医療・福祉産業など多岐にわたる業種の会社・事業所等が加盟する産業別労働組合のUAゼンセンとヘルスケア労協は2月22日、東京都内で「患者・利用者・家族からのカスタマーハラスメントに関するシンポジウム」を開催。看護師のおよそ半数がカスタマーハラスメント(カスハラ)被害を受けているとする独自アンケート調査の結果を伝えるとともに、改善を訴えた。
ケア労働者のさらなる離職へとつながる「土下座しろ」――。
悪質なクレームや暴言、暴力といった迷惑行為が命と健康を預かる医療・介護現場でも日常的に見られている。
国の社会保障関係費(診療報酬・介護報酬)に頼り、他業種と比べて低い賃金体系にあることから、離職者が後を絶たない医療・介護の現場。カスハラが離職者のさらなる増加に拍車を掛けかねない状況を生んでいるという。
会見の冒頭、あいさつに立ったUAゼンセンの古川大会長代行は、「(カスハラは)従事者の心身に深刻な負担を与え、安全と健康を脅かし、離職へとつながるケースもある。(離職等の)厳しい状況が続けば、最終的には国民が必要とするサービスの提供を受けられなくなる」と語った。
迷惑行為に関する相談割合は全職種中トップUAゼンセンとヘルスケア労協が行ったアンケートは、東京都のカスハラ防止条例(※)が4月1日から施行されるのを前に、医療・介護現場に特化した実態と対策を把握することを目的として2023年10月から24年1月まで、全国の事業所・従事者を対象に今回初めて実施された。7164人から有効回答があった(アンケートの性別構成は、男性20.1%、女性76.2%。職種構成は看護職38.4%、介護職14.7%、医療技術職12.8%、事務職29.5%)。
※東京都の「カスタマー・ハラスメント防止条例」は昨年10月4日成立。「何人も、あらゆる場において、カスタマー・ハラスメントを行ってはならない」(第4条)と行為の禁止を規定。代表的な行為類型などを挙げる。
アンケート調査で明らかになったのは、医療・介護従事者が日常的に被っているカスハラ被害の実態だ。
過去3年間に患者・利用者、家族らから迷惑行為を受けたと答えた割合は全体で44.4%。看護職に限っては54.9%と半数を超えている。
迷惑行為の内容(複数選択)は全職種で「暴言」が圧倒的に多く83.3%、「威嚇・脅迫」(45.6%)、「小突かれる・たたかれる」(41.2%)と続く。「治療を伴うような暴力行為」もおよそ1割(10.6%)あった。
労働政策研究・研修機構(JILPT)の内藤忍副主任研究員は、「令和5年度職場のハラスメントに関する実態調査」(2024年5月、厚労省発表)を参照し、「迷惑行為に関する相談がある」の回答が医療・福祉は全職種中トップ(53.9%)で「とても多い」と指摘。
その上で、従事者には女性が多いことから、セクシュアルハラスメントの被害が発生しやすいことも挙げ、「単なるカスハラではなく性被害として対応すべきで、そうした視点を持つことが必要」と語った。
行為者は認知症・精神疾患のある患者の場合が多いものの、「就労におけるハラスメントとは就労者を守る行為概念であり、行為者(患者)の意図や事情は問題ではない」と続ける。
「なにより(従事者が)健康で安全に働くことが重要。働く上で何か危害が与えられるようなことがあってはならない」(内藤副主任)
問題行為がある患者でも退院させられない看護師、介護士ら4人によるパネルディスカッションでは、現場の切実でリアルな声も聞かれた。
経験年数30年の看護師、炭谷かおりさん(大阪府内病院の産婦人科病棟勤務)は、ある男性患者がナースコールへの対応が遅いことなどに腹を立て、「どういうことだ、土下座しろ」と看護師を土下座させた“事件”を紹介。
この件を受けて病院内のハラスメント対策委員会では、「(男性患者を)強制退院させるべきだ」という意見も挙がったが、「治療を続けさせないといけない。(帰宅させると)死なせてしまう」という反対意見から、すぐに退院させることはできなかった。男性の転院先が見つかるまでの数日間は、看護師らは「(患者を)恐れながら勤務していた」という。
炭谷さんは「病院として、被害にあった看護師に寄り添うことができなかったのか」とも疑問を呈した。
「心のケアが大切。(看護部長らが)大変だったね、と一言かけてあげるだけで(自分なら)守られていると思える」(炭谷さん)
「危害が与えられることあってはならない」治療費受領等の医療事務に携わる糸氏悠さん(東京都内国立病院勤務)は、自身の経験を基に「こんにちはと目を合わせてあいさつすること、コミュニケーションをしっかり取ることで、カスハラは減らせる」と語った。
糸氏さんの意見には、内藤副主任研究員も「(患者・利用者の)人格を消し去るとハラスメントを引き起こすと思う。人として付き合うと(行為が)出にくいのではないか」とうなずいた。
UAゼンセンとヘルスケア労協では今後、シンポジウムで出された意見なども基にカスハラに対処するためのマニュアル作成などに取り組む。