「このまま続けていけるだろうか」。介護の仕事にやりがいを感じながらも、このような不安を抱えている方は少なくないでしょう。公益財団法人介護労働安定センターが2024年7月に発表した「令和5年度介護労働実態調査」によると、介護職場での退職理由として最も多かったのが職場の人間関係に問題があった」(34.3%)という回答でした。
そのうち、約半数の49.3%が「上司の思いやりのない言動、きつい指導、パワハラなどがあった」と回答。また、43.2%が「上司の管理能力が低い、業務指示が不明確、リーダーシップがなく信頼できなかった」と答えており、上司との関係が退職理由の大きな要因となっています。
辞めた理由のうち、人間関係にかかる理由を見てみると、49.3%が「上司の思いやりのない言動、きつい指導、パワハラなどがあった」と回答し、特に男性介護職員の場合は、55.2%が上司の言動やパワハラを理由に挙げています。これは女性の47.6%と比べて7.6ポイントも高い数値でした。
上司の言動を理由に辞めた職員を職種別でみると、介護支援専門員(ケアマネージャー)が56.9%と最も高く、次いで生活相談員が51.8%となっています。
こうした上司との関係悪化の背景には、24時間365日のシフト制による勤務体制があります。シフトの都合で上司と十分なコミュニケーションが取れない、または夜勤帯での判断を求められる場面が多いにもかかわらず適切な指示を得られないといった状況が発生しています。
さらに、「仕事の仕方に関する職員の提案を、管理者が聞いてくれなかった」という声も存在します。これは単なるコミュニケーション不足だけでなく、現場の意見や提案を組織の改善に活かせていない管理体制の問題も示唆しており、介護現場における構造的な課題となっています。
上司との関係に次いで多いのが、同僚との関係によるストレスです。調査結果によると、退職者の38.8%の退職者が「同僚の言動(きつい言い方・悪口・嫌み・嫌がらせなど)でストレスがあった」と回答しています。
特に介護職員の場合、この割合は41.3%まで上昇します。サービス系型別でみると、居住系/施設系(入所型)サービスで働く職員が同僚との関係にストレスを感じており、高い数値を示しています。これは、密接な連携が求められる居住系・入所系施設ならではの課題といえるでしょう。
また、若手職員の孤立も深刻な問題となっています。12.3%の職員が「職場内の仲間はずれや、仲良しグループに入っていけないなどで疎外感・孤独感を感じた」と回答。特に経験年数の浅い若手職員(25-29歳)では、この割合が13.2%とさらに高くなっています。
さらに、「仕事に消極的な態度の同僚がいたため一緒に仕事をしたくなかった」という回答も14.7%存在します。特に施設系(入所型)では17.2%と高く、チームで働く現場において、モチベーションの違いが人間関係に影響を与えていることがわかります。
介護現場では、利用者の状態に応じて臨機応変な対応が求められ、そのために職員間の密な情報共有やチームワークが不可欠です。しかし、こうした環境が逆に人間関係のストレスを生む要因となっているケースも少なくありません。特に夜勤帯など、限られた人数で業務を行う際には、同僚との関係性が仕事の質や精神的負担に大きく影響します。
人間関係の悩みの内容や深刻度は、世代によって大きく異なります。25-34歳の若手世代では、上司の言動や指導方法に対する不満が特に強く、半数以上が「上司の思いやりのない言動、きつい指導、パワハラなどがあった」と回答しています。
また、この世代では「ケアの方法など仕事上の課題に関する上司や同僚との意思疎通・意見交換がうまくいかなかった」という回答が32.9%と、全体平均の26.6%を大きく上回っています。新しい知識や技術を学んできた若手世代と、経験に基づいた介護を重視するベテラン世代との間で、ケア方法についての考え方の違いが浮き彫りになっているといえます。
35-44歳の中堅層になると、より実務的な課題が目立ちます。この年代では業務改善への意欲が強く、「無駄な業務が多く職員の業務量負担への配慮が弱かった」という回答が30.9%と最も多く、次いで「仕事の仕方に関する職員の提案を、管理者が聞いてくれなかった」が26.7%となっています。現場経験を積み、業務改善の視点を持ち始めるこの世代特有の悩みが表れています。
一方、45歳以上のベテラン層では、人間関係の悩みの割合は相対的に低くなりますが、「法人や施設の理念や運営のあり方に不満があった」という回答が28.0%と高くなっています。長年の経験から培った介護観と、施設の方針との間にギャップを感じているケースが多いことがわかります。
このように世代によって異なる悩みを抱える背景には、介護現場における世代間の価値観や経験値の違いがあります。特に介護の質向上が求められる今日、従来のやり方と新しい知見との融合が求められる中で、世代間のコミュニケーションの重要性はますます高まっているといえるでしょう。
コミュニケーションのイメージ
「利用者一人一人に寄り添いたいのに、時間に追われてしまう」。介護の現場でよく聞かれるこの声は、多くの施設が直面している深刻な課題を表しています。同調査からは、効率重視の運営方針が介護職員の離職を促す大きな要因となっていることが明らかになりました。
特に顕著なのは、介護の専門性が高い職種での不満です。看護職員や介護支援専門員の3人に1人以上が、経営効率や数値目標の追求が介護の質の向上を妨げていると感じています。これは、専門的な知識や経験を持つ職員ほど、理想とする介護と現実のギャップに苦悩している実態を示しています。
また、介護の質を高めたいという施設側の意図が、皮肉にも職員の負担増加を招いているケースも見られます。例えば、新しい介護技術の導入や記録の厳密化といった取り組みが、十分な体制や環境整備のないまま進められ、現場の疲弊を招いているのです。
このジレンマは、介護保険制度の制約の中で経営の安定を図りながら、質の高い介護を提供するという、介護業界全体が抱える構造的な問題を反映しているといえるでしょう。
現場で働く職員の声が経営層に届かないという問題は、特にデイサービスなどの通所系施設で表れやすいと考えられます。日々の業務の中で気づく改善点や、より良いケアを実現するためのアイデアが、組織の中で埋もれてしまう状況が続いているのです。
例えば、通所系施設で働く介護職員が、利用者の送迎時間を柔軟に変更することで、午前中の入浴介助の混雑を緩和できると提案したが、「既存の業務フローを変えることは難しい」というように却下されてしまうこともあるでしょう。このように、現場からの建設的な提案が、従来の仕組みや慣習を理由に検討すらされないケースが少なくありません。
特に看護職員は、医療的な知識や経験に基づいた業務改善の提案を行っているにもかかわらず、その声が適切に反映されていないと感じています。また、利用者や家族からの要望への対応に追われる中、職員のメンタルヘルスケアが後回しにされている実態も浮かび上がっています。
こうした状況の背景には、介護現場特有の組織構造が原因となっている可能性があります。現場と経営層の断絶が、施設長や管理者が現場の状況を十分に把握できていない、あるいは把握していても経営層との調整がつかないといった、組織内のコミュニケーション不全が大きな要因になり得るのです。
世代によって理想とする介護のあり方が大きく異なることは、運営方針への不満の重要な要因となっています。調査データから見えてくるのは、経験年数や立場によって異なる「理想の介護」像が、時として職場での軋轢を生んでいる実態です。
35-44歳の中堅層では、蓄積した経験を活かしながら新しい介護技術も取り入れたいという意欲が強く見られます。この世代の多くが「介護の質向上の手法・方向性が自分の理想とは異なっていた」と回答しており、特に施設系の職場で顕著です。彼らは、従来の方法に固執する運営方針に対して強い不満を抱いています。
一方、45歳以上のベテラン層からは、「法人や施設・事業所の理念自体に共感できなかった」という声が目立ちました。特に65-69歳の36.7%が理念との不一致を感じており、長年培ってきた介護観と施設の理念との間にギャップを感じている様子がうかがえます。
興味深いのは、25-34歳の若手世代の反応です。彼らは介護の質向上に対する施設の取り組み方針そのものよりも、「業務量負担への配慮が弱かった」という実務的な課題に不満を感じる傾向が強くなっています。介護福祉士養成校等で学んだ最新の知識と、現場の業務実態との間でジレンマを感じているのです。
このように、世代によって異なる理想の介護観は、単なる個人的な価値観の違いではなく、それぞれの世代が経験してきた介護教育や実務経験、さらには社会背景までもが影響を与えています。
介護現場の運営方針は、こうした多様な価値観をどのように調和させ、より良いケアへとつなげていくかという大きな課題に直面しているのです。
「辞めたい」という思いは理解できますが、その前に確認しておくべきポイントがあります。介護労働実態調査では、直前の職場を退職した人の41.7%が再び介護職を選択しています。つまり、職場環境への不満は必ずしも介護という仕事自体への失望ではないことがわかります。
では、転職後の満足度を高めるために、求職活動の際に何を確認すべきでしょうか。データから見えてきた重要なポイントは以下の5つです。
ICT機器や介護ロボットを積極的に導入するような企業であれば、業務負担の軽減に向けて前向きに取り組んでいる可能性も高いでしょう。導入実績や今後の計画を確認することで、運営方針の一端が見えてきます。
特に重要なのは、面接時に具体的な事例を交えて質問することです。例えば「職員からの提案がどのように検討され、実現されたか」といった質問により、組織の実態を把握することができます。
介護職としての経験は、実は多様な職種で活かすことができます。介護職から再び介護関係の仕事を選ぶ人は4割ほどですが、その選択先は従来の介護職だけではありません。
例えば、介護支援専門員への転換を選ぶケースが増えています。調査では、直前の介護職を「新しい資格を取ったから」という理由で辞めた人の多くが、介護支援専門員の資格を取得しています。この職種は、介護の実務経験を活かしながら、より広い視点でケアマネジメントに携わることができます。
また、生活相談員という選択肢も注目されています。介護職で培った利用者との関係づくりのスキルを活かし、かつ身体的負担が比較的少ない職種として人気があります。実際、施設系の介護職員から生活相談員への転換は、転職後の満足度が高いことがわかっています。
さらに、介護職の経験を活かせる新しい職種も登場しています。
これらの職種は、介護の実務経験があるからこそ価値を発揮できる仕事です。特に、施設系での勤務経験がある方は、現場のニーズを熟知している強みを活かせます。
給与面では、介護支援専門員や生活相談員は一般の介護職と比べて若干高い傾向にあります。ただし、職種によって必要な資格や経験年数の要件が異なるため、転職を考える際は事前の情報収集と計画的な準備が重要です。
介護業界には、まだ知られていない多様なキャリアパスが存在します。調査データによると、介護職から転職した方の中で41.7%が再び介護関係の仕事を選んでおり、その背景には介護業界ならではの専門性とやりがいがあります。
キャリアアップの選択肢として特に注目したいのが、介護業界の管理職ポストです。同調査においても上位の職位を志向する職員が増加傾向にあることが明らかになっており、フロアリーダーやユニットリーダー、さらには施設長など、現場での経験を活かしながらマネジメントにも携わるキャリアパスが確立されつつあります。
また、介護業界のデジタル化に伴い、新しい専門職も生まれています。ICT推進リーダーや介護ロボット導入支援スペシャリストなどの職種も求められるようになるでしょう。これらの職種は介護の実務経験があるからこそ担える重要な役割です。特に施設系での勤務経験は、現場のニーズを熟知している強みとして評価されています。
さらに、介護業界の人材育成分野でも、経験者の活躍の場が広がっています。新人教育担当や実務者研修のインストラクターなどの職種は、経験を次世代に伝えるやりがいのある仕事です。給与面でも、一般の介護職と比べて待遇が改善される傾向にあります。
大切なのは、今の職場での悩みや不満を、キャリアアップのきっかけとして捉え直すことです。介護の現場で積み重ねてきた経験は、必ず次のステップでも活きてきます。まずは、自身の強みと目指したい方向性を整理し、具体的なキャリアプランを描いていくことから始めてみましょう。