「東海道五十三次」の静岡県内にある地点ごとに現在の注目スポット、グルメなどを取り上げる企画(随時掲載)の第2回は、県内2番目にあたる「沼津宿」。同宿場町は近くには「日本一深い湾」がある。水深200メートルからが「深海」とされる中、駿河湾は最深2500メートル以上。深海魚を新鮮に水揚げできる地の利を生かして、深海魚ブームを到来させた「沼津港深海水族館」を訪れた。(伊藤 明日香)
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■「深海のアイドル」メンダコ
薄暗い館内、展示されている常時100種以上の深海魚が、幻想的な雰囲気を醸す。2011年の開業時から働く飼育・展示マネジャーの塩崎洋隆さん(48)に話を伺った。塩崎さんは「深海生物というと、グロテスクな印象が強いが、色鮮やか、かわいい一面も知ってほしい」とほほえんだ。
深海魚ブームはもとより、メンダコを「深海のアイドル」にしたのもこの水族館だ。漁師からは「独特な臭いを他の魚に移す」と嫌われていたが、ふわりと漂う姿で一躍、人気に。記者は食べることが大好き。話はいつの間にか“脱線”し、味の話になっていた。深海生物を知る一環で、ゆでて食べたことがある塩崎さんは「塩辛いどころの騒ぎではない。かみ切れる感じがなく、食用に向いていない」と顔をしかめた。世界でも数人しか経験したことがないような知識を披露をされ、体は自然と前のめりになっていた。
■目玉展示は冷凍シーラカンス
同館の目玉展示は、3億5000万年前から生き続ける“生きた化石”シーラカンス。冷凍標本2体、剥製(はくせい)3体があり、冷凍個体の展示はここだけ。食べることが大好きな記者(2回目…)。また味の話に。塩崎さんによると魚類研究家の論文で水っぽく、筋が多くて無味、濡れた歯ブラシとたとえられていたとのこと。「古代生物だからか。人間がうまみを感じるアミノ酸が入っていないそう」と補足情報を付け足してくれた。
「深海魚はまずいのか…」という表情を浮かべていたと思われる記者を見かねて、塩崎さんはキンメダイなど高級魚の名を挙げ、「(深海は)餌も少なくて、魚はあまり動かない。脂がのったものが多い」とアピール。他にも、多くの“脱線話”に付き合っていただいたが、その知識量に圧倒され続けた。
取材で、同館が及ぼす影響が大きいと知った。展示されている深海魚は、主に底引き網漁で駿河湾から水揚げされたものばかり。禁漁期間は例年5月から9月までだが、展示を目的とした水揚げは11月からが本格的になる。とはいっても水圧差で、生存確率は約2割程度とのこと。
禁漁時は入手不可能な上、水圧がないことで、長く生きられない魚もいる。だが、展示に穴を開けられない。長期飼育できるように餌、水温、照明を調整。同種でも別の調整を行い、蓄積した情報を延命につなげている。深海生物展示に興味のある他の水族館などとも情報共有し、深海魚の認知に一役買い続けている。日本、世界に影響を与えるスポットが静岡にあると知り、少し誇らしくなった。
◆沼津港深海水族館 年中無休で営業時間は午前10時から午後6時まで(時期によって変更あり)。入館料は大人(高校生以上)1800円、子ども(小・中学生)900円、幼児(4歳以上)400円。住所は、静岡県沼津市千本港町83番地。JR東海道線「沼津駅」南口よりバスで約15分「沼津港」で下車。
◆沼津宿とは 東海道五十三次の開始地点・日本橋から数えて12番目の宿場(県内では三島宿に続く2番目)。現在の沼津市大手町付近にあり、江戸時代は、伊豆方面からの物資を江戸などに運ぶ港として機能していた。狩野川河口から田子の浦まで15キロほど続く、全国松原100選の景勝地の「千本松原」が有名。1580年、武田勝頼が北条氏政との戦いに備え、伐採したが、のちに潮害に苦しむ農民の姿を見た増誉上人が一本一本を手植えしたといわれる。