芥川賞受賞・九段理江さん、「AI告白」は「独り歩きした」…けど「結果オーライ。今回はほんとラッキー」

第170回芥川賞(2023年下半期、日本文学振興会主催)は、九段理江さん(33)の「東京都同情塔」(1870円、新潮社刊)が受賞した。21年にデビューし、2度目の候補入りで同賞を射止めた。「全体の5%ぐらいは生成AIの文章をそのまま使っている」。受賞の言葉によって思わぬ形で注目を集めたことを九段さんは「ラッキーだった」と捉えている。(瀬戸 花音)
想像よりも早い受賞の知らせだった。電話がかかってきた瞬間、九段さんは東京・千駄ケ谷でサラダを頬張っていたという。密着していたテレビカメラもバッテリー交換で止まっていた。「準備できてなくて。あんなにパニックになったの久しぶりでした」と苦笑いする。電話を切り、サラダをのみ込んでから、周囲に受賞を伝えた。拍手が起こった。「明日から二度と芥川賞のことを考えなくてもいい。自由に物語を書くことが、楽しみです」と喜ぶ。
受賞作は、パラレルワールドである“もう一つの東京”で高層刑務所「シンパシータワートーキョー」の設計を担う女性建築家が主人公の物語。自身も建築家のように「柱と梁(はり)が積み上がるように、言葉を連ねて」書き上げた。人間の問題を描きながら、エンターテインメント性にも富む。「『純文学』というもののイメージがあると思うのですが、それを超えるというか、収まらないものを書きたい」と思いを明かす。
ただ、その気持ちは思わぬ形で“実現”してしまった。1月の受賞会見で「全体の5%ぐらいは生成AIの文章をそのまま使っている」と告白。作品の中に登場する生成AIの言葉の一部などを実際にAIを使って書いたというもの。賞の選考会では問題視していなかったが、SNSでは賛否両論が飛び交う事態に。想像以上に「独り歩きした」と振り返る。
最初は戸惑ったが、今では違った角度から注目を浴びたことを「幸運」と捉えている。
「芥川賞って一生に一回しか取れない賞。作家はそこにピークを持っていかないといけないけど、いざ迎えたとしても、それが純文学界以外に広がらなかったら本当にもったいない。興味のない方々にもちょっとでも関心を持ってもらえるような影響があったなら、結果オーライじゃないかと感じるようになりました。今回はほんとラッキー」
受賞の日から今まで、何度もされた質問がある。「AIと人間の関係性はどうなっていくのか?」―。思わず「私、生成AI専門家だったっけ?」と笑いながらも真剣に答える。「人間の怠慢のためにAIを使うのではなくて、人間の可能性をより広げる。自分の思考の限界を超えるために活用するという考え方ができたら、本当にいい関係になっていくんじゃないかなって。人間の全てがAIに置き換わるとは思えないから。そう恐れている人は、人間の能力を過小評価してると思います」
AIの存在は否定したくない。争いをなくし、人類の平和に役立つ手段の一つとして期待する。「今よりも人間同士が分かり合えたり、幸福になれる方法が絶対どこかにあるはずだと思っていて。人工知能だったり、人間が生み出したテクノロジーを利用することで、もしかしたら今よりも対話を深めて、現状を打開することができるかもしれない」。九段さんは信じている。「この世界は素晴らしい」と。
その思いは小説を書き続ける原動力でもある。生まれてから大学生頃まで、「自分は生まれてこない方が良かった」と長いトンネルの中にいた時期もあった。だからこそ、今、感じられる。「私はこの世界が素晴らしくないって思う気持ちをどこかで変えられた。だから、今もし暗いトンネルの中にいる方だったり、生きることに意味を見いだすことができない方がいたとしても、それは変わる可能性があると感じていて。争いとか悲しみを、何かしらの方法で取り除くサポートがしたい。今の私ができることは、よりよい物語を書くことだと思っています」
人は上を向ける。そう思えるような芯のあるまなざしで言った。
◆九段さんが選ぶおすすめ一冊
ハン・ドンイル著「教養としての『ラテン語の授業』―古代ローマに学ぶリベラルアーツの源流」(監修・本村凌二、翻訳・岡崎暢子、ダイヤモンド社刊、1980円)
上野の本屋さんで見つけたんですけど。上野の博物館か美術館でローマ展みたいなのをやってる時に、本屋さんでもローマの特集をやっていて、そこの中に置いてあった本。たまたま見つけたんです。
「今さくっとラテン語の勉強しちゃおうかな」って思って、開いたら全然ラテン語の本じゃなかったんですよ。ラテン語の教科書とかじゃなくて、教養ってものに対する先生のマインドの話だった。「あ、ラテン語の本じゃないんだ」っていう本を開いた時の衝撃を含めて、新鮮で面白かったです。
◆九段 理江(くだん・りえ)1990年、浦和市(現さいたま市)生まれ。21年、「悪い音楽」で第126回文学界新人賞を受賞しデビュー。同年発表の「Schoolgirl」が第166回芥川賞、第35回三島由紀夫賞候補に。23年、「Scoolgirl」で芸術選奨新人賞、「しをかくうま」で野間文芸新人賞を受賞。

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