犯罪者・被疑者に「社会福祉」の支援が必要な背景とは?「刑事司法」における“ソーシャルワーク”知られざる理念

刑事司法とは、被疑者が有罪であるか否かを厳重な手続きの上に確定させて、多くの国民が納得できるような制裁を加えるための仕組みだ。同時に、罪を犯した人を更生させて、社会復帰に導くことも刑事司法の役割だ。
そして、刑事司法の対象となる人のなかには、高齢・障害・貧困などの理由から社会福祉による援助を必要としている人が多々存在する。
司法と福祉はどのような関係にあるのか。日本福祉大学ソーシャルインクルージョン研究センターのフェローで、今年4月に『罪を犯した人々を支える 刑事司法と福祉のはざまで』(岩波新書)を出版した、藤原正範氏に聞く。
罪を犯す人のなかには「高齢者」が多数いる藤原氏は1977年から2005年までの28年間、岡山や神戸で家庭裁判所調査官として勤務し、その後15年間は鈴鹿医療科学大学(三重県)の社会福祉学科で准教授や教授を務めた。
それまでは少年非行を専門としていた藤原氏であったが、2021年から刑事司法の世界に目を向け、成人の被疑者を対象とした刑事裁判の傍聴を始める。
そして、多数の裁判を傍聴した結果、藤原氏は福祉を必要とする被疑者たちの姿を直に見ることになった。
著書『罪を犯した人々を支える』では統計情報に基づきながら、刑事司法手続きの渦中にある人々の「福祉ニーズ」が整理されている。
福祉を必要としている人の代表例が「高齢者」だ。日本で罪を犯す人のなかには高齢者が多いが、その犯行の内容を見ると、万引きなどの小規模な犯罪の「累犯」が目立つという。住所を失ってホームレス状態になった高齢者が、生き延びるための「セーフティーネット」として刑務所に入らざるを得ない、という側面も存在する。
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高齢者の刑法犯検挙人員及び高齢者の割合の推移(警察庁作成「令和2年版 警察白書」から)

「障害者」が罪を重ねてしまう事態累犯とは、罪を犯して懲役刑に処せられていた人が、懲役が終わってから数年以内に新たな罪を犯すこと。
2006年に出版された元政治家の山本譲司氏による著書『累犯障害者 獄の中の不条理』(新潮社)は、受刑者の多くが知的・精神的障害を持っているにもかかわらず福祉につながる機会を持たず、微罪を繰り返して刑務所に入り続けている事態を知らしめた。
現代でも、藤原氏が傍聴で目にした被疑者のなかには知的・精神的障害の疑われる人が多数おり、統計もその存在を裏付けている。一方、捜査や裁判の現場では被疑者の障害が見逃されたり、「見て見ぬふり」をされたりする場合があるという。
「障害が疑われるが、療育手帳や精神障害者保健福祉手帳を持たないため、福祉につながらない人も多数います。
一方で、公的には認定されていなくとも、コミュニケーションや生育歴などから障害が明らかな場合には、福祉につながるよう弁護士などが働きかける場合もあります」(藤原氏)
そして、薬物などの依存症の患者が刑事手続きの対象となることもある。
「依存症であっても、罪を犯したなら、刑事司法の場に立たされることは仕方がないといえます。しかし、本来なら、医療につなげることも必要なはずです」(藤原氏)
刑務所などで行われる「出口支援」近年では、刑事司法において福祉を必要とする人のために専門家が支援する「司法ソーシャルワーク」が行われるようになった。
司法におけるソーシャルワーカーの役割は「出口支援」と「入口支援」に大別される。
「出口支援」は、罪を犯した人が懲役などを終えて矯正施設を出所する際に、社会復帰や地域生活への定着を支援する取り組みだ。
具体的には、前述した『累犯障害者』の出版をきっかけに、刑務所にソーシャルワーカーが採用されたり、保護観察所が地域の福祉機関と関係を深めたりする動きが出るようになった。現在では、行政活動として「地域生活定着支援センター」が全国の都道府県に設置されている。
捜査・裁判の段階で行われる「入口支援」一方の「入口支援」は、捜査や刑事裁判における被疑者や被告人の支援を指す。
入口支援を最初に始めた公的機関は検察庁であり、2013年、東京地方検察庁に社会福祉アドバイザーが採用され、その後は全国の地方検察庁でも社会福祉アドバイザーが配置されるようになった。
具体的には、不起訴処分によって身柄拘束を解かれた後、ホームレスになる可能性のある人に当面の住所を提供する、障害のある人に福祉サービスの利用を進めるなどの支援が行われている。
また、起訴された被告人については、弁護人が入口支援を行う場合がある。
2014年には東京の三弁護士会が社会福祉士会などと協議しながら、支援の必要のある被告人に対して社会福祉士など専門職を紹介する制度を構築した。
同様の制度は全国に少しずつ普及していったが、定着の度合いは都道府県ごとによって異なっていた。2023年の日弁連の臨時総会では全国で入口支援制度の足並みをそろえるための財政支援が決定されたが、現状は、東京や岡山など以前から支援が定着していた地域とそうでない地域とで差が残る状況だという。
また、弁護活動の場では「一般情状」を示すために、更生支援計画の作成やソーシャルワーカーの出廷などが行われる場合もある。
さらに、執行猶予となったが本人の障害や境遇などの問題から再犯の可能性が極めて高い被告人に対して、弁護士が予防的に更生支援につなげる場合もあるという。
「ただし、多くの弁護士は『被弁護人の更生まで支援することは弁護士の仕事ではない』と考えているようです」(藤原氏)
社会福祉が刑事司法に「従属」させられる危険性刑事司法におけるソーシャルワークには、様々な課題が存在する。
そもそも最近になって行われ始めた取り組みであり、制度自体が未発達だ。取り組みに携わることのできるソーシャルワーカーの数は不足しており、「なぜ犯罪者を支援するのか」と批判的な世論もある。
また、刑事司法と社会福祉は「理念」の面で対立する点が多い。
刑事司法には、懲役刑などを通じて犯罪者を社会からしばらく「排除」(エクスクルージョン)するという側面がある。一方で、社会福祉は、被疑者や人々を社会に「包摂」(インクルージョン)することを目的とする。
さらに、刑事司法は「社会のため」に行われるのに対して、ソーシャルワーカーは対象となる「本人のため」に支援を行うことを職業倫理とする。社会復帰や再犯防止を目指す場合にも、究極的な目的とは「社会」ではなく、あくまで「本人の幸福(ウェルビーイング)」だ。
原則として刑事司法は被疑者や罪を犯した人の内心には立ち入らない一方で、本人の同意なく強制的に刑罰を与えることが可能だ。他方で、ソーシャルワークは、本人の同意に基づいていることが不可欠だ。そして、同意が得られた場合には、更生や社会復帰のため本人の内心にまで関与することが必要な場合もある。
「とくに『本人の同意』を無視してしまったら、ソーシャルワークの理念が死んでしまいます。たとえ障害が重く物事を理解することが困難に見えるような人に対しても、ソーシャルワーカーは、あくまで同意を成立させることを重視します」(藤原氏)
刑事司法の手続きにおいて社会福祉による支援が必要な場合がある一方で、ソーシャルワーカーが関与することで刑事司法の理念に社会福祉が従属させられてしまう危険性も常に存在する、と藤原氏は指摘する。
そして、刑事司法の側が、社会福祉の理念から学べる点もあるという。
「現在でも少年司法においては本人の意思が重視されていますが、成人を対象にした刑事司法では無視されており、結果として更生が実現できていない状況があります。
刑事司法においても、社会復帰や更生に関しては、罪を犯した本人の意思を尊重しなければ実現することができません」(藤原氏)

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