2月28日、2020年5月に旧・ビッグモーター社の新入社員が退職勧奨を受けた後に自死した事件に関して、労災(遺族補償など)の不支給決定の取り消しを求める行政訴訟が提起された。
事件・訴訟の概要本件の被災者であるAさんは、2020年4月1日、中古車販売の国内最大手であった株式会社ビッグモーター(当時、以下「ビッグモーター」)に新卒で入社。東京都内の店舗で働いていたが、同年5月8日に会社から退職勧奨を受ける。その後の5月末、自宅アパートにて自死した。
なお、ビッグモーターは2024年5月1日付けで事業を株式会社WECARSに引き継いでいる。同日、社名を「BALM」に変更して負債の処理や損害賠償への対応にあたっていたが、同年12月2日に民事再生法の適用を東京地裁に申請・受理されている。
本訴訟の原告は、遺族であるAさんの両親。被告は国。八王子労働基準監督署長(以下「労基」)が2023年2月28日付けで行った、「労働者災害補償保険法に基づく『遺族補償給付』および『葬祭料』を支給しない」という旨の処分を取り消すように請求するものだ。
「運転免許の未取得」をめぐり、入社直後に退職勧奨Aさんの入社当時、ビッグモーターの新入社員には、入社時点で運転免許を取得していることが求められていた。
内定後、Aさんは免許を取得するため教習所に通っていたが、コロナ禍によって教習所が閉鎖したことなどが原因で、入社時点までに取得が間に合わなかった。
入社後、Aさんが勤務していた店舗の店長に免許が未取得であることを打ち明けると、店長は「すぐ取って一緒にがんばっていこうね」と、容認するような発言をしたという。
しかし、5月8日、営業本部長が店舗を訪れ「環境整備点検」を実施したことにより、Aさんが免許未取得である事実が上層部に発覚した。
同日、ビッグモーターの人事部はAさんに電話で退職勧奨を行う。また、人事部はAさんについて「『虚偽報告』を行った」「会社や顧客を欺く危険性のある人物」などと表現した。
そして、同日中にAさんの退職が決定。Aさんが精神的に動揺している様子を目にした同僚は「このまま一人で電車で帰すと危ないことをするかもしれない」と考え、Aさんを自宅まで車で送ったという。
その後、Aさんは退職届の用紙を破る、パソコンやスマートフォンを破壊する、自宅アパートの部屋の壁を壊すなどの行為をした末に、5月30日に自死した。
「『人格否定』を伴う退職勧奨は『強要』にあたる」東京労働局地方労災医員協議会精神障害専門部会は、Aさんが退職した当日の出来事について「実質的な退職勧奨と認められる」としながらも、人事部とAさんとのやり取りは電話で1回のみ行われたものであり、それも短時間であったことから「強要とはいえない」と判断。心理的負荷の強度を「中」と評価した。
労基は上記の評価に基づき、退職勧奨とAさんの死亡に因果関係はないと認定。
これに対し、原告代理人の指宿昭一弁護士は「間違った判断だと強く思っている」と語る。
指宿弁護士によると、ビッグモーター側の説明が不明瞭であることから、当日にどのような事態が起こっていたかについては明らかになっていない部分が多い。しかし、Aさんは勤務地の近くに引っ越しする準備を進めており、また働きながら免許を取得することに対して前向きであった。同僚も、「退職勧奨を受ける以前までは、Aさんに退職の意思は見られなかった」と証言している。
これらの事実から、当日には「強要」にあたるような退職勧奨があったと推測できる、と原告側は主張する。
また、前記の通りAさんは免許未取得の事実を店長に伝え、容認されていると認識していたところ、突如として免許未取得が取りざたされ、「会社や顧客を欺く危険性のある人物」とのレッテルが貼られた。原告側は「退職勧奨の回数とか、期間とかの問題ではない。これほどの心理的負荷の大きい退職勧奨は、過去に例を見ないものである」と批判。
厚労省が定めている、精神障害の労災認定基準によると、「恐怖感を抱かせる方法を用いて退職勧奨された」場合には心理的負荷の強度は「強」に認定される。原告側は、本件はさらに心理的負荷が強い「人格否定をされたと感じる方法を用いて退職勧奨された」場合に該当するとして、強度を「強」に認定し退職勧奨(強要)とAさんの自死との因果関係を認めるべきだ、と訴える。
さらに、Aさんが大学を卒業したばかりの新入社員であった事実も、心理的負荷を強いものにしたと原告側は指摘した。
「息子は人格否定をされた」 旧「ビッグモーター社」の新入社員…の画像はこちら >>
指宿弁護士(中央)、伊藤弁護士(右)(2月28日都内/弁護士JPニュース編集部)
「人事部は息子にすべての罪をかぶせた」原告代理人の伊藤克之弁護士によると、本件について労基に不服申し立てをした際、審査官はAさんが免許未取得であった事実を指摘したうえで、Aさんにも落ち度があるかのような表現をしたという。
「(労基の判断は)まったくのお門違い。労災とは、本人の落ち度があるか否かとは関係なく、『業務起因性』、つまり業務が原因で死亡や怪我をしたかどうかを問うものだ」(伊藤弁護士)
Aさんの父親は「息子は一生懸命にがんばった。そのがんばりを、ビッグモーターは認めてくれなかった」と語る。
また、新入社員のサポートも業務とするはずの人事部が、免許取得の問題に関してAさんが相談できるような体制を作っておらず、またAさんの状況について把握しようと務めていなかったことなどを指摘し、怒りを示した。
「人事部は、自分たちの責任を逃れるため、息子にすべての罪をかぶせた」(Aさんの父親)
「除草剤」問題も引き起こした「環境整備点検」制度2023年8月以降、ビッグモーターの消費者問題・労働問題が注目を集め、その過程で「環境整備点検」も問題視された。「お客さまサービスや地域の人々に気持ちよく利用していただく」目的で導入された制度であるが、実際には、清掃が行き届いているかなど「あら探し」するために経営陣・上層部が店舗を訪れて、降格人事やハラスメントを伴う「つるし上げ」の口実にされていたという。
当時話題になった、群馬県太田市や大阪府狭山市の店舗が除草剤を散布して店の前の街路樹を枯らした問題の背景にも、この制度が関わっているとされている。そして、Aさんは、初めて環境整備点検を経験したのと同日に退職した。
「報道されていた通り、環境整備点検は従業員にとって恐ろしいもの。息子は、その日のうちに退職することになるなど、思ってもいなかっただろう」と、Aさんの母親は涙ながらに語った。
「息子は人格否定をされた。人格否定なんて、しなくてもよかったはずだ」(Aさんの母親)
本件に関する弁護士JPニュース編集部の取材に対し、BALMからは以下の回答があった。
「亡くなられた元社員のご遺族に対しまして、心よりお悔やみを申し上げます。
弊社と致しましては、当時、労災申請に係る対応を取らせて頂いたということのみ承知しております。
また、本件訴訟につきましては、その内容等を把握しておりませんので、コメントは差し控えさせていただきます」(広報担当者)
一方、原告側は、労災が認定された場合には、不法行為の損害賠償をBALMに請求する民事訴訟も予定しているとのことだ。