かつて「南京虫」の名で知られ、まれると強烈なかゆみを引き起こし、繁殖力も強いとされるトコジラミ。韓国やフランスでの被害が次々報じられ、日本でもコロナ禍の収束に伴ったインバウンド増加により、国内の宿泊施設でトコジラミ被害が増えているとの見方が強まっている。そのなか、3月10日夜から首都圏の通勤路線の電車の車内シートにトコジラミがいたとするXの投稿が拡散され、週明けの通勤客をゾッとさせた。専門家は、インバウンドの増減に関係なくトコジラミは民家にも多く棲みついていると指摘。今はまだ動きは活発ではないが、5月になれば被害は爆増するかもとの警告も出ており警戒が必要だ。
Xにトコジラミ目撃ポストを行ったのは夫婦とみられるふたり。トコジラミらしい虫がシートの上にいる写真を10日の夜にふたり相次いで投稿すると、揃って大バズリ。2ポスト合わせて5000万件以上表示され、1800件以上ものコメントがついた(ともに11日時点)。そのコメントに返信するかたちで、11日朝までに乗った列車の路線と乗車駅と出発時刻、車両の位置も具体的に記し、虫をセロテープで封じ込んだ写真まで投稿した。
トコジラミ(提供/日本ペストコントロール協会)
Xでは「もう都内のどの路線に生息していてもおかしくない」「トコジラミパニック待ったなしか」「あっと言う間に全国に広がりそう。電車やバス座れない。タクシーも怖くて乗れない」といったコメントが上がった。投稿主は駅員に知らせたとしているが、運営するJR東日本は11日午後の時点で「現在のところ、トコジラミが列車内にいたというお客さまのご意見や関係社員からの報告はなく、投稿内容の事実確認が取れておりません」と説明。同時に「このたびの投稿を踏まえ特に注意して車内清掃を行うように関係各所に申し伝えています」と、対応する意思があることも強調している。同社は列車内の清掃について「お客さまの健康面を考慮し、薬品による殺虫ではなく、日々の車内清掃では座席表面の汚れ等は用具を用いて取り除き、月1回を目安に実施する重点的清掃で掃除機による吸引清掃を行っています。害虫が確認された場合は車内燻煙を行います」としている。
トコジラミに刺されると強烈なかゆみと発疹に襲われる(提供/有限会社トーメー)
別の路線の関係者も「会社が違うからか対策はまだ下りてきていませんが、海外のお客さまの乗車率はこちらのほうが確実に多いので、他人事ではないですね」(東京メトロ勤務の20代駅員)と話す。トコジラミは体長5ミリ程度のカメムシの一種。狭く暗い場所に好んで潜み、夜間に動き出して眠っている人間の血を吸い、刺されるとかゆみや発疹が生じる。東京都ペストコントロール協会によると、「日本では昭和の時期に、駆除対策によってかなりの数が抑え込まれた。しかしその後、海外で従来の殺虫剤に耐性をもつようになったトコジラミが、国境を超えてくる人や荷物について日本に多く入ってきていると推定される」という。
都内の観光ホテルの関係者は「去年10月ごろ、お客さまから『トコジラミに刺されたかもしれない』という報告がありました。もちろんお客さまには宿泊料金もお返しし、診断書をいただければ診察料もお支払いすると対応しました。でも同時に(ネットの)クチコミで『泊まったら赤い発疹ができてかゆくなった』と書かれてしまいました」と話す。
ワンルームの個人宅で1000匹規模の繁殖をしたトコジラミの塊(提供/有限会社トーメー)
このホテルは駆除費用に約20万円、駆除・清掃で約2週間部屋が使えなかったためにさらに20万円ほどの損失が出たという。「駆除依頼して発見できたので、こちらのお客さまのおかげで被害は増えなかったですが、クチコミに書かれてしまったことは当施設でも重く受け止めています。少なからず客足に影響が出ているかもしれません」(同ホテル関係者)また、海外観光客の宿泊が多い都内のカプセルホテルは「去年の夏ごろもトコジラミの報告があったのですが、今年もすでに報告が上がっています。個人のスペースが狭い性質上、カバンをベッドに置く方や、私服のままベッドの上でくつろぐ人もいるので、なおさらトコジラミを持ち込まれたら繁殖しやすいのかもしれません」(カプセルホテル従業員)。
トコジラミの体長は5ミリ程度(提供/日本ペストコントロール協会)
もっとも、前出の東京都ペストコントロール協会によると、昨年のインバウンドの規模はコロナ禍前までは回復していないのに、同協会に寄せられたトコジラミに関する相談は350件と過去最多を記録した。インバウンドとトコジラミによる被害件数の拡大は必ずしも比例していない。「日本の一般住宅にトコジラミが入り込む危険性は、インバウンドよりもアウトバウンド、つまり、日本から海外に行きトコジラミを家まで持ち帰ってくるケースのほうが高いと思います。相談件数が増えたのは、近年トコジラミに関する報道が増えたため、それまでダニだと思っていたかゆみの原因が実はトコジラミだったとの認識が増えたこともあるでしょう。いずれにせよトコジラミは、日本の一般家庭にすでにかなり定着していると考えたほうがいいです」(同協会幹部)
さらに、暖かくなると被害は一層増えるとの予測も。トコジラミの駆除を専門に扱う「有限会社トーメー」の當銘武夫部長はこう説明する。「実はトコジラミは気温が18度を超えると活動をし始める昆虫なので、今は家に侵入したとしても暖かいところに隠れて繁殖がしにくい時期なのです。また、現在は多くの人が長袖、長ズボンを着て寝ているため噛まれていませんが、5月以降は被害が増え、駆除件数も爆増すると予想しています」
トコジラミの駆除の様子(提供/有限会社トーメー)
自宅でできる防虫対策について當銘氏はこうアドバイスする。「大事なのは、家に持ち帰った後の対処です。海外観光客などが多く泊まりそうな宿泊先や外出先から帰ってきたら、まず衣類は洗濯して乾燥機にかけて熱し、気になるようならカバン類はゴミ袋などの袋に入れて1週間ほど保管することを意識したほうがいい。『トコジラミホイホイ』などで予防し、そもそも繁殖させないことも大事です」いったんトコジラミが蔓延してしまうと駆除料金は一般家庭だと10万~20万円となるという。殺虫剤を使って駆除する方法もあるが、東京都ペストコントロール協会幹部は言う。「昭和期に使用が承認された成分をそのまま使っている殺虫剤は、耐性をもったトコジラミには効かないこともあります。成分が近年開発されたものかどうかを見て殺虫剤を選ぶことが大事です」
(提供/有限会社トーメー)
水際対策について「実はトコジラミは、人から人へうつる感染症の原因にはならない。(被害は)ただかゆいだけ。だから、法令上も対策は重視されず、マラリアなどの肝炎原因になる蚊よりも(行政の)優先順位は低い」(同協会幹部)のだそうだ。法の隙間にも入り込んだやっかいな虫のようだ。取材・文/集英社オンライン編集部ニュース班