前回は保証の最新動向について解説いたしました。今回は、社債を発行する中小企業向けに信用保証協会が提供している、特定社債保証制度の適債基準について検討します。本稿で適債基準を取り上げる理由はふたつあり、ひとつは適債基準を満たすことで経営者保証が不要な融資商品を利用することができるから、もうひとつは金融機関が私募債を引き受ける企業の経営規模について適債基準を分析することでイメージすることができるからです。
東京信用保証協会のWebサイトに特定社債保証のパンフレットが掲載されています。適債基準に関する記述を引用すると「経済産業省令で定める資格要件で、「特定社債保証」のご利用にあたって、最低限必要な財務基準」だと書かれています。具体的には直前の決算で、下表の基準(1)から(3)について、【1】の要件を満たす中小企業で、【2】または【3】のいずれかを満たし、かつ【4】または【5】のいずれかを満たすことが求められています。
適債基準の各項目を算出する式は下記の通りです。
【2】自己資本比率=純資産の額÷(純資産の額 + 負債の額)× 100
【3】純資産倍率=純資産の額÷資本金
【4】使用総資本事業利益率=(営業利益 + 受取利息 + 受取配当金)÷資産の額× 100
【5】インタレスト・カバレッジ・レーシオ=(営業利益 + 受取利息 + 受取配当金)÷(支払利息 + 割引料)
自己資本比率は、2020年の東証一部上場企業の平均で30%と言われている(記事はこちら)ので、適債基準で定められている水準は上場企業と比較して純資産の割合が小さくてもよいことになります。純資産倍率は、繰り越してきた利益剰余金の厚みが審査の上で期待されていることを示しており、創業以来継続的に積み上げてきた利益の合計をチェックすることで、返済能力を判断していると言えるでしょう。使用総資本事業利益率とインタレスト・カバレッジ・レーシオは、企業の利益を稼ぐ力や利息の支払い能力を示します。
適債基準の具体的な利用シーンを知るためには、東京信用保証協会の「経営者保証を不要とする保証の取扱いについて」という文書を確認します。長くなるので内容を一部抜粋しますが、信用保証協会へ保証を申し込む際、「次のア~エのいずれかに該当する法人の場合、経営者保証を不要とする保証の取扱いをすることができます」と書かれていて、「イ.財務要件型」の項目に適債基準が引用されています。
イ.財務要件型
直近決算期において特定社債保証制度(私募債)と同様の財務要件を満たしていること。
※詳細は適債基準をご参照ください。
※「財務要件型無保証人保証制度」または東京都制度融資「事業承継」の「経営者保証不要型」でのみ利用することができます。
※「財務要件型無保証人保証制度資格要件確認書」のご提出が必要となります。
「ア.金融機関連携型」「ウ.担保充足型」「エ.その他」の転記は省略しますが、経営者保証を不要とするためのアプローチが複数あるので、財務要件を満たさない場合でもチャンスはあります。
適債基準を満たし、特定社債保証制度を利用できる企業の規模を推定するために、具体的な数字を当てはめてみます。基準(1)を紐解きます。
【1】純資産額が5,000万円で【2】自己資本比率が20%だと仮定したとき、負債の額は2億円、総資産は2億5,000万円になります。【3】純資産倍率は、同様に【1】純資産額が5,000万円と仮定したとき、資本金が2,500万円の場合に条件を満たします。資本準備金は資本金の2分の1を超えて計上できない制限があるので1,250万円が限界です。残りの1,250万円は利益剰余金で構成されることになります。新株予約権が1,250万円のケースも適債基準をクリアするように見えますが、制度の趣旨を考えればトリッキーでしょう。
【4】使用総資本事業利益率は10%を求められているので、ここまでの推計をもとに使用総資本が2億5,000万円と仮定すると、営業利益が2,500万円になります。【5】インタレスト・カバレッジ・レーシオは2.0倍以上が要求されています。乱暴な仮定ですが、負債2億円が全て融資で金利が2%と仮定すれば、支払利息は400万円です。営業利益2,500万円を支払利息400万円で割って、インタレスト・カバレッジ・レーシオは6.25倍となりますので基準を満たします。
2021年に経済産業省が行なった「企業活動基本調査」によれば、主要産業における売上高営業利益率の平均値は3.2%ですから、営業利益2,500万円を生み出すことができる企業の平均像は、売上高7億8,125万円の規模となります。つまり、前掲の東京信用保証協会のパンフレットの情報を加味すれば、「売上高8億円弱、営業利益率3%強、負債2億円、純資産5,000万円」の企業が期間2年で3,000万円の私募債を申し込むことができると推測することができます。
筆者がメガバンクの法人営業担当者に銀行引受私募債について相談した際、「純資産1億円を目指してください」と言われた経験があります。実務では適債基準に加えて金融機関毎に独自の判断基準があると思いますが、参考情報として捉えていただければ幸いです。基準(2)と基準(3)に関する試算は割愛します。
特定社債保証制度の適債基準に関する考察は以上です。次回は「2023年版財務担当者へお薦めする参考文献」と題して、今年筆者が読んだ資料を紹介いたします。
→前回連載「東大発ベンチャー現役CFOが教えるデットファイナンス入門」はこちら
千保理 せんぼただし ロンドン日本人学校中学部、東京学芸大学教育学部附属高等学校、東京大学経済学部経済学科を経て、東京大学大学院経済学研究科修士課程企業・市場専攻修了。専門は企業金融(コーポレート・ファイナンス)。生命保険会社のシステム子会社にて勤務した後、東京大学発IT系ベンチャー企業にCFOとして参画し、2022年に独立。未上場企業の融資による資金調達を得意としており、会計ソフトウェア会社やベンチャーキャピタルが主催する起業家向けの財務経理セミナーの講師を務めている。著書(共著)に千保理・滝琢磨・辻岡将基『~事業拡大・設備投資・運転資金の着実な調達~ベンチャー企業が融資を受けるための法務と実務』(第一法規、2019)がある。 この著者の記事一覧はこちら