2月から3月にかけ、大企業の動画CMが相次いで炎上した。東洋水産の「赤いきつねうどん」のショートアニメ広告は描写が「性的だ」と批判され、日本郵便のすっぴん女性と配達員のやり取りを題材にしたプロモーション動画は「女性をバカにしている」など非難が殺到。後者は翌日に削除し、謝罪声明を出す事態となった。
こうした反感には「妥当」とする声もある一方で「揚げ足取り」との意見も交錯するが、ややもすれば批判的な声が膨張する世間の空気にモヤモヤ感はぬぐえない。ネットにまつわるトラブルに精通するITジャーナリストの井上トシユキ氏が騒動を俯瞰しつつ、問題の本質をあぶりだす。(本文・井上トシユキ)
メディアのネットシフトの影響どちらの騒動も、「なんでもかんでも批判するな」という声があるものの、やはり企業に対するネガティブな反応も目立つ。日本郵便は炎上後、当該動画をすぐに削除したが、一体なにがまずかったのか…。
動画の内容自体は、さして批判されるようなものでもなければ、炎上するほど非常識なものではなかったと思う。ただ、作成したのが日本郵便だったことで、ある種の拒絶反応が起こったと考える。
解き明かす前に押さえておくべきは、企業広告の「オールドメディアからネットへのシフト」というトレンドだ。
今年3月に電通が発表した「2024年 日本の広告費 インターネット広告媒体費 詳細分析」によれば、ネット広告費は前年比109.6%増の3兆6517億円。これは、全広告費の47.6%を占める。すでに4大メディア(テレビ、ラジオ、新聞、雑誌)の広告費の総計を上回っている。
日本郵便“すっぴん動画”が炎上、即刻「削除・謝罪」に追いやら…の画像はこちら >>
動画広告の123%成長が際立つ(電通「2024年 日本の広告費 インターネット広告媒体費 詳細分析」より)
なかでも、動画広告は前年比123.0%の成長。今後も伸長が見込まれ、もはや、ネット広告における主戦場となりつつある。
ネット動画とテレビの違いに戸惑いもそこで大手企業も媒体としてネット上に可能性を見出し、続々とCM投下を始めている。だが、不慣れもあってか、どうにもさじ加減がおぼつかない…。
同じ「動画」でも、ネットとテレビでは視聴層が異なり、視聴者のメッセージの捉え方も千差万別。これまでテレビCMで培った手法がネット動画でそのまま通用するとは限らず、苦心しているのだろう。
実際、私も生活関連企業の広報宣伝担当者が、ネットのトレンドを追いかける日々に苦労しているとのぼやきを聞いたことがある。
「テレビや新聞で情報を流しても高齢層にしか見てもらえない。若年層へアピールするにはSNS等への動画広告が注目されやすいのだろうが、当たり前のものを流しても見てもらえない。そこで、ネット上での流行を押さえることはもちろん、アニメやマンガ、ゲームなど若年SNSユーザーが興味を持ちやすいジャンルの研究も怠れない…」
20代、30代は言わずもがな、中年層にも「キャンセル」されず、「エモくて」「ササる」動画表現とはなんなのか…。ネット動画は成長途上であり、変化のスピードも速い。それだけに、確固たる答えにたどり着く以前に、企業側も振り回されてしまっている。担当者のぼやきにそんな苦悩を感じ取った。
日本郵便の“奇策”が拒絶された理由日本郵便もネットでバズっている動画を熱心に研究したのだろう。炎上した動画は確かにウケそうな要素が盛り込まれ、クオリティも水準以上だった。問題は先に指摘した通り、投稿したのがネット上でそうした動画を配信する常連でなく、大企業の日本郵便だったことだ。
「そんな動画を配信するようなイメージじゃないだろう」。企業イメージと乖離した動画内容に拒絶反応を感じた一部ユーザーが新参者を懲らしめる意味も込め、批判的コメントを投稿。結果、炎上にまで発展してしまった…。
あからさまなバズリ狙いの投稿は、反動で強い風当たりを受けるリスクをはらむ。今回、日本郵便が攻めた表現でアンチや賛否を煽り、バズらせる炎上商法を狙ったのだとすれば見込みが甘かったと言わざるをえない。
ネットで流す動画だからといって、ネットのトレンドばかりに目を奪われ、その時々の世間一般の常識や通念と表現とのバランスを欠いてしまえば、当然、反発が起こり、炎上リスクも高まる。
炎上した日本郵便の動画はこうしたセオリーを忘れ、ネット受け/バズり狙いという邪心を動画に混ぜ込んだ。それがネットユーザーに見透かされ、炎上した。私にはそう思えてならない。
大企業がバズリを狙う違和感同社は配達業務に象徴されるように、正確性や確実性、信頼性が生命線の企業だ。無理をしてSNSウケ=バズりを目指す必要はなかったのではないか。ブランディングだとすれば、世間の感覚とずれており、逆効果だ。
ではどうすればよかったのか。初見でもわかる表現で十分だったのだ。手法はたとえば、アニメ仕立てでも寸劇でもいい。「ゆうパック、ハンコはなくても、構いません(代引、着払い等一部サービスを除く)」と、交通安全標語のようにシンプルに、目と耳でわかりやすい訴求をすれば良かった。
同社は投稿翌日には動画を削除したが、もし、批判されるような意図がなかったのなら、臆せず反論もすべきだった。さらにいえば、こうしたことは事後でなく、企画段階から想定しておくぐらいの慎重さも欠かせない。
批判を見極め、時に反論する姿勢もネットの健全な成長に不可欠炎上におののき、企業が逃げてしまったーー。今回の件で、そんな印象だけが残ってしまうとするなら、「正義の世直しで大企業を懲らしめた」「難癖をつけた炎上でひと稼ぎできた」などと、ネット上で声の大きな少数意見が幅を利かせる、いびつな文化が醸成されかねない。
ネット動画における確固たる成功法則はないが、失敗した時にダメージを小さくする作法は存在する。企業にとってはカスハラともいえる、真意を曲解した批判や誹謗中傷にペコペコする必要はない。
また、ネット空間には失敗やおふざけに対する寛容さも少しは残っているはずだ。だからこそ奇想天外な動画が生まれ、世間をあっと言わせたりもする。
今後さらにネットの影響力が増大し、それに比例して不寛容さが肥大していくのだとすれば、そこに待ち受ける社会は不健全であり、ディストピアでしかない…。