“中3ひき逃げ事件”で最高裁が「逆転有罪」判決…被告人の“救護義務違反”が認められた“決め手”とは

長野県佐久市で2015年3月、乗用車を運転中に中学3年の男子(当時15歳)をはね、被害者を救護する前にコンビニに数分間立ち寄ったことにより道路交通法の「ひき逃げ」の罪に問われた池田忠正被告に関する上告審で、7日、最高裁第二小法廷(岡村和美裁判長)は被告人を無罪とした二審・東京高裁の判決を破棄し、懲役6か月の実刑判決を言い渡した。有罪判決が確定する。
最高裁が一転して被告人の「救護義務」を認め、逆転有罪判決を行った決め手となったのはどのような点だったのか。
二審は飲酒運転隠ぺい目的を認めるも「救護義務を履行する意思は失われていない」と判示一審で認定された事実によると、被告人は、飲酒運転をして中学3年の和田樹生(みきお)さんをはねた。被告人は、事故直後、被害者を探したものの見つからず、一時中断して自動車から約50m先のコンビニへ行き、酒のにおいを消すため口臭防止用品を購入して服用。その後、被害者を発見し、人工呼吸を施したが、被害者は死亡した。
最も重要な争点は、この、被告人が近くのコンビニへ立ち寄った行為が、救護義務違反にあたるかという点だった。
一審の長野地裁は、救護義務違反があったと認定して懲役6か月の実刑判決を下した。しかし、控訴審の東京高裁は、逆転無罪とした。
無罪の理由は、被告人について「救護義務を履行する意思は失われておらず、一貫してこれを保持し続けていた」とし、「全体的に考察すると、被害者に対して直ちに救護措置を講じなかったと評価することはできない」というものだった(東京高裁令和5年(2023年)9月28日判決)。
二審が無罪判決を下した背景には、車で人身事故を起こした後に一時的に現場から離れた場合の救護義務違反について判示した東京高裁平成29年(2017年)4月12日判決の判断基準があると考えられる。
同判決では、「一定の時間的・場所的離隔」を生じさせ「救護義務の履行と相容れない状態にまで至った」ことを要するとの判断基準が示されていた。
本件の二審判決は、コンビニに立ち寄った時間は「1分余り」コンビニまでの距離が「50m」であることを重視し、「被告人の救護義務を履行する意思は失われておらず、一貫してこれを保持し続けていた」と判示していた。上記判決を意識したことがうかがわれる。
最高裁が「逆転有罪判決」を下した理由これに対し、最高裁判決は、救護義務を尽くしたというには、直ちに車の運転を停止し、事故と現場の状況に応じ、負傷者の救護など必要な措置を「臨機に」講じることが必要との判断基準を示した。
そして、本件では、被害者が発見できず、重傷を負わせた可能性があるのに、発見や救護に向けた行動を行わず、無関係な買い物のためコンビニへ行き、必要な措置を「臨機に」講じなかったと指摘し、被告人に救護義務違反があったと認め、有罪判決を言い渡した。
最高裁が示した救護義務違反の判断基準は、二審判決とそれが依拠した従前の東京高裁の裁判例の考え方と大きく異なるものといえる。
判決後の記者会見で、被害者の父・和田善光さんは、以下のように述べ、最高裁判決を評価した。
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被害者の父・和田善光さん(7日、東京都千代田区/弁護士JPニュース編集部)

善光さん:「人をはねてしまったら直ちに救護しなければならないことが明確に示された。
飲酒運転で事故を起こし、自己都合で現場を離れる行為は、一分一秒でも早い救護措置が必要な被害者にとって殺人にすら匹敵する悪質な行為だ。
もし本件で救護義務違反が認められなければ、悪しき前例となってしまい、安全で秩序ある交通社会が維持できなくなる。また、加害者が自己都合により現場を離れても救護義務違反とならないことが増えたら、被害者の生命身体の保護が脅かされかねない。
この判決が周知され、直ちに救護しなければならないということが徹底され、1人でも多くの命が救われる社会になって欲しい」
本件では、当初「過失運転致死」の点のみが起訴され有罪判決が行われた。他方で「救護義務違反」の容疑について長野地検がいったん不起訴処分としたものの、検察審査会の「不起訴不当」の議決などを経て、事故発生から約7年を経過した2022年に起訴されたという経緯がある。
善光さん:「担当検事の当たり外れや能力によって、求刑や罪名が変わることはあってはならない。最初から、過失運転致死だけでなく救護義務違反の点も含めて起訴すべきだったと思う。
一方で、時間がかかったにせよ、異例の経過をたどっていることについて批判を覚悟の上で、救護義務違反の有無についての司法判断を得るべきだという判断のもと、起訴していただいたことには感謝している」
ひき逃げ事件の現実に即した判断基準交通事犯を多く担当し、刑事実体法・手続法の双方に詳しい岡本裕明弁護士(弁護士法人ダーウィン法律事務所共同代表)は、救護義務違反の判断基準についての最高裁の判示はひき逃げ事件の現実に即したものであり「適切」と評価する。
岡本弁護士:「本件では事故直後、近くに被害者が見当たらないことから、被害者が事故で身体に生命にかかわるほどの強い衝撃を受け、一刻を争う状態だったことは容易に推察できます。
したがって、被害者の身柄を一刻も早く発見し、救護活動を行う必要性・切迫性が高かったといえます。
ひき逃げ事件においては一刻を争う状態であるケースが大半だと考えられ、最高裁の判示は適切と評価できます」
被告人の「一事不再理の原則」違反の主張は一貫して排斥本件での重要な争点はもう1つある。起訴に至るまで検察の不手際が介在したことをとらえ、被告人側から、同じ事件について再び裁くことを禁じた「一事不再理の原則」(刑事訴訟法337条1号、憲法39条参照)の違反が主張されていた。
たしかに、被告人は2015年の時点で自動車運転死傷処罰法違反(過失運転致死)の罪で禁錮3年執行猶予5年の有罪判決を受け、確定している。そして、その時から本件の救護義務違反での起訴が行われるまでに約7年、実刑判決まで約10年が経過している。被告人の立場を不安定にしたことは否定できない。
しかし、結局、被告人側の主張は一審、二審、上告審すべてで退けられた。
救護義務違反の点と異なり、地裁から最高裁まですべての裁判所が「一事不再理原則違反がない」という結論で一致したのはなぜか。
岡本弁護士は、裁判所の判断はあくまでも刑事訴訟法の「一事不再理原則」の通説的な解釈に従ったものと指摘する。
岡本弁護士:「一事不再理に反するかどうかは、『公訴事実の同一性』といって、行為態様が共通で、一方の事実が認められれば、もう一方の事実が認められない関係にあることなどが必要とされます。
本件で、事故で被害者を死亡させた『過失運転致死』の被疑事実と、事故後の『救護義務違反』の被疑事実は、行為態様からみても、時系列でみても別々の犯罪なので、『公訴事実の同一性』が認められず、刑事訴訟法上、必ずしも同じ訴訟手続きで処理することが義務付けられていません。
地裁から最高裁に至るまで、裁判所は、あくまでも原則通りの処理を行ったと考えられます」

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