「介護休業は最後の手段」社会保険労務士の田畑啓史氏が語る、ビジネスケアラー支援の現状と課題

社会保険労務士として主に企業の労務管理に携わる田畑啓史氏は、祖父母の介護経験から、介護する側の支援の重要性に気づき、ビジネスケアラー支援に取り組んできた。現在は就活から終活までの幅広い支援を行いながら、企業におけるビジネスケアラー支援の在り方について発信を続けている。
―― 本日はどうぞよろしくお願いします。まずは、普段どのような活動をされているのか教えていただけますでしょうか。
田畑 大学在学中に社会保険労務士の資格を取得し、これまでずっと社労士業務を中心に活動してきました。
主な仕事は企業の社内規則の作成や労務管理のコンサルティングですが、現在は活動の幅も広がり、学生側視点で就活を支援するようにもなりました。就活から終活まで、幅広い領域でサポートを行っています。

取材の答える田畑氏
―― ビジネスケアラー問題に関心を持ったのは、なにかきっかけがあったのでしょうか。
田畑 自分が学生の頃に経験した祖父母の介護がきっかけです。祖父が認知症になり、父が単身赴任先から毎週6~7時間かけて帰ってきて、祖父の介護をする姿を見ていました。
その後、祖母も認知症になり、母も介護で苦労している様子を目の当たりにしました。当時は介護保険制度もなく、家族で何とかするしかない状況でしたね。
―― その経験が、今の活動につながっていると。
田畑 そうですね。それに、お客様企業の労務管理支援の一環として介護に関わる法律や制度の勉強をしていたのですが、自分も団塊ジュニア世代の一人ということもあり、人手不足や介護の問題が自分事に思えてきまして。
これまでの労務管理の経験と自身の介護経験を振り返ったとき、介護をする側、特に今でいうビジネスケアラーへの支援が必要だと強く感じるようになりました。

取材の答える田畑氏
―― 具体的にはどのような支援を行っているのでしょうか。
田畑 例えば企業向けに、育児・介護休業法の理解促進や相談窓口の設置支援を行っています。また、日本顧問介護士協会と連携して、企業内での相談体制の構築から、実際の介護に関する専門的なサポートまでをワンストップで提供できる仕組みづくりに取り組んでいます。
制度を整えるだけでなく、その先の具体的な支援まで視野に入れることが重要だと考え、支援を行っています。
―― 企業のビジネスケアラー支援について、現状ではどのような課題があるとお考えですか。
田畑 多くの企業で介護に関する正しい知識や支援制度の理解が不足しています。その結果、社員も正しい知識を持たないまま介護の問題に直面してしまい、適切な対応が取れないケースが少なくありません。
―― 企業側が理解を深めるためには、田畑さんのような社労士に力を借りることも多いのですか?
田畑 そのような企業にお声がけいただく機会も増えてきています。最近、ある企業から研修の依頼がありました。その会社は20~30代の若い社員が多い会社だったのですが、社内に介護の問題を抱える社員がいることが分かり、正しい知識を身につけたいという理由での依頼でした。
40~50代のような親を介護する世代の社員が多い会社の方が、ビジネスケアラー問題に関心度が高いと思っていましたので、企業の意識が着実に変わってきているなと実感しました。
―― 社員の介護問題を考える企業が増えることは素晴らしいですが、取り組む上での課題もあるのではないでしょうか。
田畑 そうですね。介護支援制度を導入しても、現場運営に支障が出るのではという懸念や、同僚間での不公平感をどう解消するかが課題として挙げられます。
介護保険法に則った制度を導入していても、企業ごとに職場環境が異なるため、必ずしも適合しているとは言い切れません。配置転換という解決策も中小企業では限界がありますし、介護の対象者が急に5人、10人と出てきたら、身動きが取れなくなってしまうことも考えられます。

取材の答える田畑氏
―― 中小企業ならではの難しさがあるのですね。
田畑 誤解があるといけないのですが、特に中小企業の方は、介護休業の取得を最後の手段にしてほしいと考えています。大企業と違って人員に余裕がないため、誰かが長期間休むと、その分の負担が他の社員にかかってしまう。結果、人間関係がギクシャクしてしまっては本末転倒です。
実際に、介護で休んだ社員の仕事を引き受けた同僚が過労で倒れてしまったケースもあります。そのため、介護休業を取らずに済む方法を、会社全体で考えていく必要があります。
―― 介護休業制度について、正しい理解を広めることが重要だとおっしゃっていましたが、具体的にどのような点が誤解されているのでしょうか。
田畑 最も大きな誤解は、介護休業を育児休業と同じように考えてしまうことです。介護休業は、介護に必要な環境を整えるための準備期間であり、介護そのものに専念することを目的とした休暇ではありません。
この誤解のために、休業中に一人で介護を抱え込んでしまい、仕事への復帰が難しくなってしまうケースが少なくないのです。
―― では、介護休業はどのように活用すべきなのでしょうか。
田畑 介護休業期間は、仕事と介護の両立に向けた体制を整える貴重な機会です。この期間中に地域包括支援センターへの相談、介護施設を探す、介護サービスの利用申請を行うことは非常に有意義です。ですが、突発的な事故や病気などで介護が急に必要になると、パニック状態に陥り、たとえ介護休業を取得しても限られた期間内に十分な体制を整えることが困難な場合があります。
このようなことにならないよう、例えば入院中であれば、その間で地域包括支援センターへ相談しに行ったり、介護施設を探す時間にするなど、介護を見越して準備することが望ましいですね。
親が比較的近くで生活しているのであれば、半日の有給休暇を取って相談に行くことは可能ですし、少しずつ必要な準備を進めることもできるでしょう。介護の準備には長期の休暇を取らずに済むケースも多いのです。

取材の答える田畑氏
―― 介護休業以外に、企業ができる支援にはどのようなものがありますか。
田畑 テレワーク、時短勤務、時差出勤やフレックスタイム制など柔軟な労働時間制度の導入があります。それ以外にも介護施設からの急な呼び出しに対応できる仕組みがあればいいですね。ただし、制度を整えても活用できる職場環境がなければ意味がありません。
社内でのコミュニケーションを活性化し、介護の問題を抱える社員が相談しやすい環境を作ることが大切です。また、介護の専門家との連携体制を構築し、必要な時にすぐに専門的なアドバイスが受けられる体制を整えることも意識していただきたいです。
―― 具体的に企業ではどのような支援が有効だとお考えですか?
田畑 正しい情報を伝えることです。国は介護に関する法律で制度を設け、さまざまな支援策を提供していますが、多くの方がその存在を知らないのが現状です。
経営者の方の中には「そういう法律があるから」程度の認識にとどまっている方もおり、管理職や従業員の方々も詳しくは知らない。そのため、まずはそこをどう伝えていくかが非常に重要だと考えています。
―― 田畑さんは企業への研修などを通じて介護制度の情報を提供しているということですが、具体的にはどのような内容なのでしょうか?
田畑 主に管理職の方々を対象に行っています。また、将来的に介護に直面する可能性が高い40歳前後の社員の方々にも、介護に関する基礎知識や利用可能な制度について説明しています。
2025年4月から段階的に施行される育児・介護休業法の改正でも、40歳前後の社員へ介護休業や介護両立支援制度の情報提供をすることが義務化されます。これも単なる制度の説明で終わらせるのではなく、実際の介護に備えるための具体的な準備方法まで踏み込んで伝えられるよう支援しています。

育児・介護休業法の改正のうち、従業員への周知事項について
―― これまで支援してきた中で印象的だったエピソードはありますか?
田畑 ある日、お付き合いのある人事部長の方から、ある時突然「個人的な相談なんですが」と連絡がありました。親御さんの施設入所の相談です。内容を伺い、日本顧問介護士協会につないだところ、数日で入所施設が決まり、ご本人は大変喜んでいました。
その会社でもビジネスケアラーや介護離職問題への認識はありましたが、具体的な対策は後回しになっていました。
介護を必要とするタイミングは突然訪れますが、その時に相談できる窓口があり、専門家と連携し対応する。これこそがビジネスケアラー対策のベースにあるものだと、この方の対応を通じて再確認しました。
こういったケースを見ると、現在介護の問題に直面している方でも、正しい情報と適切な支援があれば、上手く対処できるのだと感じます。
―― すぐに相談できる方には支援できますが、「周囲へ迷惑をかけてしまうのでは」と、なかなか相談できない方も多いのではと思います。
田畑 遠距離介護で苦労しながら、会社には相談せずに一人で抱え込んでしまい、最終的に介護うつになって退職してしまったケースもありました。
もっと早く相談してもらえれば対応できたのに、と残念に思います。今おっしゃったように、会社に迷惑をかけたくないという思いから介護の相談は躊躇する方が多いです。
そのような方たちに適切な支援を届けるために私たちは、介護に関する相談窓口の設置と、外部の専門家との連携体制の構築を推進しています。これからの時代は、会社の中だけで解決しようとするのではなく、専門家の力も借りながら支援していくことが、継続的な企業活動をする上では重要になると考えています。

取材の答える田畑氏
―― 企業の介護に対する意識は、変化してきていると感じますか?
田畑 はい、特に今回の法改正が大きな転機になり意識が高まっていると感じます。
以前から2025年問題について啓蒙活動を行っていましたが、「確かにそうだね、将来は問題になるだろうね」という意識から、対策しなければという意識に変わりつつあります。
―― 具体的にはどのような変化でしょうか?
田畑 介護に対する企業の意識は、育児休業への対応と似た道筋を辿っているように感じます。育児休業制度ができた当初は、あまり浸透していませんでしたし、多くの企業は否定的でした。
今では考えられませんが、育児休業を申し出た日に「辞めてください」というような時代もあったわけです。でも現在は、育児休業の取得率をアピールポイントにする企業までありますよね。介護についても、同じような変化が起きつつあります。

取材の答える田畑氏
―― その変化の背景には何があるのでしょうか?
田畑 人手不足が根本的な要因としてあります。終身雇用が当たり前だった時代と違い、今は人材の確保と定着が企業の重要な課題になっています。
介護離職を防ぐことは、ベテラン社員の流出を防ぐことにもつながります。特に40~50代の方は、社内である程度の重要ポストについている場合が多く、そういった方々が介護を理由に離職してしまうと、会社にとって大きな損失になります。
―― つまり、介護支援は企業にとってもメリットがあるということですね。
田畑 その通りです。介護離職者を出さないようにすることは、新規採用にかかるコストの削減にもつながります。
新卒採用や中途採用では、年収の30~40%程度の費用がかかることもあります。それを考えれば、既存の社員が働き続けられる環境を整備することは、経営的な観点からも重要なのです。
統計的にも、これから5年10年で介護の問題は爆発的に増えることが確実視されています。企業がこの問題に真摯に向き合わなければ、深刻な人材不足に陥る可能性が高いでしょう。
―― 社会保険労務士として、これからどのようなサポートを行っていきたいとお考えですか?
田畑 とにかく正しい情報を伝えることが重要だと考えています。特に経営者の方に対しては、単に「法律で決まったから対応してください」という説明ではなく、マネジメントの観点から介護の問題を捉え直すことを提案しています。
定着率や採用への影響といった経営的な視点から説明することで、企業が介護支援をビジネス上の課題として捉え、積極的な取り組みにつながると考えています。
ただし、介護の問題は育児と比べても複雑で、パターンが多岐にわたります。そのため、社会保険労務士だけでは対応しきれない部分も多く、介護の専門家との連携が不可欠だと考えています。

取材の答える田畑氏
―― そこで顧問介護士などの専門家との連携ということですか?
田畑 そうです。顧問介護士などの介護の専門家と連携することで、より具体的な解決策を提示できるようになります。
社会保険労務士は制度面でのサポートは得意ですが、実際の介護現場の知識は限られています。両者が連携することで、より包括的な支援が可能になると考えています。
―― まさに橋渡しの役割を担っているわけですね。
田畑 企業に対して制度の説明をし、窓口を作り、そこから専門家につなげていく。この一連の流れをスムーズにすることで、働く人たちの介護の負担を少しでも軽減できればと思っています。
企業内の相談担当者だけでは対応が難しい問題でも、専門家との連携があれば解決の道筋が見えてくることが多いんです。
―― 社労士や顧問介護士の存在が社員にとって頼れる存在ということは理解できたのですが、同僚や上司などにはどの段階で相談するのが良いのでしょうか?
田畑 これは本当に社風によるところが大きいですね。相談しない理由として、「自分の家族のことだから自分で何とかしないといけない」という思いが強すぎて無理に抱え込んでしまうことがあります。
昇給や昇進への影響を心配して相談を控えるというバイアスも働いてしまうこともありますね。
―― そうした状況を改善するために、企業はどのような対応が必要でしょうか?
田畑 上司とのコミュニケーションの中で気軽に話ができる風土作りが重要です。例えば、「親が骨折して入院するので、病院に行ってきます」と有給休暇を申請する際に、管理職が気づけるかどうかがポイントになります。
高齢者が骨折で入院すると、筋力低下に伴い退院後は介護が必要となる可能性が高い。この知識を管理職がもっているだけで、コミュニケーションをとる際のアプローチが変わります。
親御さんの年齢や地元がどこかといった情報は、普段のコミュニケーションの中で把握しているでしょうから、社員が悩むより前に、管理職側から話をしてあげられるのが理想的です。

取材の答える田畑氏
―― 社員数が多ければ多いほど、企業内の相談窓口だけでは対応しきれない部分もありそうです。
田畑 そうですね。相談窓口を作って担当者を置いても、介護は育児よりもハードルが高いんです。
介護は何年かかるか分からない上に、距離の問題もあり、支援者の家族構成や経済的な問題もあります。
これらすべての相談に一人の担当者が対応するのは現実的ではありません。育児に比べるとパターンが圧倒的に多いので、やはり外部の専門家との連携が不可欠と言えるでしょう。
―― 田畑さんが行っている活動に通じていきますね。
田畑 少し話は変わりますが、40代の方々は将来への経済的な備えについて理解しておくことも重要です。介護には経済的な負担が伴うため、親の介護を通じて、自分自身の老後の備えについても意識を持つことが重要です。
介護の問題は、実践的な支援と将来への備えの両方が必要になると思っています。
―― 40代からの経済的な備えについて、もう少し詳しくお聞かせいただけますでしょうか?
田畑 親の介護が始まる世代、特に40代に関しては、将来に対する資産形成について、しっかりと意識を持ってほしいと思っています。
自分の親の介護が必要になると、経済的な問題が出てきます。親の財産があれば問題ないですが、もしなければ自分たちの資産を取り崩して対応するしかありません。
それを機に「自分の介護が必要になったら?」という視点も持ち、資産形成について考えるタイミングとしていただきたいです。

取材の答える田畑氏
民間の介護保険、確定拠出年金、NISAを活用するなど、40代からできる準備はたくさんあります。企業研修では、そういった経済面での準備についても、ファイナンシャルプランナー(FP)の専門家と連携して情報提供を行っています。
―― 先ほどの法改正で40代への情報提供と通じる部分もありますね。
田畑 2025年の法改正では、40歳という介護保険料の納付開始年齢に合わせて、従業員に対して介護に関する情報提供を行うことが定められています。
しかし、経済的資金の確保までの情報提供には触れられていませんので、私たちとしては、公的介護保険の説明だけでなく、民間の介護保険の必要性や、年金も含めた資産形成の方法まで、総合的な情報提供を心がけています。
介護が必要になる年齢は75歳以上が多いので、40代から準備を始めれば30年近くも準備期間があります。今の生活や子育ての費用もかかりますが、その中でも少しずつ準備をしていくことが望ましいです。
―― 企業としても、従業員の将来に向けた支援として重要な視点ですね。
田畑 企業研修でも、私たちが制度や法律の説明をし、介護の専門家が具体的なケアの方法を説明し、FPが資産形成のアドバイスをするという、複合的なアプローチを行っています。
ビジネスケアラー対策は、目の前の介護の問題への対応だけでなく、従業員自身の将来に向けた準備も含めて考えていく必要があるのです。
―― 最後に、現在介護に直面しているビジネスケアラーの方々へメッセージをお願いできますでしょうか?
田畑 まずは、親が介護を必要とする状態となっても、身体介護には浸からないようにしてください。なぜなら、自分で身体介護をしてしまうと、仕事への復帰が難しくなってしまうからです。
介護の体制を整えるという介護休業の目的をしっかりと理解して、適切に活用していただきたいと思います。
―― やはり仕事への復帰も難しくなってしまう人もいるのですね。
田畑 介護離職してしまうと、再就職まで1年以上かかることも少なくありません。そして、復職できたとしても前の年収の半分程度になってしまうケースも見てきました。
そうなると、ご自身の生活も、家族の生活も立ち行かなくなってしまいます。介護の問題に直面して大変な状況だと思いますが、できるだけ冷静に考え、活用できる制度は最大限活用することをお勧めします。

取材の答える田畑氏
―― 正しい情報を知り、理解しておくことの重要性が本当によく分かりました。
田畑 はい。繰り返しになりますが、介護の問題は情報戦です。正しい知識を持つ人ほど制度を有効活用できるため、ある意味不平等だと捉えられてしまうかもしれません。
これは国や行政を批判する意図ではなく、介護業界の人手不足という構造的な問題も絡んでいるため、完全に避けることが難しい面もあるという点です。
正しい知識を自分から掴みに行き、情報を整理して準備しておくことで、親の介護問題に対応できるようになりますし、そしてご自身の介護離職を避けることにもつながります。
―― 介護制度を調べたり将来の資産形成を考えたり、今からできることはたくさんありそうです。本日は貴重なお話をありがとうございました。
取材:谷口友妃 撮影:熊坂勉

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