「夫婦共働き」が一般化した今日、保育所・幼稚園等は子を持つ親が仕事をするために不可欠な存在となっている。そんななか、弁護士らが25日、所得税の計算上、保育料等を事業所得等の「必要経費」(所得税法37条1項)に算入することを認めるよう求め、国を相手取り東京地裁に訴訟を提起した。
従来の課税実務では、保育料は事業と無関係な「家事費」(所得税法45条1項1号)と扱われ必要経費への算入が否定されてきた。
しかし、多くの勤労者が就労のために子どもを保育所等に預けざるをえない現状にてらし、そのような扱いが適切なのか。また、働き方が多様化するなか「保育料」の負担はどうあるべきなのか。本件訴訟はそれらの問題に一石を投じるものといえる。
課税実務上、保育料は「家事費」扱いだが…原告は弁護士ら2名。訴状によると、原告らはそれぞれ、2023年分の確定申告を行った後、保育料を事業所得等の計算上控除する「必要経費」に算入すべきとして、税務署長に対し「更正の請求」(国税通則法23条参照)を行った。
更正の請求とは、「払いすぎた税金を返してもらう」手続きであり、必要経費に算入したとして税金を計算し直し、差額分の返還を求めるものである。
しかし、これに対し、いずれの税務署長も「保育料は家事費であり、必要経費に算入できない」などとして「更正すべき理由がない」との通知処分を行った。
本件の訴訟は、これら税務署長の通知処分の「取消し」と、「更正処分の義務付け」を求めるものである(行政事件訴訟法3条1項、3条6項2号参照)。
出訴後の記者会見で、原告代理人の戸田善恭(よしたか)弁護士は、本件訴訟の意義について、「所得税法上の『必要経費』『家事費』とは何かを問い直すことに大きな意義がある」と指摘した。そして、2012年(平成24年)に東京高裁が従来の税務署の運用を修正し国を敗訴させる判決を行ったことを紹介し(東京高裁平成24年(2012年)9月19日判決)、「税務署は判決の趣旨に従った運用に変えるべきだ」と主張した。
なお、上記の東京高裁判決は、被告(国側)の上告を最高裁が棄却したことにより確定している。
「保育料を所得税の“必要経費”として認めて」弁護士らが国を訴…の画像はこちら >>
戸田善恭弁護士(25日 東京都千代田区/弁護士JPニュース編集部)
戸田弁護士:「現在の税務署の運用は、『事業活動と直接結びつく支出』のみ必要経費として認めており、あまりに狭くとらえすぎている。
しかし、2012年の『弁護士会懇親会費事件』東京高裁判決では、原告が参加した弁護士会の懇親会の参加費が必要経費にあたるかという問題について、『業務の遂行上必要なものであれば必要経費に該当する』と判示した。また、それが所得税法の文言の解釈・改正の経緯に合致しているとも述べられている。
この判決に対しては国が上告を行ったが、最高裁は上告を棄却し、確定している。しかし、その後も税務署の運用は変わっていない。その原因の一つとして、最高裁での判例が出ていないことが考えられる。
本件訴訟では、最高裁の判断を求めることが一つの大きな目標になっている。これが認められれば、保育料も必要経費とされる道が開かれる」
従来の課税実務の考え方からも「必要経費」と扱うべき?また、原告代理人の江夏大樹(たいき)弁護士は、必要経費に関する従来の課税実務の考え方からしても、保育料は業務に「密接に関連するもの」と考えるほかなく、「必要経費」と扱うべきであると訴えた。
江夏大樹弁護士(25日 東京都千代田区/弁護士JPニュース編集部)
江夏弁護士:「たとえば、外食費や旅行の費用は一般的には消費のために支出するもので『家事費』とされるが、ひとたび『業務に関連する』とされれば『接待交際費』『旅費交通費』として必要経費に該当すると扱われる。
原告らは就労のため子どもを保育所に預け、保育料を支出している。また、原告らが居住する自治体も、就労していることを理由として保育の必要性を認めている。したがって、(外食費や旅行の費用との比較を考慮しても)『業務に密接に関連する』といえ、保育料は必要経費にあたると考えるべきだ」
「世帯のあり方・働き方の多様性に即した制度に」戸田弁護士は、本件訴訟を通じ、今日の世帯のあり方・働き方の多様性に合った制度のあり方を考えるきっかけにしたいと述べる。
戸田弁護士:「今日、多くの親は、子どもを保育所に預ける理由は『働くため』だと考えている。
しかし、現在の税務署の家事費に対する考え方の根っこには、『本来、夫が働いて妻を扶養し、妻は専業主婦として育児・保育を無償で行うべきだ』という古典的・家父長主義的な家族観があると考えられる。それは今の社会の実態に合っていないのではないか。
本件訴訟をきっかけとして、必要経費と家事費の今日的な意義を問い直しつつ、多用な働き方が広がるなかで、働くことと保育の関係について考え直すきっかけにしていければと考えている」
また、原告の1人である弁護士の倉持氏は、訴訟を提起した動機について、以下のように語った。
倉持尚氏(25日 東京都千代田区/弁護士JPニュース編集部)
倉持氏:「子育ては大変だがすごく面白い。保育料が税金の計算上、必要経費として認められたら、家庭を持ち、子育てをしながら働きやすくなる。希望するすべての人がチャレンジできるようになればいいと思った。
また、弁護士として、裁判所に判断してほしい事項がある場合に、訴訟という制度を利用することは有意義だと考えている」
「保育料の無償化」を考えるきっかけにも本件訴訟の原告は自営業者、つまり自ら事業・業務を行い「事業所得」ないしは「雑所得」を得る者であるが、勤労者にはサラリーマン(会社員・公務員)等も含まれる。
そして、サラリーマンが勤務先から給与を受け取ることによる「給与所得」については「必要経費」の算入が認められないとの判例が確立している(最高裁昭和60年(1985年)3月27日判決(サラリーマン税金訴訟・大島訴訟)参照)。
その点は、「保育料の経費算入の可否」を争点とする本件訴訟の「泣き所」となりかねない。しかし、江夏弁護士は、むしろ本件訴訟を、自営業者、サラリーマンを含めたすべての勤労者にとって保育料の「無償化」を考えるきっかけにしたいと話す。
江夏弁護士:「たしかに、個人事業主と会社員等とでは税制が別になっており、同様の理屈が会社員等に一概にあてはまると考えることは難しいかもしれない。
しかし、仮に原告ら個人事業主について、『保育料は必要経費に算入される』という判決が出て、従来の課税実務が正されれば、今度は『サラリーマンはどうなのか』という問題が発生することになる(そして、それを企図している)。
私たちは、本来、保育料はすべての人にとって無償であるべきだと考えている。子どもを育てるコストは親だけではなく、社会みんなで負担するべきだ。本訴訟を、保育料の無償化を実現していく契機としたい」