2月28日、大手医療機器メーカー「オリンパス」とその子会社に28年間勤めてきた男性社員が、新しく導入された人事制度によって新入社員と同等に格付けされ降格処分や配置転換を受けたのは不当であるとして、会社を被告とし、地位確認や損害賠償を請求する訴訟を提起した。
新人事制度により「新入社員並み」の格付けに原告のA氏は1997年、株式会社オリンパスに入社。自社製品の営業職を22年間務めた後、2019年から製品の問い合わせに関する回答の作成やデータベース管理などの業務に従事していた。2021年10月に子会社のオリンパスマーケティング株式会社に出向したが、その時点では業務内容に変更はなかった。
2022年8月以降、オリンパスは社員らに「新人事制度」の説明を開始する。非管理職の社員については、旧人事制度で等級が高い順に「P1~3」または「S1~5」とされていたところ、新人事制度では高い順に「G8~12」に移行すると説明。そして、A氏を含む等級が「P2」の社員は新人事制度下では原則として「G9」に移行する、とされていた。
ところが、2022年12月、「P2」の社員200名に、新人事制度下では「G11」や「G10」に格付けされると内々示される。「G11」は新入社員並みの格付けである。同時期、退職者には通常の退職金に加え特別支援金も支給するという「社外転進支援制度」について説明を受けた。
2023年4月に新人事制度が施行され、「G11」に格付けされたA氏は「エリアサポーター職務」に配置転換された。この業務は当初何をするかが決まっていなかったが、同年5月から、製品の運搬や修理品の回収などが主とされた。
2024年9月、オリンパス労働組合の要請により、オリンパスマーケティングの代表取締役とA氏を含むオリンパスからの出向者との間で協議が実施される。A氏が新人事制度の運用について質問したところ、代表は「(法律に)違反しているんだったら、ちゃんと訴えてくださいってこと!」「(他の労働者は)A氏みたいに、怖いもの知らずで、手を挙げられるわけではないので」など、小ばかにした態度で発言したという。
地位確認や慰謝料275万円を請求訴訟は、オリンパス株式会社およびオリンパスマーケティング株式会社を被告として、東京地裁立川支部に提起された。
請求の内容は、A氏が「G9」の等級を有する地位にあることの確認、配置転換が無効であることの確認、「G9」に格付けすればなされていたはずの昇給分の差額賃金、および複数の人格権侵害に対する慰謝料275万円。慰謝料の内訳は、降格処分に関して(110万円)、配置転換に関して(110万円)、協議の場における代表からのA氏に対するハラスメントに関して(55万円)。
原告側は、新人事制度で「G11」に格付けされることは実質的な降格処分であり、処分の根拠にも乏しいため人事権の濫用にあたる、と訴える。また、A氏を専門性のある業務から未経験の運搬業務(単純作業)に配置転換することも、必要性を欠く違法なものであると主張。
そして、A氏に限らず多数の出向社員が、新人事制度によって降格処分と配置転換を受けた。これらと併せて「社外転進制度」が実施されたのは実質的な退職勧奨であり、実態は「大企業が人事制度の名を借りて行った大量リストラである」と、原告側は言う。
原告代理人の伊久間勇星弁護士は、新人事制度によってA氏は「結論ありきでの降格処分」を受けた、と指摘。
「A氏は、運搬業務もまったく未経験。高齢であり、力仕事に向いているわけではない。キャリアにおける不利益を著しく与える配置転換だ」(伊久間弁護士)
「ジョブ型人事」の模範例とされているが…新人事制度については、労使交渉を重ねた末、労働組合も合意していた。しかし、当初は、新人事制度によって格付けが変更された後にも給与が下がらないことなどが前提となっていたという。だが、前記した通り、A氏を含む多数の社員が「原則として『G9』に移行する」とされていたところ、実際には「原則外」として「G11」に格付けされた。
笹山尚人弁護士は「『前提』を会社が破った」と語る。
昨今では「ジョブ型人事制度」の導入に向け、労働法の改正が検討されている。2023年12月に内閣府が開催した「第4回三位一体労働市場改革分科会」では、KDDI株式会社や富士通株式会社と並んでオリンパスの人事制度も模範例として取り上げられた。
検討案では、各企業でジョブ型人事を導入する際には労使で協議を行うことで条件を定めるものとされている。しかし、笹山弁護士は「実際の企業で行われている協議の内容とは、本件のようなもの。労働者代表を選出したところで、公平に条件が決められるものだろうか」と疑念を呈する。
「28年間の尊厳が傷つけられた」A氏は「ジョブ型人事制度を口実に人事権が濫用されており、大変多数の社員が、苦汁を飲みながら辞めていった」と語る。
「私は健康的な被害を受け、他にも精神的な障害を発症している社員がいる。
2年間、仲間と一緒に、会社に訴え続けてきた。しかし、一切変わらないため、仕方なく提訴を決意するに至った。
オリンパスは『世界の人々の健康と安心』を実現することを経営理念としている。だが、社内の実態は(健康や安心とは)真逆だ」(A氏)
A氏によると、同時期に「G10」や「G11」に格付けされた非管理職の社員200名のうち、約40名が既に辞めていった。また、社外転進制度は適用の要件を満たした場合には特別支援金が支給されるという名目だが、実際には適用されるかどうかは会社側の判断に委ねられるため、支給されなかった社員が多数いるという。
新人事制度が導入される以前には、A氏は社内平均以上の評価をされてきた。また、通常、降格処分にあたっては書面による説明などがなされるが、A氏に対しては上司からの内々示があったのみだった。さらに、降格や格付けについて異議申し立てを行う窓口もない。
そして、労働組合に相談したところ、組合には対応できないため会社に直接訴えるように求められたという。A氏は組合にも不信感を示す。
「入社してから28年間の尊厳が、すべて傷つけられてしまった」(A氏)
本件に関する弁護士JPニュース編集部の取材に対し、オリンパス株式会社からは「現時点(28日)で訴状が届いていないため、これ以上の回答は差し控えさせていただきます」との返答があった。