NTT東日本、DX導入・伴走で建設会社の業務運営課題を解決

建築物の土台となる型枠をその場で組み立てていく型枠工事。その職人である日本の型枠大工は、世界でも最高級の技術を誇る。そんな彼らの勤怠管理など業務運営におけるDX化に取り組んだのが、神奈川県川崎市の雪平工務店だ。AI-OCRとRPAというDXツール導入で、昔ながらの習慣をどのように変えたのだろうか。

○■世界に誇れる日本の「型枠大工」とは?

型枠工事とは、鉄筋コンクリートで建物を建造する際の土台となる「型枠」を現地で組み立て、コンクリートを流しこんで成型する業務。土地に合わせて型枠をカスタマイズし、現地でハンドメイドしなくてはならない。地震大国日本で求められる垂直精度は±3mm以内と言われ、日本の型枠大工の技術力は非常に高い。

神奈川県川崎市の雪平工務店は、1957年の創業以来、そんな型枠工事の受注を専門的に取り扱ってきた工務店だ。現在、従業員数は35名、協力会社大工数は約60人。型枠大工の需要は変わらず多く、職人が仕事に困ることはない。

だが、建設業界全体は長年にわたり人手不足が続いている。職人を目指す人は減っており、技術継承や業務効率化のため、DXを進めているゼネコンも多い。だが、現場で働く職人の機械化はなかなか難しい。雪平工務店においてもそれは同様で、型枠大工の数もまた減少を続けている。

とはいえ、現場で働く職人の離職率は基本的に低い。職人の作業は8時頃始まり、5時30分頃には終わる。騒音が発生する仕事なので、業務は平日が主体。加えて、雪平工務店は福利厚生もしっかりしているため、仕事になじんでくれれば定着してくれるという。

そんな状況の中、雪平工務店は「手作業で実施されていた勤怠管理」「手集計での給与支給処理」といった現場が関わる事務作業のDX化を実行。AI-OCR、RPAなどを導入することで、業務稼働を約50%削減させることに成功した。

雪平工務店の代表取締役専務を務める雪平径延氏、および同社に勤務する雪平優子氏に導入の経緯と効果について伺ってみたい。
○■事務担当者の定年退職をきっかけにDX化を推進

「業務の効率化を考えたきっかけは、長年業務を支えてくれた事務担当者の定年退職が2023年5月20日に決まっていたことです。人の手が足りなくなるのであれば、いっそのこと膨大な帳票類の処理をDX化しようと考えました。そこで2023年の初めごろ、これまでも社内のインフラ整備をお願いしていたNTT東日本 神奈川支店さんに相談を持ちかけました」(雪平工務店 雪平径延氏)

事務作業の負担軽減は、通常、事務担当者の削減にもつながりかねない。だが、定年退職で担当者が退職するのが分かっていたからこそ、雪平工務店は積極的にDX化を進めることができたとも言えるだろう。また、同氏はプログラムを勉強した経験があり、導入に前向きだったことも大きい。

同社では毎月25~30名ほどの職人が、「出面(でづら)」と呼ばれる出勤簿に日々の出勤状況や車両運転実績を手書きで記入している。これをもとに事務担当者が手作業で表計算ソフトなどに入力・集計を行い、給与計算などを実施していた。また事業会計処理のために、発注者への報告用として、個人別だけでなく工事現場ごとの収支も併せて集計している。これらの事務作業には、約1週間の時間を要していたという。

こういった事務を効率化するためにNTT東日本が提案したのが、AI-OCR「AIよみと~る」と、RPAツール「WinActor(ウィンアクター)」だ。

「AI-OCR(AI Optical Character Recognition/Reader)」とは、手書き文字の認識・読み取りを行いデータ化するソリューション。一方、「RPA(Robotic Process Automation)」は、ソフトウェアロボット技術を用いて、PCで行う業務を自動化するソリューションを指す。

NTT東日本は、雪平工務店と情報のすり合わせやたたき台の作成を行い、最初のフォーマットを4月に完成させた。そこからRPAの“シナリオ”(RPAを使用する際に必要となる処理の手順や段取り)を作成し、5月20日からトライアルがスタート。6月中にはシナリオが完成し、そこから3カ月間は従来の作業と並行して運用、9月に実導入された。

○■業務に合わせてカスタマイズされたAI-OCRとRPA

わずか半年という短期間で導入されたAI-OCRとRPAだが、DX実現のため、その間には数多くの工夫があった。

例えば、各帳票には文字や数字だけでなく“○(丸)”のような記号も含まれる。これはOCRで“2”や“9”といった数字に認識されやすいが、その項目に数字は入らないという特徴を踏まえ、読み取り後にすべて“○(丸)”に自動変換するという設定が加えられた。

また、手書き文字は枠外からはみ出しやすく、逆にそれを避けるために小さな文字になってしまう場合もあるが、OCRはそういった文字を読み取るのが苦手だ。そこで枠自体を大きくした帳票を新たに作ったり、出退勤が提示通りだった場合は“定時”という項目に印をつけるようにしたりして、読み取り精度を上げるというアイデアで乗り切った。

さらに、認識精度や入力内容が怪しい項目は赤いマークがつけられるという設定も行われており、事務担当者の確認もそういった項目を重点的に行えば良い仕組みになっている。

AI-OCRを活用して入力されたデータをCSVに変換し、さらに表計算ソフトの各ファイルなどに自動で転記を行うのがRPAの役割。これまではさまざまな帳票の内容を人が判断し、ひとつの表データにまとめていったが、RPAはその判断と記載を自動的に行ってくれるわけだ。そして最終的に給与計算ソフトにも入力される。こういった一連の流れを“シナリオ”として作り込んでいった。
○■型枠工事の現場DXが最大の課題

こうしてAI-OCRとRPAを活用し、出勤簿の文字認識・データ化、集計作業や給与計算の自動化などの業務効率化を実現した雪平工務店。導入後、これまで約1週間かかっていた事務作業はおよそ2~3日まで短縮されたという。人件費の削減にもつながっており、その投資対効果を雪平径延氏は高く評価している。

だが、建設業界全体でのITの導入はまだまだ進んでいないのが現状だ。「IT関係に疎い業者さんは周囲にも多く、例えばインターネットからグリーンファイル(労務・安全衛生管理書類)の提出などを行わなければならない場合、登録や申請の代行をお願いされることもあります」と、雪平優子氏は業界の内情について語る。

ゼネコンは比較的DXが進んでいるため、現場との温度差も生まれている。NTT東日本の担当者は「昔ながらの方法で仕事を続けている工務店さんは、まだ拒否反応が強いのが現状です。雪平工務店さんの場合は、専務がITに詳しかったからこそスムーズに導入が進みました」と話す。雪平工務店は業界ではIT導入の先端にいる企業と言えるだろう。

雪平工務店でも、『コワークストレージ』を使ってスマートフォンで撮った写真を共有すると言った、ゼネコンに近い取り組みは行っている。だが現場の職人がどこまでデジタル化に対応してくれるかは未知数だという。

「私は、今後5~10年で建設業界の事務処理は大きく変わっていくと思っています。ですがネックなのは現場の効率化です。現場では建物に合わせて木を切ったり組み立てたりする作業があって、それ用の図面があります。でもゼネコンさんから来る図面と、実際に型枠職人が現場で使う図面は違うんですよ。この図面変換をいまは職長が行っていますが、今後自動コンバートできないかなと考えています」(雪平径延氏)

ただしコンバートを自動化すると、今度は職長が図面に触れないまま現場に入ることになってしまい、指示・管理が難しくなる可能性もある。これは型枠業界にとって大きなジレンマだ。建設業界だけでなく、IT業界などの協力も得た上で、より良いDXが実現することに期待したい。

最後に、NTT東日本は次のように述べる。

「建設業界のみならず、まだまだデジタルが苦手という中小企業さんも多いと思いますし、それぞれの業界ならではの課題もお持ちだと思います。われわれはそういうIT導入へのハードルを少しでも少しでも下げてほしいと思っていますし、そういう企業さんと伴走したいと思っています。今回の雪平工務店さんの事例は、他の工務店さんの参考となる事例だと思いますので、DXの推進をお考えの際は、いつでもお声がけください」(NTT東日本)

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