あれ自衛艦? 能登へ災害派遣された「白いフェリー」の正体 ますます重要になる“海の助っ人”

能登半島地震で七尾港に災害派遣された大型フェリー「はくおう」は自衛艦ではありません。とはいえ、ただの民間船でもないとのこと。特殊な位置づけのチャーター船、もしかしたら今後増えるかもしれません。
5年半ぶりに最大震度7を記録した「令和6年能登半島地震」は被害の全容が見えない状況が続いています。被災者の避難所生活は長期化する一方、水道などのインフラ復旧は進んでおらず、疲労やストレスの悪化が懸念されます。そうした状況を少しでも解消する切り札が、能登地方の中心都市といえる七尾市の七尾港に“接岸”しました。
それが、大型フェリー「はくおう」と高速フェリー「ナッチャンWorld」の2隻。両船は防衛省がチャーターする民間フェリーで、自衛隊が行う災害派遣活動の一環として投入されたものです。
「はくおう」には、陸上自衛隊と石川県が協同して休養施設を開設し、1月14日から七尾市の避難所にいる被災者の受け入れを始めました。船内で1泊2日の宿泊ができるほか、レストランでの食事や、大浴場への入浴を行えるようにしています。現時点の受け入れ人数は1日当たり約200人ですが、徐々に増やしていく予定です。
あれ自衛艦? 能登へ災害派遣された「白いフェリー」の正体 ま…の画像はこちら >>令和6年能登半島地震に係る災害派遣で、七尾港に派遣された防衛省のチャーター船「はくおう」(画像:防衛省)。
ただ、「はくおう」は船名こそ明記されているものの、どこの船会社に所属するか一見するとわかりません。民間フェリーならシンボルマークなどが船体やファンネル(煙突)部分などに目立つように描かれていることが多いですが、そういったものが見当たらないのです。見れば見るほど不思議な外観の「はくおう」、どのような船舶なのでしょうか。
もともと同船は、石川島播磨重工業(IHI)東京第1工場(当時)で建造され、1996年6月に新日本海フェリーの敦賀~小樽航路でデビューした高速フェリー「すずらん」です。
「すずらん」は2012年6月に運航を終了しますが、たびたび防衛省にチャーターされるようになったことで、現在のような外観へと姿を変え、2023年現在は高速マリン・トランスポートが運航するPFI(民間資金活用)事業船舶として、主に自衛隊の部隊輸送や災害被災地の生活支援などで使用されています。
総トン数は1万7300トン。航海速力は29.4ノット(約54.45km/h)で、就航当時は国内の大型フェリーで最速を誇りました。人員507名、車両約100台(長さ10m換算)を輸送可能な規模の船体でありながら、全長は199.45mに抑えられています。これにより来島海峡航路での夜間航行禁止など、全長200m以上の船舶(巨大船)に適用されるさまざまな制約を受けないため、日本各地へ迅速に部隊を送り届けることができます。
そもそも防衛省が「はくおう」のような民間保有のPFI船舶を多用するようになった背景には、自衛隊の輸送艦不足が大きく影響しています。
防衛省・自衛隊が自前で船舶を調達し、維持・管理する場合、運航や整備などに従事する海上自衛官を増員し、所要の教育訓練を実施するとともに、個別の船舶について整備器材の確保も含めて、維持・管理を行う必要があります。
2023年現在、海上自衛隊には基準排水量8900トンのおおすみ型輸送艦が3隻ありますが、本土から離れた南西諸島へ地上部隊を機動展開させようとすると、数が足りません。
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2023年1月28日、東京港の中央防波堤内側地区に接岸したフェリー「はくおう」(深水千翔撮影)。
また、防衛省では陸海空自衛隊の統合部隊として「海上輸送部隊」の新設を計画していますが、そこに配備される予定の輸送艦も2000トン程度の中型クラス船舶(LSV)と数百トン程度の小型クラス船舶(LCU)、そして輸送能力約60トンの機動舟艇で、これらは車両・人員の大量輸送には向かないでしょう。
一方で大型フェリーが数多く就航している民間の定期航路は、旅客と貨物の輸送がメインであり、船体整備やドック入りも含めて綿密な計画に従って運航しているため、自衛隊が使うには制約があります。
そのため、防衛省は大型かつ高速のフェリーを訓練や災害派遣などの緊急時に自衛隊が優先的に運航できるよう、PFI事業契約を高速マリン・トランスポートと結んでいるのです。
ちなみに、「はくおう」と共に七尾港に接岸した「ナッチャンWorld」(1万700総トン)も高速マリン・トランスポートが保有しています。こちらはウォータージェット推進により、航海速力36ノット(約66.67km/h)と快速なのが特徴で、今回は被災地に派遣されている国と県内外の自治体職員が、情報収集・共有をする災害対策拠点として活用されています。
この2隻を防衛省はPFI契約に従って使用することができます。ちなみに契約額は約250億円、契約期間は2016年3月から2025年12月末です。
2隻は民間船のため、運航するのは民間船員ですが、仮に有事が発生し民間事業者が運航できない状況に陥った場合には、防衛省が船舶そのものを借り受け、自衛官が乗り込んで、自衛隊として独自に船舶を運航できることになっています。
このように、すでに約7年もの実績がある高速マリン・トランスポートとのPFI事業契約。防衛省ではどのようにとらえているのか、当該部署へ聞いてみたところ「PFI船舶の導入により、民間船舶の調達・維持・管理を効率的・効果的に行うことができ、国による業務負担が軽減されたとともに、長期間にわたって、安定的に海上輸送力を確保することができた」との回答でした。
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防衛省のチャーター船「ナッチャンWorld」。写真は2019年に横浜港へ来航した際のもの(画像:国土交通省関東地方整備局)。
たしかに「はくおう」は、内装にこだわりを持つ新日本海フェリーが整備した客室やレストラン、大浴場などの船内設備をそのまま使えるという点が大きなメリットだといえるでしょう。実際、2016年の熊本地震ではホテルシップとして活用されたほか、2020年2月には横浜港の本牧ふ頭に接岸し、船内で新型コロナウイルスの集団感染が発生したクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」への対応に当たる自衛隊員の活動拠点にもなっています。
防衛省は「2016年3月から2025年12月末までの事業期間において、さらなるPFI船舶を導入する予定はない」としながら、「次期契約については、防衛力整備計画において、海上輸送力を補完するため、車両とコンテナの大量輸送に特化したPFI船舶を確保するとしていることも踏まえ、自衛隊の輸送力と連携した大規模輸送を効率的に実施できるよう具体的な検討に取り組んでいく」としています。
なお、2024年度の防衛省予算案では「民間船舶を活用した輸送体制に空白を生じさせないよう、新たに2隻のPFI船舶を確保」することが明記され、費用として305億円が計上されました。
旅客の利用を前提に建造されたフェリーは広い船内スペースと多くの客室を備えていることから、被災者の宿泊を受け入れることができます。少しでも休められるような環境を整えることで、大規模災害で問題となっている避難疲れやストレスの軽減へ繋げることができるでしょう。
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防衛省のチャーター船「ナッチャンWorld」。ウェーブピアサーと呼ばれる独特の船型が特徴(画像:国土交通省関東地方整備局)。
ただ「はくおう」も「ナッチャンWorld」も水深の問題があり、きちんと岸壁が整備された港でなければ入港できません。
実際、過去の熊本地震において「はくおう」は八代港に入港し、熊本港で避難所となったのはより小さな九商フェリーの「フェリーくまもと」(1165総トン)と熊本フェリーの「オーシャンアロー」(1687総トン)の2隻でした。
日本の防衛だけでなく災害にも活用できるという点で、国の意思で派遣できる船舶がキープされていることは大きく、人の命を守ることにつながるのであれば、こうした取り組みを拡充することも選択肢として用意すべきではないかと筆者(深水千翔:海事ライター)は考えます。

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