「市街戦を想定した射撃訓練です」。台湾南部・高雄市立三民高校では、生徒たちがエアガンを構えて中国軍の侵攻に備えた軍事訓練を行っている。反戦的な平和教育に慣れ親しんでいる日本人には戸惑う光景だ。複数のシナリオ 中国軍の威嚇行為に加え、ロシアがウクライナに侵攻したことで、台湾では「国防意識」が高まった。軍事知識を教える民間団体の講座にも参加者が絶えない。 台湾軍報道官は「最近の中国軍の演習から判断すると、中国は他国の軍事介入を先に封じ込める構えだ。台湾とともに在沖縄米軍基地や、自衛隊駐屯地のある南西諸島が攻撃目標となる可能性もある」と、多面的侵攻を予想する。日本が自国の領土を攻撃されたと判断し「武力攻撃事態」と認定すれば、個別的自衛権を行使し得る。 ただ日本を巻き込めば侵攻作戦が複雑化するため、中国は台湾だけを攻めるとみる専門家も多い。その際、台湾周辺の米軍が攻撃を受け、日本の存立が脅かされる明白な危険が生じれば「存立危機事態」と見なして集団的自衛権を行使することが可能になり、反撃も視野に入る。 しかし、米国が攻撃されていないのに米軍が積極的に介入したとき、日本は集団的自衛権を行使できるのか。自らの安全に重要な影響を与える「重要影響事態」と認定された場合、米軍の後方支援などは可能になるが、行使はできない。 安倍晋三元首相は生前「台湾有事は日本有事であり、日米同盟の有事でもある」と語ったが、日本や同盟の有事になるかどうかは台湾有事の形態次第なのだ。事態認定を巡り、自衛隊の武力行使の承認に当たる国会で混乱する可能性もある。高校生の軍演習 台湾は過去、大陸に近い金門島で砲撃戦を展開するなど、中国と長らく敵対した。1979年に中国が平和統一路線へ転換した後も、一部の高校生らは対中戦を想定して軍の実弾演習に参加してきた。 有事の際は自衛隊が応援に来ると期待する声もあるが、日米を含め大半の国と正式な国交を持たない現状では、援軍を得られる保証はない。三民高校で訓練をしていた女子生徒は「まずは自分たちで守ることが重要です」と力を込めた。 生徒指導に当たる蕭岳晋主任教官(44)は「生徒は国際情勢の講義を受けており、台湾を取り巻く緊迫した情勢をよく理解している」と語る。高校で殺傷兵器の使い方を学ぶことに反対の声はないという。 軍事威嚇に慣れている台湾人は、2022年8月のペロシ米下院議長(当時)の訪台直後の中国軍の演習にも動じなかった。政府系シンクタンク、国防安全研究院による23年3月の意識調査では「中国が武力侵攻してきたら台湾防衛のために戦うか」との設問に、73%が「戦う」と答えた。 中国は脅しが利かなくなっている状況にいら立っている。中国軍筋は「台湾本島への全面侵攻ではなく、東沙諸島など離島攻撃・占領も想定にある」と明かす。離島攻撃は「台湾独立派」への威嚇に効果的な上、米軍は助けに来ないと踏んでいるからだ。念頭に平和統一 中国軍は27年の軍創設100周年までに「外国軍の介入を阻止し、短期間で台湾を制圧する全面侵攻能力を獲得する」(台湾軍)とみられ「台湾有事27年説」の根拠ともなってきた。 ただ中国軍にとって「能力の獲得」イコール「軍事行動」ではない。習近平国家主席も23年11月の米中首脳会談で、27年の台湾侵攻について「そうした計画はない」と否定してみせた。 全面侵攻すれば米軍の介入が見込まれる。制空・制海権の掌握、上陸作戦、暫定政権樹立-というプロセスでつまずけば、共産党政権が崩壊しかねない。ウクライナの戦闘長期化で侵攻の難しさも自覚し、平和統一をなお念頭に置いている。 いったん悲惨な戦争が起きれば誰もが敗者になる。有事は事後ではなく事前の回避策こそ重要だ。中国に侵攻の口実を与えず「武力行使は代償が大きい」と思わせ、反発を招かない形で抑止力を高める知恵が求められる。自衛意識の高まりも侵攻を防ぐ力になる。 日本についても同じことが言えそうだ。防衛省防衛研究所の杉浦康之主任研究官は「(有事を防ぐには)反撃能力(敵基地攻撃能力)だけでなく総合的な国力を高め、日米同盟を強化し、同志国との連携を強化した上で、中国と対話することが欠かせない。日中のパイプは米中に比べるとまだ細い」と指摘した。石垣、自衛隊駐留に賛否 全島民の避難「非現実的」 「われわれはこの島と皆さまを守るため、誤った考えを他の国に起こさせないため、戦場にさせないために体と心を鍛えている」 2023年10月、石垣島。3月に開設した陸上自衛隊駐屯地が初めて一般開放され、トップで八重山警備隊長を兼ねる井上雄一朗1等陸佐が胸を張ってあいさつした。台湾から程近く、東シナ海を挟んで中国と向き合う「南西シフト」の最前線。離島防衛を想定した訓練を公開し、ミサイル部隊も披露した。 娘連れで見学に来た50代の女性は「中国の軍備増強を考えると、自衛隊配備はやむを得ない。ただ武器が実際に使われないことを望んでいる」と話した。 有事の際、住民はどうなるのか。政府は約12万人を対象に先島諸島から九州に避難させる計画。戦時中、疎開船で兄を亡くし、自身は家族と山中で生き延びた石垣市の山里節子さん(86)は懸念を深める。「戦場になったら狙われるのは駐屯地。敵も味方もない。全島民避難は非現実的だ」 南西諸島では、日本最西端の与那国島、奄美大島、宮古島に続く石垣島の部隊新設。23年10月には、全国で行われた米軍との共同訓練の舞台にもなった。 自衛隊誘致活動を行ってきた八重山防衛協会の元幹部で、石垣市議の砥板芳行さん(54)は「反撃能力(敵基地攻撃能力)保持は明らかに専守防衛からの逸脱。軍事力強化ばかり叫ばれ、台湾有事や日中の衝突を避ける外交努力が見えないのが一番の問題」と強調した。台湾有事は日本有事なのか 台湾で進む中国軍侵攻への備え 事前…の画像はこちら >>
台湾南部・高雄市立三民高校で、軍派遣の教官から銃器の授業を受ける生徒たち(共同)
昨年10月の一般開放で陸上自衛隊石垣駐屯地を訪れた人たち。後方は「12式地対艦誘導弾」(左)と「式中距離地対空誘導弾」=沖縄県・石垣島
想定される有事シナリオのパターン