シャブ中極道の元妻として、瀕死の女性が死にゆくのを放置し、遺体を実家近くの山林に遺棄した女が報道陣を前に見せた満面の笑みとは何だったのか…。愛知県の女性が東京で行方不明になり、2年後に秋田の山林で変死体で見つかった事件は、死体遺棄にとどまらず保護責任者遺棄致死という重罪に“昇華”した。主犯は覚醒剤常習者の元ヤクザ、従犯の元妻はかつては弟思いの「ボランティア少女」だった。
事件を簡単におさらいしよう。被害者のAさん(愛知県一宮市)は好きなバンドのライブ鑑賞のため2021年6月に上京、息子とも会う約束をしていたが、連絡が取れなくなった。当時48歳のAさんは上京時には派遣型風俗店で働いており、同月27日午後6時過ぎに埼玉県川口市内のホテルに客と一緒に入室していたことがわかっていた。
井上大輔被告(知人提供)
息子は早い段階で警視庁小金井署にAさんの捜索願いを出していたが捜査は難航、約2年後の今年5月9日、秋田市金足下刈雨池の雑木林で箱の中にコンクリート詰めにされた状態で見つかった。遺体は衣服をつけたままで、長期間低湿状態で放置された場合に起こる屍化が進んでいた。この事件で警視庁捜査1課は6月7日、Aさんの「客」であった元暴力団員、井上大輔(49)と元妻の土岐菜夏(35)ら5容疑者を死体遺棄容疑で逮捕、7月12日に2人を含む3人を保護責任者遺棄致死容疑で再逮捕した。
土岐被告
冒頭の「満面の笑み」とはこの再逮捕時に小金井署に移送される際、捜査車両から出てきた土岐容疑者がテレビカメラに気づいて浮かべたものだ。死体遺棄罪で起訴されていた3人のうち、東京地検立川支部は8月2日、井上被告を保護責任者遺棄致死の罪で追起訴、土岐被告ら2人を保護責任者遺棄ほう助の罪で追起訴した。
起訴状などによると、井上被告は2021年6月27日午後6時すぎ、埼玉県川口市のホテルにAさんと入室。28日午前4時すぎにAさんが意識障害や脱力状態で動けない状態になったが、医療措置を受けさせないまま30日朝ごろまで放置し、死亡させた。井上被告が覚醒剤使用の発覚を免れるため、体調を崩したAさんを放置したとみられる。井上被告は同年冬に別の覚醒剤取締法違反容疑で逮捕、起訴されていた。Aさんの死因は司法解剖ではわからなかったが、遺体からは覚醒剤成分が検出されており、井上被告は任意捜査段階で「2人で覚醒剤を使った後に女性が倒れた」と供述していた。Aさんが意識不明になってから死亡し、遺棄されるまでの経緯は♯6に詳しい。当初Aさんは薬物を摂取後に体調が急変して死亡、井上被告が引越し業者の同僚だった菅原和宏被告(44)=死体遺棄罪、保護責任者遺棄ほう助罪で起訴=をホテルに呼び出して遺体を土岐被告の自宅に運び、駐車場やコンテナなどで保管した後、同年9月に秋田市の雑木林に穴を掘って埋めたとみられていた。しかし、Aさんはホテルから土岐被告の自宅に運ばれる前に、引越し業者の事務所(埼玉県川口市)でオムツをした状態で“管理”されていたという。当時の元同僚は集英社オンラインの取材に、こう証言していた。
井上被告が知人女性(♯3参照)に送ったLINE(知人提供)
「Aさんを運んでいるのを見たんですよ。事務所は2DKのアパートで、一部屋を仕事用、もう一部屋を井上の部屋という感じにしていました。21年の6月末か7月の半ばまでのことだったと記憶しているんですが、ある朝、その井上の部屋で誰かが寝ていたんです。のれんがかかっていたのと薄暗くてはっきり見えなかったんで、『下田(※死体遺棄の容疑で逮捕、起訴された同僚)が寝てるんですか?』と井上に聞くと『後輩のヤクザから預かってる女だよ』と言われたんです。しかもオムツが床に転がっていて、これはシャブ絡みのトラブルだな、と直感しました。井上が覚醒剤をやっていたのはみんな知ってましたから」
土岐被告は秋田の出身で、遺棄現場の土地も土岐被告が2021年12月に購入していたものだ。このあたりの経緯は♯2に詳しい。秋田の短大時代にマザーテレサの著書を読んで「平和に目覚めた」として長崎に移住、離島で診療所に就職したり、さまざまなボランティア活動に従事した土岐被告は、紆余曲折のうちに井上被告と結婚、凶悪事件の片棒を担ぐまで転落した。しかし、その残虐な二面性は小学校当時から萌芽しており(♯4に詳述)、その壮絶な「イジメ」の被害にあった女性はこう証言していた。
幼少期の土岐被告(知人提供)
「土岐が私の通っていた小学校の同じクラスに転校してきたのは、4年生の終わりごろでした。転校初日なのに物怖じせず大きい声でしゃべり、クラスの中心的な人たちとすぐに仲良くなって、派手な女の子たち6人組でよくつるんでいました。5年生になると私の名前をかたっていろんな男子宛にラブレターが届くようになり、他のクラスにまで出回るようになりました。それが何度も続くようになって、一時期問題になったことがありました。当然、それは私が書いたものではなく、筆跡は明らかに土岐のものでした。この件については本人はヘラヘラ笑いながら“自白”したものの、担任の高齢女性教師は何も対応してくれませんでした。先生は当時、土岐のグループに『クソババア』『息が臭い』とかなじられていたのでなるべく逆らわないようにしていたんです。私へのイジメはそれからエスカレートして、ランドセルと習字道具がロッカーに瞬間接着剤で貼り付けられてしまったり、プールの授業前に土岐たちに教室の真ん中で羽交い締めにされて、男子もいる前で服を剥ぎ取られたこともありました。給食の時間も地獄で、土岐のグループの残飯をトイレで無理やり食べさせられてました」この女性の証言は、苦しむAさんを死ぬまで放置した土岐被告の残忍さを彷彿とさせるようでもある。土岐被告の住んでいたさいたま市のアパートに住む70代男性は、再逮捕時のスマイル画像を見ながらこう嘆息した。「ふだんもこんな風に笑うんだけど、なんでこんな笑顔で……ほんとになぁ、優しい子だったのに……。今思い返してもあんなニュースになるようなことする子には思えなかったんだけどね……。いつもニコニコしていてハキハキしゃべってた」
Aさんが変死体で発見された秋田の現場(共同通信)
死体遺棄容疑での逮捕から6カ月が過ぎた。冷たい塀のなかで、シャブ中の元ヤクザとその元妻は何を思うのか…。
取材・文/集英社オンライン編集部ニュース班