3度結婚した父、歌舞伎町ホステスになった母 「乾いた筆致」で描く家族の物語…「父の恋人、母の喉仏」著者・堀香織さんに聞く

文筆家の堀香織さん(54)が初の自著となる自伝的エッセイ「父の恋人、母の喉仏 40年前に別れたふたりを見送って」(光文社・税込み1870円)を上梓した。3度結婚した父、歌舞伎町でホステスになった母…40年以上前に離婚した両親の波乱万丈な人生を、長女の視点から描いたものだ。家族とは何か。人を愛するということは何か。笑い、泣き、考えさせられる珠玉の一冊。240ページに込めた想いを聞いた。(加藤弘士)
◆書くことで“だちゃかん男”を肯定
堀さんは23歳で雑誌「SWITCH」の編集者兼ライターとしてキャリアをスタートし、映画監督やアーティストらの胸の奥へと迫り、描いてきた。初の自著は自伝的エッセイ。なぜ、家族をテーマにしたのだろうか。
「昔から『生と死』と『家族』という二大テーマに、強烈に惹かれるんですよね。死にゆく人たちには、必ず生きていた時代に“物語”がある。それを聴いたり知ったりするのが好きで。あとは、私の家族がちょっと特殊で、実の娘ながらに面白かった。例えば父親が3度結婚して、離婚して。そんな家族の思い出話を、以前から『ミクシィ』とかでちょこちょこ書いていたんです」
プロローグで堀さんは書く。「死にゆくふたりの中には、その数十倍の時間をかけて生きてきた、ひとりの女と男がしっかりと存在していた」と。多くの「子」にとって、父と母が男と女だった時代の事柄というのは、なかなか踏み込みにくいものだ。しかし堀さんは敢えてその炎の中に突っ込み、楽しく軽快に父と母、それぞれの恋物語を綴っていく。勇敢な一冊である。
「父が生まれ育った金沢には、“だちゃかん”という言葉があります。あらゆる事象や人などについて『駄目』『いけない』を意味する言葉なんですけど、父は結婚と離婚を繰り返す、だちゃかん男だった。一方で母も父との離婚後、何人かと恋をしていた。もちろん両親の離婚や不倫はつらかったですけど、『SWITCH』の編集部に入って書く人になった時に、ふと気づいたんです。もしかしたら私は書くことを通して、親のことを含めたつらいことを全て肯定していけるのかなと。書くって、客観的に見ないといけないし、私はライターになったからこそ、父と母を俯瞰的に見ていけるようになったのかもしれません。映画監督の是枝裕和さんが帯のコメントを書いてくださったんですが、『乾いた筆致』と評してくださったのが、本当にうれしかった。第一、湿度の高い筆致でこの内容では、読み手もつらいだろうと思うので(笑)」
◆読者が“自らの物語”として引き取れる文章に
根っからの「読ませ屋」である。尋常ならざる記憶を元にした詳細な記述によって、読者は堀さんの家族の一員になったような気分になる。ページをめくる手が止まらなくなり、自分の家族に思いを致していることに気づく。
「私、日記が書けないんですよ。自分しか読まないものがどうしても続かなくて。読む人がいるから、書ける。そして、乾いた筆致になるのは、彼らが読む前提で書くからだと思うんです。例えばFacebookに『祖母が亡くなりました。寂しいです。胸が苦しい』と書いたとして、それを読んだ人は『ご愁傷様でした』としかコメントが残せないかもしれない。でも、葬式の情景を事細かに冷静に描写していけば、『僕もおばあちゃんに電話しよう』『私もおじいちゃんに手紙書こう』って、何らかのアクションをするかもしれない。読み終わった人が“自らの物語”として引き取り、次なる行動を起こす。そんな文章になったらいいなと思って、いつも書いていました」
第一章で描かれた「髪を洗ってくれた女(ひと)」が出色だ。金沢に住む小3だった堀さん。両親は別居し、母は弟を連れて東京に行ってしまう中、父の恋人である23歳の女性と短い期間、暮らすことになる。その記憶は鮮やかで、艶めかしい。そして大学3年生、21歳になった堀さんは、その女性へ会いに行く。この「会いに行く」エネルギーが凄い。相手にとっては道に外れた恋であるにもかかわらず、堀さんは全てを肯定し、愛で包んでいく。描かれるのは人間賛歌である。
そんな堀さんにとって、どうしてもこの一冊を読んでほしい人がいた。2021年11月に亡くなった、作家で僧侶の瀬戸内寂聴さんだ。
◆忘れられない寂聴さんの言葉
「コロナ禍が始まってすぐ、『寂聴さんならどう乗り越えますか』という内容の本を作ることになって。私も構成で入ることになり、京都の『寂庵』で取材させてもらったんです。でも寂聴さん、コロナ禍の話に1時間ぐらいで飽きちゃって(笑)。正面にいた私にいきなり声をかけたんです。『ねえ、あなたいくつ?』って」
「49です」と答えて、返ってきた言葉が、忘れられない。「あなたね、49にもなって、こんな仕事していて楽しい? 人の話、まとめていて楽しい? 49になったらもうね、小説書きなさい」と言われたのだ。
「取材が終わったあと、みんなでお酒を飲むことになり、私もお酒を飲むためにマスクを外しました。すると寂聴さんが私の顔を見て、『あら、小説を書くには美人すぎるわね!』って。周り、爆笑ですよ(笑)。でも私は、心の中では笑えなかった。『コンプレックスとかなかったでしょ』『苦労なく、恵まれて育ってきた人に小説は書けないわよ』って言われたような気がしたんですよね」
寂聴さんの“予言”はある意味、的中した。堀さんの初の著書は小説ではなく、全てをさらけ出した自伝的エッセイになったのであるから。
「寂聴さんに『小説じゃないけど、書きました! 結構、先生好みの面白い人生じゃないでしょうか』って、本を渡したかったです(笑)」
最後に、他にどんな読者に届いたら嬉しいか尋ねると、こんな言葉が返ってきた。
「誰がどんなふうに読んでくださってもうれしいですが、例えば事情があって親を愛せないけど、愛したい人。親を許せないけど、いつか許したいと思っている人に、届いたらいいなと…。もちろん、これはあるひと組の元夫婦とその娘の話ですが、理解不能な『夫婦の不思議』『男女の不思議』を通して、自分の親を見る視点がちょっと変わったりしたら、本当にうれしいです」
◆堀 香織(ほり・かおる)石川・金沢市生まれ。武蔵野美大を卒業後、雑誌「SWITCH」の編集者を経て、フリーに。「Forbes JAPAN」ほか、各媒体でインタビュー記事を中心に執筆中。ブックライティングに、是枝裕和「映画を撮りながら考えたこと」、小山薫堂「妄想浪費」、三澤茂計・三澤彩奈「日本のワインで奇跡を起こす 山梨のブドウ『甲州』が世界の頂点をつかむまで」など。2022年から京都に移住。2024年6月、京都・仁王門通に「日本酒サロン 粋」を開く。

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