一般社会から断絶された“塀の中”で何が起きているのか――。
刑務所問題をライフワークとする記者が、全国各地の“塀の中”に入り、そこで見た受刑者の暮らしや、彼らと向き合う刑務官の心情をレポートする。
刑期の長さや犯罪傾向などによって収容刑務所が分類される男性受刑者に対して、女性受刑者は基本的に短期から無期懲役まで、初犯も再犯も一緒に服役することになる。女性用の刑事施設が限られていることが理由だが、それゆえトラブルも発生しやすく、刑務官の負担も男子刑務所に比べて重たいとされる。
第5回は、受刑者の4分の1が外国人だという栃木刑務所で(取材当時)、食事や刑務作業にどのような工夫がされているのかを紹介する。
※ この記事は、テレビ朝日報道局デスク・清田浩司氏の著作『塀の中の事情 刑務所で何が起きているか』(平凡社新書、2020年)より一部抜粋・構成しています。
初めての日本が“塀の中”「ニッポンで出産しました。逮捕された時に妊娠していたんです」
そう語ったのはオセアニア出身の女性受刑者だった。取材当時、栃木刑務所が抱えていた大きな問題の一つは多くの外国人受刑者の存在だった。
日本では今や外国人観光客の数が年間3000万人を超える時代となっている。その裏側で受刑者が多国籍化しているという現実もある。初めて来た日本で、空港から塀の中に直行することになった外国人女性たちについて紹介したい。
栃木刑務所で収容されている受刑者およそ660人(2015年取材時)のうち、実に4分の1にあたる150人ほどが外国人だ。しかも、外国人受刑者の出身国は37か国にもわたる。
外国人受刑者の約7割が薬物事犯だ。その多くが成田空港などで薬物の密輸をはかり、逮捕・起訴されて実刑判決を受けて刑務所に送られてくる。皮肉なことに“初めての日本”が「塀の中」という外国人も少なくないのだ。それだけに、刑務官の対応も困難を極める。
ラマダンにも対応朝の点呼が終わり朝食の時間。6人が一緒の集団室の中に、一際目立つ受刑者の姿があった。この日、食事の盛り付けをしている背の高い受刑者はヨーロッパ出身の50代の受刑者だ。立ち居振舞いを見る限りでは日本人受刑者に溶け込んでいるように見える。
「いただきます!」
この日の朝食は麦ご飯に味噌汁、納豆、海苔と佃煮。外国人には馴染みのない納豆だが、ヨーロッパ出身の受刑者は嫌がる素振りも見せなかった。ただ、食べ方がちょっと違っていた。日本人受刑者がご飯に納豆をのせているのに対して、納豆の中にご飯を少しずつ混ぜながら食べているのだ。外国人とはいっても、刑期の長い受刑者の場合、日本の食事に慣れることも多いという。
また取材した7月は、イスラム教が定めるラマダンの時期でもあった。外国人受刑者の中には、宗教上の配慮を必要とする者も少なくはない。断食希望者の食事には、特別な配慮がされる。刑務官に聞くと、
「キノコ丼、野菜ジュース、チーズなどラマダン用に別のメニューを用意します」
日の出から日没まで、飲食を絶つラマダン。定められた時刻以外でも、飲食できるように一日分が、まとめて居室に運び込まれていた。
外国人受刑者ならではのトラブル朝食後、受刑者は刑務作業を行う工場へ向かう。衣類の縫製と紙帽子の製作を行っている7工場を取材することが許可された。この工場では作業をする受刑者は50人余りだが、そのうちの12人が外国人だ。「安全標語の唱和!」と刑務官が叫ぶと、外国人も含め受刑者全員で唱和する。
「受け持ち以外の機械を勝手に取り扱わないこと!」
工場で使う言葉は原則、日本語だ。そのため外国人受刑者が理解しやすいように工夫もされていた。作業中に必要な日本語の会話例がローマ字で紙に書かれて壁に貼られていた。担当刑務官も外国人受刑者の処遇には独特の難しさがあるという。
――外国人受刑者のトラブルはどんなケースがありますか?
「日本人受刑者と一緒に集団生活をしていくわけですが、日本語の丁寧な言葉使いを知らない外国人受刑者が命令口調になってしまったり、言葉がちょっと荒っぽくなってしまって口論になるケースがあります」
――外国人受刑者と接する上で何か特に気をつけていることはありますか?
「なるべく話すときに接続語を使わないように話しています。『これとこれが』って言ったら、わかりにくいので、文章を区切ってわかりやすいように話しています」