大臣・前東京都知事で政治学者の舛添要一(ますぞえよういち)さんが解説する連載コラム【国際政治の表と裏】を毎週公開しています。
今週は、「フランス」をテーマにお届けしました。

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