東京都内の精神科病院であるA病院に7年近く入院状態にある甲さん(60代・男性)が、退院を認めない病院に対し、隔離解除や隔離理由の開示等を求める仮処分の申立てを昨年12月12日に東京地裁に行った。
今年2月19日、仮処分命令の申立ての是非に関する審尋が行われ、期日後に甲さんの代理人である相原啓介弁護士が記者会見を開いた。そのなかで相原弁護士は、自身が甲さんの主治医でA病院の院長B医師、およびA病院の代理人弁護士であるC弁護士の2者を相手取り、弁護士業務の妨害等を理由として損害賠償請求の訴えを19日に提起したことを明らかにした。C弁護士については別途、弁護士会への懲戒請求も行う意向であるという。
精神保健福祉士としての実務経験を有し、2023年2月、入院患者への暴行事件が発覚した東京・八王子市の精神科病院「滝山病院」での入院患者に対する虐待事件で患者側の代理人を務めた相原弁護士の話からは、病院の処遇の不当性を訴える入院患者が、病院側の全面的な管理下に置かれていることのリスクが浮き彫りになった。
症状が好転したのに“事実上の強制入院”、のち「隔離」甲さんに関する「仮処分命令申立書」、相原弁護士が院長らを訴えた「訴状」によれば、本件に関する事実経過は、以下の通りである。
甲さんは2018年2月に精神疾患を理由として本人の意思に基づかない「医療保護入院」となった(精神保健福祉法33条参照)。
その後、症状が好転し、昨年4月から本人の意思に基づく「任意入院」へと切り替わった(法20条)。ただし、甲さん自身は退院を希望したものの、帰宅する家がなく、A病院も受け入れ先を見つけることに非協力的であるため、やむなく「任意入院」の形をとったものだった。
それでも、相原弁護士は、A病院の看護師とソーシャルワーカーの協力を得て、退院後の生活へ向けた障害認定の区分調査の申請を行い、11月に調査が行われることになった。
ところが調査予定日の直前に、甲さんは閉鎖病棟内の施錠された「保護室」に隔離され、身体の自由がない状態におかれた。主治医・院長のB医師に理由の開示を求めたが、応じられないまま隔離が継続され、退院後の生活へ向けた上記調査はキャンセルせざるを得なかった。
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A病院(19日 東京都内/弁護士JPニュース編集部)
これに対し、甲さんは相原弁護士のサポートを受け、昨年12月12日、病院側の「隔離処遇の解除」「説明義務の履行」等を求め、東京地裁立川支部に「仮処分命令の申立て」を行った。
相原弁護士は病院側の対応について、「せめて隔離の理由だけでも教えてくれと説明を求めているが、4か月以上説明がない」と批判する。
甲さんの「弁護士との面会権・通信権」を、病院と代理人弁護士が「妨害」した疑い相原弁護士によれば、B医師とC弁護士が甲さんに対し行ったとされる問題行為は、甲さんによる上記仮処分申立ての後に、隔離状態の下でなされたものである。
相原弁護士:「今年1月30日、隔離が一時的に解除されている時間帯に、甲さんから私に電話があった。
話を聞くと、B医師がその10分前に病室を訪れ、『相原弁護士にだまされないでください。相原弁護士と会うのをやめなさい。会うのをやめたら隔離解除を考えます』『相原弁護士はあなたの財産を狙っているのです』などと言われたと訴えた。
また、それより1週間ほど前に、A病院の代理人のC弁護士が甲さんの病室を訪れて挨拶し、『この病院をうまく活用したらどうですか?』などと言い、甲さんが答えずにいると、C弁護士は勝手に甲さんの手を握手のように握り、帰っていったという。
もし、B医師の発言が事実であれば、甲さんに隔離継続をちらつかせて私との委任契約を解除させようと迫ったのであり、強要未遂罪にあたりかねない(刑法223条1項、43条前段参照)。また、依頼人と弁護士の関係を断とうとするものであるし、本件の対応で多大な時間を費やしたことは、弁護士の私に対する業務妨害だ。
さらに、C弁護士の行為が事実であれば、弁護士職務基本規程に違反し、弁護士会の懲戒事由にもあたりうる。
相手方に代理人弁護士がついている場合に、その弁護士を介さず相手方本人に会いに行ってはならないということは、弁護士ならだれでもわきまえるべき基本的な常識だ(弁護士職務基本規程52条、27条、28条、70条、71条、72条、78条、5条参照)」
主治医・病院の代理人弁護士らの行為があったことを裏付ける「物証」も重要なのは、甲さんが相原弁護士に語ったという上記の内容が「事実」かどうかである。
相原弁護士は、甲さんの話に矛盾する点がなく、中核部分がB医師とC弁護士が相原弁護士に語った内容と整合すること、および、C弁護士が甲さんに面会に訪れたことなどを示す「物証」があることを指摘し、「甲さんの話は信用に値し、大筋で事実であると推認される」と述べる。
相原弁護士:「甲さんに改めて話を聞いたところ、その内容は詳細な点まで一貫しており矛盾がない。そもそも作り話が難しい内容だった。
また、断片的な客観的事実とも整合している。
すなわち、C弁護士に文書で確認したところ、『甲氏と面会した事実はありません』『事実関係を精査されるよう求めます』との回答があった(【画像1】参照)。
しかし、直近のカルテ・看護記録を取り寄せたところ、1月23日にC弁護士が甲さんと面会したとの記載があった(【画像2】参照)。つまり、少なくともC弁護士の話がウソであることは確定している。
次に、B医師は、仮処分の申立てに関する審尋の準備書面のなかで、甲さんに対し『相原弁護士と、面会した後は、ほぼ毎回具合が悪くなっていますよ。刺激を避け安定した環境で療養しませんか』と述べたことを認めている(【画像3】参照)。これは甲さんがB医師から言われたとする内容をぼやかしたような言い方にすぎない。枝葉の部分で多少の違いはあるが、中核部分で一致している。
しかも、C弁護士が甲さんに面会に訪れたのは、東京都精神医療審査会の委員による意見聴取が予定されていた約1時間前だった。
C弁護士が、審査会の結論に影響を与える意図を持って甲さんに面会したことも疑われる」
【画像1】C弁護士の回答。甲さんとの面会の事実を否定し(後に虚偽と判明)、相原弁護士に「事実の精査」を求めている
【画像2】C弁護士が照会に応じ提供したA病院のカルテ。1月23日13:55に「弁護士来院し部屋にて面会」とある
【画像3】債務者(病院)側の審尋の準備書面。B医師が「相原弁護士と、面会した後は、ほぼ毎回具合が悪くなっていますよ。刺激を避け安定した環境で療養しませんか」と話した、とある
他人事ではない「隔離状況で人権侵害を受けるリスク」今なお、『精神疾患の患者が言うことは信用に値しない』の一言で片付けられてしまう現実がある。相原弁護士は、「一般人だけでなく、医療・法曹関係者においても、無意識レベルで精神疾患の患者に対する偏見と差別意識が深く根付いている」と指摘する。
そして、本件における「外界から隔離された状況にある人が人権侵害を受けるリスク」の問題は、精神疾患の患者だけでなく、すべての人に切実な関係があることだと強調する。
相原弁護士:「今回のように、患者の話を裏付ける客観的な証拠が病院とその代理人弁護士の側から出てきたのはたまたまであり、めったにない。
最低限、弁護士との交通権・面会権が保障されなければ、自分で自分の権利を守ることができない。外にいる弁護士からは精神科病院の中で起きていることを直接確認できない。病院が悪質なら患者は周囲が『敵だらけ』になってしまう。
このようなことは精神疾患の患者だけの問題ではない。
もし、自分が年を取って高齢者の施設に入り、虐待を受け、家族に会わせてもらえない状況になったら、ということを思い浮かべてほしい。
そうなった場合に助けてくれる人がいないと困るはずだ。紛争相手の管理下にあれば弁護士とのつながりを断たれてしまうリスクがあるということを強く訴えたい。
本件を通じて、悪質な病院があることを明らかにするとともに、こういった問題があること、すべての人にとって切実な問題であることを世の中に訴えていきたい」