6月14日午前9時8分、岐阜市の陸上自衛隊日野基本射撃場で高校を卒業したばかりの自衛官候補生A(18)が教官ら3人の自衛官に向かって自動小銃を発砲、2人が死亡し1人が重傷を負った。その後、Aは殺人などの容疑で送検され、刑事責任能力の有無を問う鑑定留置が続いている。
事件は候補生たちを「一人前」の自衛官にするための訓練中に起こった。午前8時、Aを含めて約70人の候補生に教官や隊員約50人を加えた約120人が参加した訓練が始まり、同9時ごろから89式自動小銃の実弾射撃の「検定」を始めた直後のことだった。Aが突然3人に向けて計4発を発砲、教官の菊松安親1曹(52)が胸に2発、八代航佑3曹(25)がわき腹を撃たれて死亡、左太ももを撃たれた原悠介3曹(25)が全治3カ月の重傷を負った。
事件発生時、入り口に集まった自衛隊員 (写真/共同通信社)
教官や先輩に凶弾を浴びせたA容疑者は、子だくさんの複雑な家庭環境で育ち、教師や大人を毛嫌いして歯向かうようなところがあったという。実家は岐阜県南西部ののどかな農村地帯にあり、事件発生当時の取材に近所の男性はこう答えていた。「Aくんは6人きょうだいの上から3番目のはず。一番上がお姉ちゃんで20代後半、あと、20代前半のお兄ちゃんと、高校生と中学生の弟がいて、一番下が妹さんだと思う。お父さんはトラックの運転手で、お母さんは結構若い印象だね。まだ子どもがちっちゃいときに引っ越してきたから、ここに住んで10年から15年くらいになるんじゃないか。ただ、近所づきあいをしたくないのか、ゴミ清掃の集まりなんかにもまったく顔を出さないな。今何人が住んでるのかはわからないけど、子どもがたくさんいるのは近所の人はみんな知っているよ。まだ男の子たちが小さいころは兄弟で田んぼをのぞき込んだり、庭先でよく走り回ったりしていたよ」
少年時代のA(知人提供)
幼いころからA容疑者を知っている同級生の母親もこう話していた。「Aくんと息子は保育園と小学校が一緒でした。ただ、保育園にはAくんとすぐ下の弟さんが一緒に通っていたんですが、急に2人とも辞めたんです。あのご一家はお子さんが多くて生活もかなり苦しくて、小さい子どもたちは全員、児童施設に預けられたと聞きました。でもAくんが小学3年生になると戻ってきて、息子と同じ小学校に転入してきたんです。手当などが出るようになって、子どもを育てる余裕ができたから施設から帰ってきたと聞きました。そういう過去もあってか、Aくんが先生や大人を毛嫌いしてるところは当時からあったようで、友達とは上手く接しても、先生とはよく言い合いをしたり、もめていたと聞いてました」
多感な中学生時代になると不登校気味になったA少年は、里親の元から県内の高校に通学していた。当時の様子を聞こうと実家からそう遠くない里親宅を訪ねたが、出てきた年配男性は「せっかく来てもらって悪いが、守秘義務があるので答えられない」と繰り返すばかりだった。しかし高校時代には親友もでき、趣味のロードバイクやアルバイトに精を出すなど、活発な一面ものぞかせていたという。高校時代の親友は当時、こう語っていた。「Aはおちゃらけキャラというか、お笑いキャラというか、話し方も陽気でムードメーカーという感じでした。みんなにも好かれていたし、先生とも気軽に話す、本当に普通の生徒でした。僕は小、中学も一緒だったのですが、仲良くなったのは高校になってからです。クラスが一緒になったことはなかったのですが、放送部で一緒だったのでずっと仲良くしていました。二人とも漫画が好きでその話をしたり、シューティングゲームが好きでよく話題にしていました」
Aの実家(撮影/集英社オンライン)
この親友とはラーメン店などアルバイト先も同じで、自衛隊志望のことも経緯から詳細に知っていた。「僕がAくんから自衛隊に入りたいという話を聞いたのは高1のころだったと思います。『寮生活をしてみたい』『家を出たい』というのが理由だと言っていましたが、いずれにしてもかなり早い時期から自衛官を志望していたのは間違いありません。彼の誘いで高2か高3のころに、岐阜県内の自衛隊基地の見学会に、僕も一緒に行きましたから。その後も自衛隊に入りたいという思いは強かったようで、入隊試験の冊子を見て熱心にメモをとる姿を見かけました。自衛隊で何かしたいというよりは『早く家を出て自立したい』という意味合いが強かったと思います」
おちゃらけキャラだったA(知人提供)
一方で当時のアルバイト先のラーメン店の店長は、こう噛みしめた。「事件直後は取材の方もたくさん来られて、テレビや新聞や週刊誌の記者の方たちの名刺で山ができるほどでした。それからはパッタリ取材の方も来なくなってましたが、2日前に久しぶりにテレビの方が来られました。事件の振り返りみたいな形なんでしょうね。ウチの店にAがいたのは3ヶ月程度でしたから、キレたりしたことはありませんでした。けど、いろいろな報道を見てると我慢してた部分もあったのかなって思ってしまいましたね。ウチではちゃんとやってくれてたんですけどね。もう周囲でも話題にする人もいなくなったけど、やっぱりAについてネットニュースなんかが上がってるとつい気になって見ちゃいますよね。今、精神鑑定中でしたっけ? 結果がどうなるにせよ、自分がやったことに向き合ってほしいとは思いますね」
防衛省
正義感が強く、運動神経抜群だったA少年の居場所は結局、実家にも自衛隊にもなかったのだろうか。鑑定留置は年明けの1月18日まで。岐阜地検の判断が注目されそうだ。