オーストラリアが韓国の装甲車129両を導入する大型契約を締結しました。タイヤで走る装輪式よりも重くて遅い、いわゆるキャタピラのついた装軌式です。世界では、機動性に優れる装輪式が重視されてきた傾向が、いま変わってきています。
韓国の重工業メーカー、ハンファ・ディフェンスは2023年12月8日、同社のオーストラリア法人ハンファ・ディフェンス・オーストラリアがオーストラリア国防省との間で、歩兵戦闘車AS21「レッドバック」を供給する制式契約を締結したと発表しました。
ドイツ製より「韓国製」装甲車 豪州が3500億円の大型契約 …の画像はこちら >> オーストラリアに採用されたAS21「レッドバック」(画像:ハンファ・ディフェンス)。
AS21はオーストラリア陸軍のM13装甲兵員輸送車などを更新する「ランド400フェーズ3」に基づいて導入されるもので、オーストラリア国防省は今年7月27日に、ハンファ・ディフェンスを優先交渉対象者に選定していました。
その最終候補としてAS21のほか、ドイツの老舗装甲車両メーカーであるラインメタルが提案した最新鋭装甲車「リンクスKF41」が選定され、オーストラリア国内外で各種評価試験が行われてきました。その結果、オーストラリア国防省はAS21に軍配を上げ、今回の契約締結に至ったというわけです。
オーストラリア陸軍向けのAS21の調達数は129両で、生産はハンファ・ディフェンスが同陸軍に採用されたK9自走砲を生産するため、オーストラリアのビクトリア州ジーロング市に建設中のH-ACE(Hanwha Armored Vehicle Center of Excellence)工場で行われる予定。生産は2028年まで継続されます。
今回の契約額は3兆1649億ウォン(約3005億円)規模と巨額ですが、この金額もさることながら、AS21の入札額がリンクスKF41よりも高かったにもかかわらず、オーストラリア国防省が性能面をリンクスKF41より高く評価して、AS21を選定したこととオーストラリアメディアが報じており、韓国メディアはこれを好意的にとらえています。
AS21は韓国陸軍が運用しているK21歩兵戦闘車をベースに、装甲防御力の強化や、新設計の2人用砲塔「T2000」の搭載といった改良を加えて開発されています。
戦闘重量は42tで、乗員は3名+下車歩兵8名の計11名。最大速度は65km/h、航続距離は520kmと発表されています。戦闘重量はK21(25t)に比べてかなり大型になっている反面、下車歩兵の収容人数はK21の9名から8名に減少していることなどから、K21に比べて装甲防御力が大幅に強化されているものと考えられます。
武装は30mm機関砲1門と、7.62mm機銃1挺、76mm発煙弾発射装置で、オプションとしてアメリカ製の「ジャベリン」ならば1基、イスラエル製の「Spike-LR」ならば2基の対戦車ミサイルランチャーや、車内から操作できる12.7mm機銃を搭載できます。
また、レーダーと光学センサーで自車を攻撃してくる対戦車ミサイルなどを探知し、飛翔体を発射して迎撃する、イスラエルのエルビット・システムズ製のアクティブ防護システム「アイアンフィスト」と、乗員が車内からヘルメットのバイザーを通して、車外の360度全周を監視できる状況把握装置「アイアンビジョン」の装備が予定されています。
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AS-21の原型となった韓国のK-21歩兵戦闘車(竹内 修撮影)。
筆者(竹内 修:軍事ジャーナリスト)は2019年10月、韓国の城南市にあるソウル空港で開催された防衛装備展示会「ADEX2019」で初めてAS21の実車を目にしていますが、その後2022年6月にフランスのパリで開催された防衛装備展示会「ユーロサトリ」で展示された車体は、砲塔の形状などが異なっていました。
ハンファ・ディフェンスやオーストラリア国防省が公開した評価試験中の画像のAS21は、「ユーロサトリ2022」で展示された車体に近いという印象を受けました。
AS21などの歩兵戦闘車は、装甲兵員輸送車のように歩兵を運ぶばかりではなく、搭載する強力な火砲やミサイルにより、積極的な戦闘参加を前提としている装甲車です。装甲車には無限軌道(キャタピラ)によって走行する装軌式装甲車と、96式装輪装甲車のように、タイヤの付いた車輪で走行する装輪式装甲車がありますが、AS21は前者にあたります。
歩兵戦闘車は基本的に戦車と行動を共にする装甲車のため、戦車と同じ装軌式装甲車であることが多いのですが、先進諸国の軍隊は対テロ戦などのいわゆる「非正規戦」が増加して以降、装輪式装甲車の整備に力を注いでいます。武装集団やテロリストなどが相手であれば十分な防御力を持ち、かつ機動性に優れる装輪式が重視され、歩兵戦闘車のような装軌式装甲車の整備は後回しにされる傾向が強くなっていました。
しかし、2020年代に入って、装軌式装甲車を整備する国が増えつつあります。
装軌式装甲車は装輪式と比べて重量の増加を余儀なくされますが、装甲防御力の強化がしやすく、また重量の嵩む大口径の砲や砲塔などを搭載しやすいという長所もあります。AS21はもちろんのこと、ハンガリーが導入したリンクスKF41や、チェコとスロバキアが導入した「CV90Mk.IV」などの新型歩兵戦闘車は、搭載する砲の攻撃力では及ばないものの、装甲防御力では戦後第2世代戦車に分類されるドイツのレオパルト1などをしのぐとも言われています。
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「ユーロサトリ2022」で展示されたAS21「レッドバック」(竹内 修撮影)。
こうした装甲防御力に優れた歩兵戦闘車を整備する国が増えている背景には、中国やロシアなどの脅威が高まり、国家対国家の「正規戦」が起こる可能性が高まったからなのではないかと筆者は思います。